281 宝珠の正体
「まずキリエ様。あなたは『星の記憶』について、どこまでご存じでしょう」
「どこまで……、って言われると……」
ぶっちゃけ全部なんだけど、ベルナさんにわざわざ口止めされてるんだよね、アレ。
どこまで話すべきか判断できなくて、ベアトと顔を見合わせる。
「キリエ、今さら隠し事はナシだぞ」
「そうだぞ! おいらあんまり事情知らないけど!」
……うん、トーカの言うこともよくわかる。
今まで色々と隠し事しちゃってきたもんね。
他言無用の約束やぶって国家機密話すことになっちゃうけど、いいのかな。
エンピレオを倒すために必要なこと……かもしれないし。
「……ベアトはどう思う?」
『はなしましょう。せきにんはだいしきょうのむすめであるわたしがとります!』
おぉ、何とも勇ましい言葉をいただいた。
「……わかった。でもベアトに責任を押し付けはしないから。もし怒られても、全部これから話す私の責任」
「……っ」
気持ちだけ受け取って、ベアトの頭をなでなでしてから、私は巫女様とついでにこの場にいるメンバーに『星の記憶』について話して聞かせた。
エンピレオを倒すために、遠い星から託された秘宝の話を。
「……ありがとうございます。間違いなく、私の知っている情報通りでした」
「巫女様、やっぱり知ってたんだ」
『星の記憶』とパラディの技術力の正体を知ってものすごく驚いてるトーカとラマンさん、話にあんまりついていけてないイーリアと違って、巫女様は冷静そのもの。
思った通り、この人は私の知る真実を――いや、それ以上のことまで知っている。
「では、私からもお話しましょう。『星の記憶』と共にこの大地にもたらされたモノ。それは四つの勇贈玉だけではありませんでした。カプセルの中にはもう一つ、『星の記憶』とそっくりな青く輝く宝珠があったのです」
「それが、『海神の宝珠』?」
「ええ。『星の記憶』と同じく、未知なる叡智が詰まった宝珠。こちらは後付けの神話のために名付けた名前ですが」
なるほど、海の神様によってもたらされた秘宝ってのは後世のでっちあげ。
常識外れの技術力が詰まった秘宝の正体を、人の目からそらすためのものだったんだ。
「あ、あの神話、ウソだったってことかぁ……」
真相を悟ったラマンさんが頭をかかえてうなだれている。
まあ、神話ってそんなモンだよ。
エンピレオだってロクでもない存在だったし。
「でも、ウソの神話を作ってまで存在を隠すほどのモノなの? それに、パラディじゃなくて魚人たちが管理してる理由って……」
「宝珠に封じられた技術が、『星の記憶』と大きく異なる大変危険なものだからです」
「危険……」
コクリ、巫女様がうなずく。
声に出すとたったの三文字。
でも、この三文字がものすごく重く聞こえた。
「青き宝珠に封じられていた技術。それは、エンピレオの討伐と直接関係のない情報ばかりだった。娯楽、文化、世界の歴史。規格外の医療技術や――魔導や科学の粋を集めた、大量殺戮のための兵器まで」
「兵器って、たとえばどんな――」
「言えません」
トーカの言葉を、巫女様は決然とした口調で跳ねのけた。
興味本位で聞いちゃいけない、口にするのもはばかられる代物、そう思わせるには充分で。
「きっとこの宝珠の製作者は、これまで築き上げてきた文明の全てが失われることを恐れたのでしょうね。たとえどのような形でも残しておきたかった。しかし、初代勇者はこの技術を後世に残すことを禁じました。だからあの方は西の果て、人界から遠く離れたこの地に来て、宝珠に封印をほどこしたのです。そして、封印を守る役目を我々魚人にたくした」
「もしかして、おいらたちの国が外との交流を禁じているのも……?」
「ええ、宝珠の正体を可能な限り外に漏らさないためです。宝珠に収まった技術や記録は、この世界に大きく影響を及ぼすもの。封印を預かった魚人は、他国との交流を断絶して長い歴史を過ごしてきた。ただし、医療技術だけは人の命を救うために有益と判断された。当時の取り決めで、医療の技術と宝珠を守るための範囲での兵器の使用が認められたと聞いています」
なるほど、だいたい話が見えてきた。
整理すると、『海神の宝珠』の正体は『星の記憶』といっしょに降ってきた、本質的には同じもの。
だけどエンピレオを倒すために役立つ情報が詰まった『星の記憶』とは違って、直接関係のない――むしろ人類や亜人にとって害になるような情報まで入ってたわけだ。
『獅子神忠』が私より宝珠を優先した理由もこれ。
宝珠の技術さえ手に入れば、私たちなんかあっという間に殺せるってことか。
……ひょっとしたら、ブルトーギュが亜人領を狙っていたのも単なる領土欲なんかじゃなくて、この宝珠が目的だったのかも。
王国軍の進軍路の先、コルキューテのはるか西にこの国は位置している。
ヤツの側にはジョアナがいたし、アイツから情報を聞いて知っていてもおかしくない。
さて、宝珠に関してはだいたいわかった。
まだわかんないのは――。
「その宝珠、今はどこにあるんです?」
封印されてるって話だけど、どこにあるのかわからなきゃ守りようがない。
「敵の目がどこにあるかわからない以上、不用意に口にはできません。キリエ様にだけ、あとでこっそりと教えておきますね」
うん、たしかに。
アイツら何を仕掛けてるかわかったもんじゃないからね……。
「巫女様、なぜ初代勇者は魚人に封印をたくしたのです?」
「……そこまではわかりません。なにしろ、遠い遠い二千年も昔の話ですから」
イーリアの問いかけに、巫女様はどこか遠いところを見るような表情を浮かべた。
二千年前、か。
本当に、気が遠くなるほどの遠い昔。
記憶はもちろん記録すら、必要最低限のモノ以外残ってないほどの。
そんな昔に起きたことを知ってるなんて、それこそ二千年前に生きてた人間くらいだよね。
……あの子なら、全部知ってるのかな。
二千年前から蘇った、あの子なら。