274 混じり合って
一人になるといつも思い出す。
暗くせまい闇の中に閉じ込められた、あの地獄のような時間を。
指の一本も動かせず、身動きの一つもとれず、意識だけはやけにハッキリしたまま。
時間の感覚すらなくなるほどの長い長い時を、発狂することすら許されずに過ごしてきた。
そうしてアタシが目覚めた時、二千年弱の時間が経っていた。
暗闇の中で二千年。
想像を絶する無限地獄から解放された時、最初に目にした冴えない研究員すら救いの神に思えた。
勇者の魂を移植する実験におけるただ一人の成功例、それがアタシ。
『獅子神忠』からの誘いにも、迷わず乗った。
この体から魂が離れた時、またアタシは勇贈玉に閉じ込められる。
もう一度あの暗闇に閉じ込められて、今度こそ終わりのない永劫の時を過ごすことになる。
しかし彼らの技術ならば、それを回避できると教えられたから。
二度目の死が訪れたとき、魂の牢獄に囚われずあの世に魂を送ることが可能だと。
あの恐怖に比べれば、アタシの勇者としての誇りや正義感なんてモノはひどくちっぽけに感じた。
道徳的に悪と呼べる行いに手を染めることもいとわない。
アタシこと騎士勇者セリアは、そう思っていた。
ロックされていた記憶を呼び覚まされた時、それまで体を支配していた人格と――肉体に染みついた記憶から形成されていた、クイナという人格と混じり合ってしまうまでは。
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「……と、いうわけで。フィクサーを見習って、キリエちゃんを余計に強くしないように少数精鋭。『海神の宝珠』も奪取ってことで。どちらを優先すべきかは、今伝えた通り。じゃあ、よろしくね?」
「よろしく……、ということは、お姉さまは来られないので?」
まるで他人まかせな物言いに、ノプトが疑問を抱く。
確実に勇者を殺したいならば、戦力的にはジョアナ自身が出ていくことが最善なはずなのに。
「私はまだここを動けないわ。あの子から離れすぎると、この体をコントロールできなくなるの」
「……やはり今のお姉さまは、本体ではないのですね。本当の体はあの時からずっと、神と一体化して……」
「ふふっ、そう肩を落とさないの……」
顔を伏せたノプトの頬を、ジョアナの手がそっとなでる。
敬愛するお姉さまからのスキンシップに、彼女は少女のように顔を赤らめた。
「じきに、あの子の『根』が張り巡らされる。そうすれば、どこにだって好きなように行けるようになるわ。だからそれまで、しばらく我慢して?」
「はい、お姉さま……」
「いい子ね……」
妖艶な笑みを浮かべ、ノプトの首筋を人差し指でなぞるジョアナ。
彼女たちの様子を、トゥーリアは退屈そうにながめていた。
「……結局、誰が出撃するの? 早く指示を出してほしいの……」
「そうね。トゥーリア、セリア、それからノプト。三人で行ってきなさい? 手加減は無用、全力で叩き潰すのよ」
「セリア様といっしょ、うれしいの……」
が、命令を受けると一転、彼女は目を輝かせる。
「セリア様の剣さばき、ようやくこの目で見られるのね……。勇者キリエも魚臭い魚人どもも、いっしょにバッサバッサと斬り殺そうね……」
「魚人はどうだろうね……、ジャマするんなら斬らなきゃいけないけど」
無邪気な狂気を宿したトゥーリアの瞳。
かつての『自分』ならば、特に抵抗は覚えなかっただろう。
しかし、今の『ジブン』では湧き上がる嫌悪感に耐えきれなかった。
彼女から意識をそらすように、セリアは話題を変える。
「……ところで開祖――ゼーロットは出さないのかな? 全力で行くってんなら、彼こそぶつけるべきじゃない?」
「彼はあなたと違って不完全な復活をしてしまった。少なくとも魂が定着するまでは、戦力として数えられないわ」
「……そ。じゃあま、ノプトさん。【遠隔】の力で魚人の国までひとっとびしてよ。いるんでしょ? あの国にもお仲間マーキングしてる人がさ」
〇〇〇
ここは巫女様のお部屋。
みんなでそろってお夕食の真っ最中、なんだけど……。
「……っ、……っ!」
生の魚だ。
よりにもよって火を通してない生魚の切り身。
こんなゲテモノめいたモノを、ベアトがおいしそうに食べている。
なんか得体のしれない黒っぽい汁につけて、とってもおいしそうに。
「お刺身、食べないのですか? 近海の潮の流れに育まれた、脂の乗ったおいしいお魚ですよ」
巫女様が猛烈にすすめてくる。
いやだって普通、肉や魚って生で食べないじゃん。
「うまいぞ、キリエ。食えって」
「そうですよ、勇者殿。絶品ですから」
ラマンさんはもちろん、トーカもイーリアもおいしそうに食ってやがる。
うまいのか?
生の魚、うまいのか?
「……そ、それじゃあ」
いつでも吐き出す心の準備をして、フォークで切り身をぶっ刺す。
黒い汁につけて、一瞬ためらったあと、思い切って口の中に放り込んだ。
「んぐ……っ! ……ん? おいしい。コレおいしいね、ベアト」
……なんだこれ、ホントにめっちゃおいしいぞ。
ほんのりしょっぱい汁と、甘い脂の絶妙なコラボレーション。
少し噛むだけでも、口の中でほぐれる魚肉。
こりゃいくらでもいけるかも。
「……っ!」
ベアトもにっこり。
おいしさがわかってもらえてうれしいのか、それとも私といっしょのモノを食べれてうれしいのかな。
「……ベアト様、お声が出ないのですね」
「……っ?」
とつぜんの巫女様の言葉。
切り身を刺したフォークをくわえたまま、ベアトが首をかしげる。
「この子、生まれつき声が出ないみたいなんです。あの……、巫女様。もしかしてこれも治せたり……」
「原因がわからないことには治療もできませんが、もしかしたら――」
ビィィィィィッ、ビィィィィィィッ!!!
その時、部屋中に危機感を煽り立てる音が響き渡った。
ベアトがビックリして飛び上がって、ラマンさんが腰を抜かし、イーリアとトーカは私といっしょに警戒態勢を取る。
「な、なにこの音……!」
「侵入者を知らせるアラーム……! 何者かがこの洞窟内に侵入したようです……!」