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279 海神の宝珠




 トゥーリアといったか、大量にいた彼女の分身体たちが突如として砂と変わり消滅していく。

 この現象、まさか勇者殿が本体を倒したのか?

 さきほど飛び出していったばかりだというのに……。


「あーらら、トゥーリアってばダメージ受けちゃったみたいだね」


「……っ!」


 多数の敵がひしめく戦場は一転。

 敵は先ほどから一歩も動かなかった、彼女ただ一人となった。

 だがオリジナルに大きく力の劣る分身数百体よりも、あの少女一人が放つプレッシャーの方が何倍も、何十倍も上だ。


「分身たちが消えちゃった、つまり」


 騎士剣をゆっくりと両手でかまえて、わたしにむける。

 ゆらりと揺らいだ切っ先が、まるで空気を斬り裂いたかのような錯覚をおぼえた。


「アタシがやるしかないってことか」


 それほど暑くはないはずなのに、大粒の汗がほほを伝っていく。

 ゴクリ、やけに大きな音がのどの奥から聞こえた。


「……戦闘に積極的ではないと見える。理由を聞いてもよろしいか」


「理由、ね。……まぁ、大したことじゃないよ。ちょっと迷ってるだけ」


「迷っている……? 先ほど勇者殿と交わした言葉と、何か関係が?」


「よく見てたね。ま、キミにはあんまり関係ないことだと思うよ」


「違いない。勇者殿とそれほど親しいわけではないからな」


 二人の間に何かがあったのは明白。

 かと言って、根掘り葉掘り聞き出そうとすれば勇者殿に怒られてしまうだろう。

 ……それよりも、今心配すべきは自分の命か。


「アナタ、イーリアって呼ばれてたっけ。やっぱり騎士勇者セリアにあやかった名前?」


「あぁ。この名に恥じない騎士であろうと、日々精進(しょうじん)している」


「……そっか」


 少しだけ感慨かんがい深げな表情を浮かべたあと、彼女の目は戦士のそれとなってわたしをまっすぐに見据えた。


「じゃ、いくよ」


「手合わせ願おう……!」


 敵は明らかに格上。

 だが、勇者殿に任されたのだ。

 あの勇者殿が、わたしを信じて託してくれた。

 なれば、一歩も退くわけにはいかない……!



 〇〇〇



 宝珠の間に飛びこんだ私の目に映ったのは、ベアトに剣を向けやがってるトゥーリアの姿。

 頭の中が殺意でいっぱいになって、【沸騰】の魔力をこめた拳を思いっきり顔面に叩きつけてやったんだ。

 で、ヤツは思いっきりブッ飛んでカベに叩きつけられたわけだけど。


「……立てよ。まだ生きてんだろ」


 アイツをぶん殴ったとき、柔らかい肉を殴る感触がしなかった。

 硬い岩を殴った感触しかしなかったんだ。


「……はぁ~、背中いったいの」


 案の定、ヤツは立ち上がった。

 その頬から、砕けた岩をパラパラとこぼしながら。

 アイツ、殴られる瞬間に小さな岩の盾を張って、拳の直撃を避けたんだ。

 当然その岩にもヤツの魔力がたっぷり。

 【沸騰】も不発に終わった。


「でも、体張った甲斐があったのね……。私の役目はワープポイントを作ること。ノプトちゃん、出番なの……」


「えぇ、ようやくね」


 ノプト。

 トゥーリアがその名を口にした瞬間、宝珠をまつった祭壇の前に突如として魔族の女が現れた。

 【遠隔】の勇贈玉ギフトスフィアを持った、タルトゥス軍の残党。

 アイツもいっしょに来てたのかよ……!


「さぁ、メインディッシュをいただこうかしら」


 ヤツは腰に巻いた鞭を手に持って、祭壇をおおうベールに振りかぶった。


「させるか!」


 宝珠がどんな力を持ってるのか知らないけど、私よりも優先するんだ。

 奪われればロクでもない結果になるのはわかりきってる。

 ノプトを止めるため、腰の剣を抜いてすぐさま斬りかかる。


「それは私のセリフなの」


 ところが、突然現れた分厚い岩の檻が、私をすっぽり包み込んだ。

 トゥーリアの妨害だ。


「この……っ!」


 ヤツの作ったものに魔力は流せない。

 だから練氣レンキをこめた足で、


「っらぁ!!」


 ドゴォォォッ!!


 力いっぱいブチ破ってやった。

 ヤツの妨害から抜け出すまで、時間にして一秒ほど。

 だけど、ヤツの鞭がベールを斬り払い、小さなほこらを破壊するには充分な時間だった。

 あらわになった青い宝珠にノプトが手をのばし――。


「な……!?」


「……え? アレが、宝珠……?」


 その手を止めて、驚愕の表情を浮かべた。

 ノプトだけじゃない。

 私も、トゥーリアも、ラマンさんやベアトだって。

 巫女様以外のその場にいる全員があっけにとられる。


 台座の上に乗っていたのは、たしかに青くて丸いもの。

 半透明な青いガラスケースの中にゆらゆらと炎がゆらめいて、青い輝きを演出している。

 宝珠なんかじゃない、どう見てもただのオシャレな照明器具だ。


「どういう……こと……!?」


「残念でしたね、悪しき者よ」


 口を開いたのは巫女様。

 凛とした声で、ノプトやトゥーリアにもまったく怯えを見せずに言い放つ。


「天よりもたらされた、『星の記憶』と双璧を成す『海神わだつみの宝珠』。不用心にもこのような場所に保管されていたと、本気でお思いでしたか?」


 ……要するに、最初から『海神わだつみの宝珠』はこのやしろには無くって、もっと他の、誰も知らない厳重な場所に保管されてるってこと?

 っていうか今、『星の記憶』って言ったよね。

 パラディの至宝のことを、どうして巫女様知ってるんだ?


「……ふふ、ふふふっ、あーっはっはっは!!」


 なんだノプトのヤツ、とつぜん笑い出したぞ。

 あんなヤツだったっけ。


「あはははっ……ふぅ。未開の地の魚もどきと思って、少々甘く見ていたようね」


 と思ったらすぐに冷静になった。

 気持ちを切り替えるためのスイッチ、みたいなものか。


「閉鎖環境にあって、外部からの脅威とは無縁に二千年。こんな杜撰ずさんな警備でも、と納得していたのだけれど」


「それは失礼いたしました。……私たち巫女は、代々油断などしておりません。二千年前の約束は、今もなお生き続けている」




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― 新着の感想 ―
[良い点] なるほど…ある意味では魚人さん達の「排他的だけもガチ強者からすると一味足りない」警備体制自体が一種のトラップだったんですね。 そりゃ魔導小銃とか自衛で持ってる巫女様が、残念ながら魚人さん達…
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