282 否定すべきは
巫女様がお疲れだとのラマンさんの猛烈な主張で、会議はお開きに。
そもそも、もうかなり遅い時間だしね。
巫女様は自室に休みに行って、ラマンさんは兄弟子たちを改めて弔いに行った。
で、トーカはというと、破壊された魔導機銃……だったっけ、巫女様に許可を取って、アレの残骸を調べてる。
すみずみまで仕組みを理解して、【機兵】で出せるものをさらにパワーアップさせるつもりみたい。
敵を前にして何も出来なかったらしいから、もう足手まといにはならないって燃えてたよ。
そして私はというと、ベアトと一緒に社の前の広場までやってきていた。
ここの砂、トゥーリアが作った分が消えて少し低くなってるな。
こんなとこまで出て来た理由は、
「ふっ! はっ!!」
ここで一心不乱に剣を振るってるイーリアに用があったから。
個人的に気になって、後回しにしてたコトを聞きたかったんだ。
「イーリア、特訓?」
「……っ?」
「……勇者殿にベアト殿。ええ、己の力不足をまた思い知らされましたから」
イーリア、セリアに手も足も出ずに負けたことが悔しいんだろうな。
せっかくあんなに強くなったのに。
「何者かは知らないが、恐るべき使い手だった。明らかに手を抜かれていたにも関わらず……」
「……正直、本気で来られたら私でも勝てるかわからない相手だよ。アンタが戦ったのって」
「勇者殿でも……!?」
本気で殺し合ったことないし、本気で殺し合える自信もないけどね。
「何者なのです、彼女は……」
「えっと……」
正直、答えにくい。
私の気持ちを汲んだベアトにそでを引かれて、心配そうな目までむけられてしまう。
ありがと、でも大丈夫。
ちゃんと言えるから。
「……三代目勇者、セリア。騎士勇者として有名な、アンタの名前の由来にもなった歴史上の人物だよ」
「セリ……っ、言うに事欠いて、ご冗談を……!」
「こんな冗談言うガラじゃないってくらい、付き合い浅くてもわかるでしょ」
ホント、冗談だったらよかったのにね。
悪い冗談みたいな話なのにさ。
「勇贈玉に封じられた魂を、他の肉体に移植する。その実験の唯一の成功例があのセリア。どうしてジョアナたちに味方するのかまではわからないけど」
「そ、そう……ですか。本当に、彼女があの伝説の……。ならばその名に恥じぬよう、腑抜けてなどいられませんね」
おや、ショックを受けるかと思いきや、かえって気合いが入ったみたい。
やる気満々って感じで、中断してた素振りを再開した。
へぇ、ずいぶん前向きになったじゃん。
「強くなったとはいえ、これは自分の力とは呼べない。もっともっと、わたし自身が強くならなければ……」
「……あぁ、そうそうソレ」
話がそれちゃって、また忘れるトコだった。
ソレが気になって、わざわざベアトを連れてまでコイツに会いに来たんじゃん。
「アンタ、どうやってそんなに強くなったのさ」
セリアには及ばなかったみたいだけど、私に迫るくらいの身体能力。
『三夜越え』以外でここまで爆発的に強くなれた理由って一体なんなんだ。
「『海神の宝珠』の技術に、そういうのがあるんだろうけどさ。どうせなら教えてよ」
トーカや他のみんなだって、もっとつよくなれるかもしれない。
……それに、私も。
エンピレオを倒すためには、少しでも力が欲しいから。
「……『三夜越え』と似たようなものです」
あぁ、やっぱりそんな感じか。
でも、飲むだけで強くなれるだなんて、そんな都合のいい薬があるとは思えない。
「この薬の成分は『三夜越え』と変わりません。大蛇の毒、獅子と虎の血、そしてグリフォンの体液」
「ソイツがキマイラの体内で混ざり合って、あの毒が出来上がるんだよね」
ジョアナから仕入れた知識で、私もそこまでなら知ってるよ。
「ですがこの薬は、キマイラの体を介さずに作られます。かつてルーゴルフの祖父が目指した到達点、それが私の飲んだ秘薬です」
「……副作用も無しに強くなれるだなんて、そんな都合のいい薬が本当に存在するの?」
「存在します。存在しますが、製薬方法までは都合がよくないのです」
そうしてイーリアが語ったのは、その秘薬の作り方。
刻一刻と変わり続ける調合の割合を調整しながら、三日三晩大量の魔力を送り続ける。
投薬者よりも製薬者に命の危険がある秘薬、その名は奇しくも猛毒と同じ『三夜越え』。
「製薬による体への負担があまりにも大きすぎるため、超一流の薬師が全身全霊、全精力と魔力をささげても三年に一度作るのが限度。それ以上間隔を縮めれば、命の保証はありません」
そんなに大変な薬じゃ、もう何個か作ってなんて言えないな。
そうそう都合のいい話は転がってないか。
「……その三年を、巫女様はわたしのために使ってくださった。このご恩は必ずお返しせねば」
イーリアはブオン、ブオンと風切り音をうならせて、一心不乱に剣を打ち込みながら話し続ける。
「先の戦いでさえぎられてしまった話の続き、してもよろしいですか?」
あぁ、戦いの真っ最中だってのになんか言おうとしてたよね。
真剣に聞かなきゃいけない内容な気がして、そもそもお互い余裕もなかったから止めさせたけど。
「好きにしていいよ」
「……あの時、ベル殿を守りきれなかった時。わたしの胸にはたしかに復讐心が芽生えました。仇となる相手はあなたに倒されましたが、そのことが行き場をなくした怒りと憎しみを余計に掻き立てた」
素振りを続けながら、淡々と。
その一振り一振りが、何かを振り払おうとしているように見えた。
「ベル殿は生きている。なのにこれほど胸が苦しい。己の無力に吐き気がする。仇が死んでいるにもかかわらず、殺したくて仕方がないのです。わたし程度でコレなのですから、勇者殿の心は如何ばかりか。何も知らなかったとはいえ、あなたの復讐心を頭ごなしに否定したこと、謝らせてください」
「……うん、別にもういいし。で、アンタの答えは出たの?」
復讐心を知った結果、どんな答えを出したのか。
コイツが私に聞いてほしいのは、謝罪じゃなくてきっとそっちの方だ。
「ええ、ずっと考えてました。旅の間ずっと。わたしの心にある復讐心――怒りや悲しみ、憎しみと向き合い続けて、そうしてわかったんです。わたしは誰よりも、何もできなかった無力な自分自身を憎んでいるのだと。今度こそ、何があってもペルネ様や――ベル殿を護れるほどの強さが欲しい。肉体的な強さだけでなく、心の強さも」
剣を振り続けていた手を止めて、首から下げたタオルで汗をぬぐう。
それから、私の目をまっすぐに見て決意を口にした。
「わたしは誰の復讐心も否定しない。ただわたしの復讐心のみを否定する」
私を映すイーリアの瞳はなんていうか、これまでの口先だけの青二才とは違う、何かを背負ってるような目をしてる。
私にはそう見えた。
「この決意だけは、あなたに聞いてほしかった。かつて復讐心を否定してしまったあなたにだけは」
「それがアンタの答えってわけか。わかった、聞くだけ聞いたから。行こ、ベアト。付き合わせちゃってごめんね」
「……っ」
あの出来事と長い旅の中で、コイツも強くなったんだな。
薬で得た表面的な強さだけじゃなくて、もっと根本のところがさ。
……うん、私も迷ってばかりじゃいられないな。
あの子のことと、ちゃんとしっかり向き合わなきゃ。




