276 【地皇】の人工勇者
騎士剣をふりかざして、トゥーリアがつっこんでくる。
フェイントもなく、一直線にまっすぐに。
正直なところ、そのスピードはレヴィアはおろかイーリアにすら遠く及ばない。
足にも腕にも練氣をまとっていないみたいだし。
「あはっ、あははっ、セリア様が、セリア様が見ているのぉっ!」
あと、前に会った時とイメージが違う。
目ん玉かっぴらいたまま、満面の笑みで突っ込んできてんだけど。
なんにせよ、この程度のスピードで無策に突っこんでくるのなら……。
「セリア様、見てて、見ててぇっ!」
真紅の刃に【沸騰】の魔力をこめて、敵が間合いに入った瞬間。
ズバァァッ!!
「あぇっ!?」
鋭く振り抜いた一撃は、あまりにも簡単にトゥーリアの首をすっ飛ばした。
殺した当人の私ですら、あっけにとられるほどに。
ゴロっ、ゴロゴロっ。
笑顔を浮かべたまま砂地の上に転がる生首。
首を飛ばされた体は、力なく倒れていく。
ただし、どちらも断面から一滴も血を流していない。
「これは……」
あまりの弱さと死体の違和感。
コイツ、本体じゃない……!
「……あはっ♪」
「……っ!」
直後、私の足元の砂地から騎士剣が突き出された。
とっさにバック転で回避すると、
「残念、ハズレちゃったの……」
剣を持った腕が、まるで水にもぐるように地中へと消えていく。
やっぱり、さっきのトゥーリアはニセモノだ。
いつ入れ替わったのかわからなかったけど、殺したのは土を固めて作ったニセモノ――分身だ。
そのまま何度かバック転を打って、ヤツがもぐった場所から間合いを離し、砂地に着地した瞬間。
「「「「「「きゃははははっ♪」」」」」」
六人のトゥーリアが、私を取り囲むように地面から飛び出した。
全員がまったく同じ狂った笑顔で、まったく同じ騎士剣をまったく同じタイミングで私めがけて振り下ろす。
(一人で処理するには、ちょっと数が多すぎるかな……)
よし、ここは半分アイツに任すか。
「……背中側、任せたから」
「任されました、勇者殿!」
ズバァァッ!!
練氣・金剛力を発動して腕力をアップさせ、一太刀で三人のトゥーリアの胴体を力まかせにぶった斬る。
背中側の三人は、駆け込みながらのイーリアのすれ違いざまの一撃で、まとめて首を落とされた。
「あなたに頼られる日がくるとは、思いもしませんでした」
「私も驚きだよ。どんな裏技使ったのさ。まさか『三夜越え』? にしては狂ってないけど」
すぐに二人で背中合わせになって、死角をカバー。
まさかコイツがここまで強くなってるなんて、ホントビックリだよ。
「……彼女たちがいる手前、詳しいことは言えませんが」
イーリアがチラリと、セリアに目を送る。
「毒と薬は紙一重、とだけ言っておきましょうか」
……なるほど、敵に聞かれちゃまずい内容か。
もしかして『海神の宝珠』がらみ?
「……そ。じゃあ後で聞かせてもらうよ」
それにしてもセリア、戦いが始まってから一歩も動いてないな。
もしかして私と戦いたくないのかも……なんてのは、甘い考えか。
「はぁ……。やっぱりこの程度じゃ仕留められないの。あの人が警戒するだけあるのね……」
とぷん。
水の中から上がるように、トゥーリアが地面から飛び出した。
ヤツ自身は全くの無傷。
やっぱり分身じゃ、いくら斬っても意味無いか。
いや、そもそも今出てきたヤツが本体とは限らないけど。
それと、厄介なのは分身だけじゃないかもしれない。
最初に【沸騰】の魔力をこめて叩き斬った分身。
アレ、今は砕けて土に戻ってるんだ。
マグマにならずに土に戻ってるってことは、つまり私の【沸騰】がかき消されたことを意味している。
前に【機兵】の使い手・ブルムと戦った時、ボロボロだった私のしょぼい魔力がヤツのガントレットを構成する魔力に打ち負けて、ガントレットをマグマに変えられずに手痛い一撃を喰らったことがあった。
ソレと同じ現象が今、ヤツの土分身相手に起きている。
あの時とは違って万全の状態の、あの時よりはるかに強くなった私の魔力が打ち負けたんだ。
「……ねえ、アンタ。さっきから練氣使わないよね」
「ん? そうなの。じつは私、練氣を使えないの……」
やっぱりそうか。
練氣を使えないってことは、生まれつき魔法の才能があるってことだ。
「そっか、ソイツは残念だったね。せっかく人工勇者になれたってのにさ」
「……あれ、私が人工勇者だって知ってたの?」
知るか。
誰を人工勇者にしたかとか、そういうデータは残らず持ち去られてたし、知ってる研究員はみんな姿を消してんだ。
だから確証はなかったけど、このタイミングでジョアナが送り込んでくる刺客。
そして使う能力から考えて、カマをかけたら大正解だっただけ。
「【地皇】の人工勇者。私にも、なんとしてでもアンタを殺さなきゃいけない理由があるんだよね」
エンピレオの力を変換する装置の起動には、四つの勇贈玉が必要だ。
そのうちの一つ、【地皇】。
ベアトを救うために、殺さなきゃいけない獲物の一人。
「それはこっちも同じなの。セリア様のために、あの方の見ている前で、あなたを血祭に……あはぁっ♪」
……前に、気になってベルナさんに聞いてみたことがある。
生まれつき練氣を持った私みたいなのが勇者になった場合、魔力と練氣を両方使うことができる。
じゃあ魔力の方を持った勇者は、練氣を使えないぶん弱いんじゃないかって。
答えは「NO」。
魔力を持った者が勇者になった場合、元の数倍に魔力が跳ね上がる。
それだけじゃなく、使ったそばから回復するほどの異常な魔力回復力まで身につくらしい。
つまり、事実上無限の魔力が手に入るってことだ。
「見ててほしいの、セリア様ぁ……。私の手で、勇者キリエがズタズタの肉塊になるトコをぉ……♪」
ヤツが地面に両手をついて魔力を流す。
みるみるうちに砂が固まって、ヤツの分身が生まれた。
……視界を埋め尽くすほどの人数、ざっと三百人くらいが。
「こ、この数は……っ!」
「うん。二人がかりでも、ちょーっとヤバいかもね……」