275 対峙
「アラーム……! わたしがここに来て耳にするのは二度目です、一度目は今朝でしたが……」
「お、おいらは初めて聞くぞ、こんなん!」
今イーリアが言ったのって、つまり私たちが洞窟に入った時、社の中じゃコイツが盛大に鳴ってたのか……。
「皆さん、落ち着いてください。映像を出します」
巫女様が右腕を横にふる。
そのとたん、どういう仕組みか部屋のカベに映像が――洞窟を進む二人の女の姿が映し出された。
このテクノロジー、まるで『星の記憶』に収まっていた技術みたいだ。
いや、それよりも今大事なことは……。
「この二人……!」
映像が映し出したのは他でもない、トゥーリアとクイナ……じゃない、セリアの姿。
「キリエ様、お知り合いですか?」
「知り合い……っていうか……」
「敵、ですね……?」
巫女様のこの問いかけに、私はすぐにはうなずけなかった。
クイナが敵になったってことを認めてしまう気がしたから。
だけどトゥーリアの方は間違いなく敵。
だったら、うなずいてもウソにならないよね。
「……うん。狙いはたぶん私、だと思う。どうやってここにいるのを突き止めたのかはわからないけど」
「……わかりました。私は奥の間へむかいます。あの場に納められた『海神の宝珠』、かの宝が悪しき者の手に渡ることだけは、絶対に避けなければ」
「な、なあ巫女様。おいら気になってんだけど、見張りに立ってた二人はどうなったんだ……?」
ラマンさんが、震えた声でたずねた。
あの二人、私たちが来たあとも引き続き洞窟の入り口を見張ってたんだよね。
兄弟子たちのことが心配なんだろうな。
……でもさ、ラマンさんも本当は二人がどうなったか察してるんでしょ?
トゥーリアが抜き身で持った騎士剣の刀身が、真っ赤な血で濡れてるんだから。
「…………。……ラマンも私と共に奥の間へ。あそこは社の最深部、もっとも安全な場所のはず」
「巫女様……。わ、わかったよ、合点だ」
なにも言わない巫女様に、ラマンさんもそれ以上何も言わなかった。
言いたいことを呑み込んで、強く拳をにぎりしめた。
「勇者様とイーリアは、申し訳ありませんが……」
「……うん、はじめからそのつもりだよ。敵は社の前で食い止める」
「後れは取りません、任せてください」
まあ、当然こうなるよね。
どういうわけなのか、イーリアやたらと強くなってるし。
相手の力は未知数だけど、今のコイツといっしょなら数の不利は消せると思う。
「アタシは巫女様の護衛につくぞ。バッチリ戦えるくらいには回復したし。……あそこに映ってるヤツらには太刀打ちできないだろうってのも、なんとなくわかるからさ」
「……うん、トーカ。ベアトのこともお願いね」
「おう、まかせとけ」
「……っ」
ベアトはものすごく不安げな表情を浮かべてる。
きっと敵がものすごく強いから、って理由だけじゃない。
私がクイナと戦うことになるかもしれないからだ。
「……キリエ、いろんな意味でムチャすんなよ」
「わかってる。行ってくるね」
〇〇〇
「ねえセリア様、どうして気絶させるだけにしたの? 邪魔する魚人を斬ってくれるんじゃなかったの? 剣さばき、見たかったの……」
「……目立つ行動はできるだけ避けよう、と思っただけ。トゥーリアこそ、気絶させた相手をわざわざ斬る必要はなかったよね」
「ダメだったの? だったら殺しちゃってごめんなさいなの」
そんな会話をしながら、社の前の広場に二人の女騎士が姿を見せた。
私のとなりに立ったイーリアが、静かに腰の騎士剣を抜く。
「貴様ら、そこで止まれ」
両手でかまえて切っ先をむけて殺気を放つイーリアに、二人はまったく動じない。
ただし足は止めた。
イーリアとは関係なく、私に気づいたから、だけど。
「……あら、勇者発見なの。ホントにここにいたのね」
「アイツの感知は正確だったと。いやー、びっくりびっくり」
イーリアにはまったく目もくれず、いないものとして扱ってるような態度だ。
それに今の会話、敵の狙いは宝珠より私ってことがほぼ確定かな。
だったらベアトたちは安全、戦いだけに集中できる。
……相手がクイナでさえなければ、だけど。
「何者だ、名を名乗れ。ここに来た目的は」
「イーリア、ちょっと引っ込んでて」
「な……っ」
いや、アンタ無視されてるし。
アンタがしゃべってるおかげで、私が話すタイミングつかめなかったし。
不満げなイーリアは置いといて、ひとまず一歩前に出る。
トゥーリアのとなりに立つ、古めかしい騎士鎧を身に着けた黄色い髪の少女。
まぎれもなくクイナの顔だ、クイナの体だ。
だったら中身は?
本当にクイナじゃなくなっちゃったのか、殺すべき敵になってしまったのか。
戦う前に、しっかりと確かめるんだ。
「……昨日ぶり、クイナ。案外早い再会だったね」
「もう少し焦らした方がよかったかな」
「……ねえ、ホントに私たち、敵同士になっちゃったの?」
剣はまだ抜かない。
今は、まだ。
クイナが抜かない限りは、まだ抜きたくない。
「…………。……言ったよね、次に会う時は敵だって」
「クイナ……っ」
「その名で呼ばないで」
クイナが――セリアが、剣を抜いた。
「アタシはクイナじゃない。もう諦めて、アタシに殺されて」
全身からみなぎる殺気。
鋭い眼光は、数々の修羅場をくぐりぬけた歴戦の猛者のそれ。
戦いなんてからっきしなメガネをかけた村娘の面影は、もうどこにもない……ように見えた。
「……諦めない」
けどさ、今、言い淀んだよね。
ほんの少しだけ、剣のかまえに迷いも見える。
私だってたくさんの戦いをくぐり抜けてきたんだ。
相手に迷いがあるかどうかくらい、わかるよ。
「私は殺されない。クイナのことも諦めないから」
だから私は剣を抜いた。
斬るための剣じゃなく、刃を砕くための剣を。
剣なんて持ったこともないような私の友達を、あのクイナを取り戻すために。
「……そ、好きにしたらいいさ。ねえ、そこの人。アンタ、イーリアって言うの?」
「な、そ、そうだが……」
「ふーん。アンタも名前にリアついてんだ……」
とつぜん話をふられてうろたえるイーリア。
やたらと強くなっても、頼りなさは変わってないな……。
けどすぐに気を取り直して、高らかに名乗りを上げた。
「わ、我が名はイーリア・ユリシーズ! 誇り高きデルティラードの騎士にして、ペルネ様を護る剣なり!」
「へえ、騎士らしいねぇ。けっこうけっこう」
セリアってば、なんだか満足そうにうんうんとうなずいてる。
一方のトゥーリア、なぜかやたらと退屈そうだ。
剣も抜かずにあくびまでしてやがんの。
「セリア様、もういいの? もう殺してもだいじょうぶ?」
「あー……、うん。……はじめようか」
「許可もらったの。じゃあさっそく――」
トゥーリアの体がゆらりとゆらめいて、次の瞬間。
「勇者の首、すっ飛ばしてあげちゃうのっ♪」
カッと目を見開き、私の目前へ突っ込んできた。