表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

272/373

272 巫女様




 魚人の巫女様に会いに来たら巫女様の弟子が襲ってきて、その弟子はイーリアだった。

 なにがなんだかわからない状況に、私もトーカも目を丸くしてる。

 そもそもコイツ、こんなに強くなかっただろ。

 もっとへっぽこだったはずだ。


「さあ、勇者殿。巫女様に会いにいらしたのでしょう。どうぞ、こちらへ」


「う、うん……」


 思わずうなずいちゃったけどさ、さあ勇者殿、じゃないよ。

 聞きたいことは山ほどあるけれど、今はベアトが最優先。

 のんびり話を聞いてる場合じゃない。

 ひとまずトーカからベアトを返してもらって、お姫様だっこしなおした。


「なあキリエ。アイツ、どう見てもイーリアだよな。あの強さ、本物なのか?」


「ニセモノじゃないと思う。敵意を感じないし、罠ならよりによってイーリアを選ばないでしょ」


 あんなんに化けるより、もっと効果的な相手は山ほどいるし。

 それこそジョアナとかクイナとか。

 だからアレ、本物だよ。


「お、おぉい……っ、はぁっ、はひっ……!」


 その時洞窟の方から、息を切らせた情けない声が聞こえてきた。

 見ればラマンさんが、はひはひ言いながらフラフラよろめいて走ってくる。


「ラマンさん、お疲れさま。ケガしなかった?」


「やー、殴られはしなかったけどよ、こっぴどく怒られちまったぜ……。……ん? そっちの修行着を着たお嬢さんは?」



 〇〇〇



 おやしろの中には、地下へと続く階段だけがあった。

 巫女様がいる修行場はこの下だ。


「しっかし新しい弟子ってのが人間だなんてな。おいらびっくり」


「私も驚いた。ラマンさんは初対面だったよね、イーリアと」


「ベルを助けるための医療技術を探して、西へ旅立ったんだったよな。魚人の国に行きつくまでは納得だが……」


 たいまつで照らされた石造りの階段を下り終わると、石壁の通路に続いていた。

 いくつか並んでいる木製のトビラは、医術を学ぶための部屋らしい。

 そんな通路を進みながら、イーリアに疑問をぶつける。


「どうせなら教えてよ。どういう経緯で弟子入りすることになったのか、こっちはさっぱりだから」


「話せばとても長くなりますから、かいつまんで話しますと……。ベル殿を救っていただけるよう巫女様に頼み込んだのですが、掟の問題で里の外に魚人の医師を派遣するわけにはいかないため、わたしが彼女を治療するための技術を覚えて持ち帰ることにしたんです」


「へ、へぇ……」


 そのツッコミどころ満載の説明の中に、どれだけの物語があったのやら。

 気になるけど、たしかにとてつもなく長くなりそうだ。

 またいつか、機会があった時に知れたらいいかな。

 と、そんな話をしている間に、とある部屋の前でイーリアが立ち止まった。


「巫女様はこの奥にてお待ちです。どうぞ」


「この部屋、たしか来客用の部屋だったっけか。巫女様に久しぶりに会えると思うと、ちょっとワクワクしてきた……!」


 ずっと旅に出てて会えなかったんだもんね、気持ちはわかる。

 でもラマンさん、鼻の下伸びてるのはみっともないよ?


「巫女様、勇者殿をお連れしました」


「ええ、存じています。すべて見ていましたから」


 トビラのむこうから透き通るような声が聞こえてきた。

 それにしても、見てたってどこから?

 そういえばさっきも、どこからともなく声が聞こえたな……。

 ともかく、イーリアが引き戸を開けて部屋の中へ。


 室内は、私たちの暮らしている国とはかなり様子が違った。

 細い木の板を並べて作られたカベと天井。

 木の骨組みで出来た燭台しょくだいは、火の回りを薄い紙が丸く囲んでいる。

 テーブルなんてモノも見当たらなくって、ものすごく小さいクッションみたいなのが床に置いてあった。

 まさに文化が違うって感じ。


 そして、この初めて見るものだらけの部屋でひときわ目を引いたのが、


「ようこそいらっしゃいました。エンピレオに選ばれし勇者キリエ様。巫女を務めさせていただいてます、ラハイと申します」


 びっくりするくらいキレイな魚人の女の人。

 濃い青色の肌、うす水色の長い髪。

 耳のあたりの髪からとがったヒレが出ていて、顔に魚っぽさは感じない。

 ちょっと唇が分厚いかな、って程度で、ものすごく美人と言っていいくらい。

 魚人の女の人、初めて見たけどこんな感じなんだね。


「巫女様! おいら戻りましたよ! 会えなくって寂しかったぁ!」


「ラマン、長旅お疲れ様。のちほど土産みやげ話など聞かせてくださいね」


「はい喜んでぇ!!」


 にっこり微笑まれて、もうラマンさん骨抜きだ。

 てかそのみやげ話、とんでもない内容だよね。

 言ってもいいやつなのか……?


