28 リキーノという男
部下を全員失って、もうどうしようもないって感じかな?
まっすぐ突っ込んでくる私に慌てたリキーノが、ベアトの手首をつかんだまま、森の中へ逃げようとする。
逃がすわけないだろ。
「……っ! ……っ!!」
「こ、このバカ女、早く逃げねえとっ……」
ベアトがアイツの手を引っ張って踏ん張ってくれてるおかげで、簡単に追いつけた。
ありがとね。
今助けるから、もう少し待ってて。
今すぐコイツを殺すから。
「やべっ……!」
一撃で殺すために、リキーノの頭につかみかかる。
「もういい、あっち行ってろっ!!」
この野郎、ベアトを私に向かって突き飛ばしやがった。
これまで散々見せてきたせいかな、触られると終わりだってわかったみたい。
「ベアトっ!」
魔力を引っ込めて、か細い体を思いっきり抱き寄せる。
胸の中にすっぽりとおさまった温もりに、こんな時だってのになんだかホッとした。
けど、今はそんな場合じゃないよね。
すぐに後ろに下がらせて、リキーノからかばう。
もう絶対に奪われないために。
「向こうの小屋、ジョアナたちがいるから、あそこまで走って。コイツは私が殺すから」
「……っ!」
多分うなずいたと思う。
あの子が走ってく音が聞こえた。
振り向いて確かめるわけにはいかないけどね。
コイツやたらと素早いから、目を離したら何をしでかすかわかんないもん。
「テメェ……、やってくれたなァ! 俺のかわいい子分ども、見事に全滅させてくれやがって!」
「今後の活動が不安? そんな心配しなくていいよ、あんた今から死ぬんだから」
「しゃらくせぇ!」
腰から二本のナイフを抜いて、逆手に構えた。
コイツの戦闘スタイル、ネアール襲撃の時に見てるから、対応できると思う。
絶対にこの場でひねり殺して、ベアトに手を出したことを後悔させてやる。
「俺はなァ、金は大事だが、何より命が大事なんだよッ!」
なんだこれ、コイツの両足が透明なもやもやに包まれた。
ああ、これ練氣ってやつだ、リーダーに教えてもらった。
武器だけじゃなくて、体も強化できるんだっけ。
他にも、……名前なんだったっけ、あの小隊長みたいに、触手っぽく動かしたりもできるっぽい。
「真正面から体張って戦うなんざゴメンだね。あばよっ!」
あ、逃げた。
練氣で強化した脚力で逃げてったよ。
けど、そこまで大した速さじゃない?
「逃がすわけないだろっての!」
ここで取り逃がしたら、また襲ってくる。
私の能力の情報が、ばっちりブルトーギュに伝わっちゃうかもしれない。
絶対に、ここで殺しておかなきゃ。
木の幹を蹴って不規則に飛び跳ねながら逃げるリキーノ。
時々こちらを振り返っては、薄汚い笑いを浮かべる。
あぁ、これ完全にさそってる。
全力で逃げてない。
バレバレだよ、コイツやっぱり頭悪いな。
ま、乗ってやるけどさ。
で、追いかけて追いかけて辿りついたのは、なんかすり鉢みたいな形の急な斜面に囲まれた場所。
洞窟みたいな穴もいっぱい開いてる。
リキーノのヤツ、ここに着いたら、いきなり全速力を出してどっかに隠れちゃった。
「……なーるほどね、自分に有利な場所に誘いこんだってわけか」
ここ、木が生えてなくて、地面もむき出しになってる。
つまり日の光が当たるから、私の【沸騰】を使うための水分、見当たらないね。
穴だらけの地形も、隠れて奇襲するって戦法にはもってこいだ。
「言ったろ? 俺ぁ自分の命が一番大事なのよ。ブルトーギュに命令されてる以上、手ぶらで帰れば殺されちまう。反対にお前の首を持って帰りゃあ、大好きな金がガッポガッポだ。つーわけでよ、大人しく死んでくれやぁ!!」
見えないくらいの速度で、何かが穴の中から私に突っ込んで来た。
何かっていうか、見えないけどリキーノに決まってるよね。
「つっ……!」
剣と腕で急所はガードしたけど、腕に大きく傷が走る。
すっごく痛い。
そんなに深くはない、と思うけど。
アイツは私を斬りつけたあと、たくさんある洞窟のどれかに姿を隠した。
そして、続けざまに今度は後ろから。
「あぐっ!!」
気配を感じて体をずらすけど、それでも避けきれずに、背中を浅く斬られる。
よろめいてる間に左から、前から、右から。
次々に浅く斬られて、もうめっちゃ痛い。
くそ、なんとかしなきゃなぶり殺しにされる。
(なにか、なにか身を隠せる場所……!)
周りにあるのは、ぺんぺん草しか生えてない乾いた地面と、あとは洞窟。
崖の周りに、いっぱい穴が開いてる。
そうだ、私も洞窟、利用してやる。
頭を両腕でガードしながら、一番近くの穴へ全速力で走り出す。
「どこに行く気だァっ!?」
当たり前だけど、その間にもどんどん斬りつけられる。
全身血まみれ、もうやんなるくらい痛い。
下手すりゃ失血死って感じだけど、根性でどうにかこらえて、死ぬ前に洞窟へ逃げ込んだ。
「はぁっ、はぁっ、いっつ……」
体の前の方と、顔、首は無事だけど、背中と腕はズタズタだ。
足もザクザク斬られて、太ももとか血まみれ。
めっちゃ痛いけど、そこまで派手に血は出てないみたいだ。
大事な血管を斬られなかったのか、それともなぶるためにわざと斬らなかったのか。
どっちにしても関係ない、今から後悔させてやる。
「ヒヒっ、袋のねずみってヤツか、オイ」
野郎、洞窟の入り口にノコノコ姿を見せやがった。
この洞窟、壁と天井は岩で出来てて、下は砂地。
そして、天井から雫がぽたぽた落ちてて水分たっぷりだ。
洞窟に入った瞬間、さっきのザコみたいに足下を爆発させてやる。
「はぁ、はぁ……っ」
まともに立てないふりをして、壁に手をついて、魔力を敵の一歩前に流し込む。
「さぁて、トドメといこうかァ」
二本のナイフをべロリと舐めて、足を上げて、魔力をしかけた場所に、足を乗せた瞬間。
「今っ!」
遠隔破砕で、足下の泥を爆発させる。
これで、敵は全身に大やけどを——。
「そうくると思ってたぜェ」
背後から、声が聞こえた。
同時に、ナイフが風を裂いて私の首元に迫る音も。
「うん、私もそう来ると思った。あんたのスピードなら、避けられちゃうだろうなって」
ボンっ!!
「うあっづううぅぅぅぅぅぅぅっ!!?」
私の真後ろでぬかるんだ地面が噴水みたいに爆発、あっつあつの泥がリキーノを襲った。
私にもちょっとかかるけど、不思議とそんなに熱くないんだよね。
自分の魔力が入ってるからかな。
「それと、私の後ろに回るんじゃないかな、ってのも読んでた。だからもう一つ、そこに仕掛けておいたんだ」
怯んだ隙に、がっちりと手首をつかむ。
さあ、捕まえた。
「うあぁっ、ちくしょっ、あづっ!」
「さて、覚悟はいいかな。さんざん人のこと斬りつけといて、ベアトまでさらいやがって」
「ひ、ひぃっ!?」
ありったけの殺意を込めてにらみつけると、つかんだ手首に魔力を送って煮えたぎらせる。
さあ、戦いの時間は終わり。
拷問の時間だ。