「さあ皆様、どうぞおかけになってください」


 ください、と言われましても。

 トーカと顔を見合わせてると、巫女様にラマンさん、イーリアがミニクッションの上に正座した。

 トーカも見よう見まねで同じ風に座る。

 私は床にそっとベアトを横たえさせてから。


「まずはイーリアをけしかけた無礼、お許しください。キリエ様のことはイーリアから聞いていました。彼女から聞いた話では、あなたが危険な人物かどうか判断できなかったのです」


 ……あぁ、そりゃそうだろうね。

 イーリアと別れるまで、つまりジョアナと戦うまでの私、今思えばかなりすさんでたから。


「ですが、正体を隠したイーリアに殺気をむけられても、あなたは彼女に殺意をむけようとしなかった。あなたは信用に足る人物です」


 ずいぶん警戒されてたみたいだ。

 信用されて何よりだけど、今はそれよりも……。


「あ、あの……、巫女様。私、お願いがあって来たんです」


「その女の子のことですね?」


 はやる気持ちにまかせていきなり本題に切り込んだら、いきなり核心で返された。

 まだ診察してもいないのに。


「見るだけでもわかります。体内にめぐる魔力が乱れに乱れている。小さな波が大きな波にかき消されるように、生命力の流れすら妨げるほどの強大な魔力によって、命の灯火が揺らいでいます」


「助け……っ、られるんですか……?」


 少しだけ、声が震えてしまった。

 ノーと言われた瞬間、全ての希望がついえるから。

 ベアトの死が確定したら、もう私も生きていられないから。


「通常の医学ならば不可能です。もってひと月といったところでしょう」


「……っ」


「ですが、魚人の技術なら……。『海神わだつみの宝珠』に封じられた叡智えいちならば、彼女の命をのばすことは可能です」


 暗闇に、光がさした気がした。

 溺れる直前で川から引き上げられたような、ガケに落ちる寸前で腕をつかまれたような、とにかくそんな気分だった。


「お願いします! ベアトを、ベアトを助けてください!」


「もちろんです。医術にたずさわる者として、消えかけた命を救わない選択肢はありません」


 巫女様はミニクッションから立ち上がって、ベアトの体を抱え上げた。

 魚人だけあって、人間の女の人より大柄みたい。


「ラマン、イーリア、手を貸してください。イーリア、魔導医療を見せるのは初めてでしたね」


「お、おいらも一緒でいいんですか!? わっひょい、役に立ちますぜ!」


「勉強させていただきます、巫女様、ラマン殿」


「キリエ様、あなたの大切な人、一時いっときお預かりいたしますね」


「よろしく、お願いします……!」


 微笑みながらうなずいて、巫女様は二人といっしょに部屋を出ていった。

 残されたのは私とトーカ。

 治療が終わるまでの間、ここで待ってればいいのかな。


「よかったな。ベアト、なんとかなりそうだぞ」


「うん……」


「それにしても驚いたな、イーリアが弟子になってたなんて。見張りを立たせてたの、人間を弟子にしたなんてことが国に知られないためだったのかな」


「うん……」


 なんか、安心したのか気が抜けたのか、目の前がぐにゃぐにゃしてきた。

 トーカが言ってることも、あんまり頭に入ってこない。


「驚いたと言えばアイツの強さ。いったいどんな修行したんだか。もし楽な方法だったら、アタシもチャレンジしてパワーアップとか——」


 あぁ、もうダメ。

 いろんなことがあったのに昨夜丸々徹夜して、さっき思いっきり戦ったんだもん。


「……あれ? おい、キリエ?」


 縦むきだったトーカの体が横にかたむいていく。

 いや、かたむいてるのは私の体か。


 まぶた重いし、意識もぼんやり。

 きっと悪夢を見ちゃうだろうけど、もういいや、ベアトを助けられたんだから……。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] ああ、倒れちゃった…本当にここまでハードな展開の連発でしたからね、よりにもよって一時の休息の時にクイナの件がありましたし…。 とりあえず、巫女様の、正確に言えば“海神の宝珠”の力でベアトは…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