271 社の洞窟
この洞窟、自然に出来たものじゃなさそうだ。
砂でできた平らな道でとっても歩きやすいし、分岐もカーブもないまっすぐな一本道。
カベにはたいまつがかけられていて、明かりを用意する必要もなし。
「この奥に、巫女様がいる社があるんだよね」
「ラマンさんが言ってたな。『海神の宝珠』もそこに納められてて、弟子たちの修行場でもあるとか」
『海神の宝珠』。
ラマンさんによると、はるか昔に海の神様がさずけてくれたっていう秘宝らしい。
魚人たちも、その海の神によって生み出されたと言い伝えられている。
エンピレオの神話とはまったく違う信仰が、この地には根付いてるんだ。
そして巫女様は、人種を問わず病人ケガ人を助けてくれる人格者だって聞いた。
あの人の色ボケ補正が入ってなければ、きっとベアトを助けてくれるはず。
「……にしても、ラマンさん大丈夫か? ボコられたりしてないだろうな……」
「心配しても仕方ないし。サメのエサにはされないでしょ」
「おま……、ドライだな、いつものことながら……」
それよりも、今の私たちの格好の方が心配だ。
ボートの敷き物に化けるためとはいえ、黒いマントとフード姿。
さすがに顔は隠れてないけど、巫女様に不審者扱いされないだろうか。
ベアトも波風を避けるために、毛布にグルグル包んでるし。
「……見えてきた。アレが社だね」
一本道の洞窟の一番奥にたどり着いた私たち。
そこは丸くくり抜かれたような広い空間になっていた。
その真ん中あたりに、大きな岩の中身をくり抜いて作られた建物が建っている。
きっとアレが巫女様のいる目的地だ。
社の入り口までは、白い砂に敷かれた石畳が道となって伸びている。
「あの中に、巫女様がいるわけか」
「行こう。ラマンさんもすぐ来るだろうし——」
石畳に足を乗せた瞬間、強烈な殺気が私の全身をつらぬいた。
「……トーカ、ベアトをお願い」
「え? えっ、ちょっ」
抱きかかえてたベアトをトーカにあずける。
とつぜんベアトを任せられたトーカ、めっちゃ焦ってるな。
そりゃそうか、私がベアトを他の誰かに託すだなんてよほどのことだもんね。
しっかりトーカに抱きかかえられたのを確認すると同時、社の中から飛び出した影が私たちの前に軽やかに着地した。
「……何者だ。魚人ではないな」
ソイツは顔を魚みたいなお面で隠した……たぶん女。
たぶんって言ったのは、お面のせいで声がくぐもって聞き取りづらいのと、身に着けた黒ずくめの服が体型を分かりづらくしているから。
どんな服かっていうと、ローブに少し似た、首元をYの字に交差させた独特の形の服だ。
そでがやたらとヒラヒラしてるけど、邪魔くさくないのかな。
ソイツは殺気を発しながら、腰にさした剣に手をかけた。
「怪しい者じゃないよ。巫女様に用があってきたの。そっちの女の子を診てほしいんだ」
「どうやってこの場所を突きとめた」
「魚人の人に案内してもらって。ラマンさんっていうの」
「ラマン……」
女は少し考えるしぐさをしたあと、
「たしかに巫女様の弟子にはラマンという魚人がいる。ならばラマンはどこにいる。お前たちを案内した、そのラマンは」
なんて、もっともらしいことを聞いてきた。
確かにおかしいよね、ここにいないのは。
「入り口に見張りがいてさ。通してもらえそうになかったから、その人たちの気を引いてもらったんだ。だからそのうち来る……、と思うけど……」
「……信用できんな。脅して案内させ、見張りも始末して、用が済んだら海の底……という可能性も捨てきれない」
「あのさぁ——」
「お帰り願おうか」
あまりの用心深さにちょっとイラっとした次の瞬間。
女は腰の剣を引き抜いて、一瞬で私の前まで飛びこんできた。
(速——)
反射的に右側へ転がって、鋭い横ぶりの斬撃を回避。
よく見りゃ腕と足に、それぞれ練氣をまとってる。
「避けたか。だが、次はどうだ」
そのままトーカたちに襲いかかるかと思いきや、私しか眼中にないみたいだ。
すぐに方向転換して、起き上がった私に上段からの斬り下ろし。
ソイツも横っ飛びでかわすと、斬撃の威力に地面の砂が間欠泉みたいに吹き上がった。
(こいつ、ただ者じゃない……!)
剣技だけならレヴィアみたいな『三夜越え』した連中にだって匹敵するかも。
殺す気でいかなきゃやられる、だけど巫女様の弟子を殺したら、ベアトを助けてなんてもらえなくなる……!
「どうした、逃げるだけか」
「だから、戦いにきたんじゃないんだって!」
こっちが必死で訴えてるのにまったく耳を貸さない。
それどころか刀身に練氣をまとって、練氣・飛刃の飛ぶ斬撃を次々に飛ばしてくる。
動き回って回避しながら必死に呼びかけ続けるけど、コイツまるでやめる気配がないぞ。
魚人ってどいつもこいつも石頭なのか。
「ラマンさんが来ればわかるから! 私はただ、ベアトを助けたいだけなんだ!」
「ならば、力を見せてみろ。その禍々しい気を放つ刃を抜いて、証明してみせろ!」
飛刃の攻撃が止まった。
けど、それが戦闘終了の合図では決してなくて。
アイツの全身から、ビックリするくらいの練氣があふれ出す。
「奥義・魂豪身!」
目に見えるほどのオーラとなって全身をつつむ練氣。
あの技なら私も知っている。
ギリウスさんが、そしてあの青二才が奥義として使う技。
パワー、スピード、耐久力、全てを大幅に上昇させる大技だ。
「……参る!」
ヤツの姿が消えた。
コンマ数秒あと、背後から感じる気配。
後ろに回り込まれたんだ。
かろうじて反応できたけど、今から回避は間に合わない。
とっさに真紅のソードブレイカーを抜き放って、
ガギィィッ!!
練氣・金剛力でパワーを上げながら、振り向きざまに斬撃を受け止めた。
「見事……。初撃を受け止められるとは……」
「初撃? 今のが最後だよ……!」
コイツは知らない。
私が勇者だってことも、【沸騰】の魔力のことも。
私の剣から相手の剣に魔力を流しこんで、剣を溶かしてさえしまえば、コイツを殺さずに戦闘を終わらせられるはず。
「でしょうね。あなた相手につばぜり合いに持ち込まれた時点で、わたしの負けだ」
「……え?」
女の体から、練氣のオーラが消え失せる。
同時に殺気が消え去って、なんと剣まで引いた。
どういうこと……?
「巫女様、これでおわかりいただけましたか? 彼女たちは、決して邪悪な者ではありません」
『……ええ、よく理解できました。さあ、彼女たちを社の中へ案内してください』
「はい、巫女様」
え、どういうこと?
社の中から聞こえてきた優しげな女の人の声と会話しながら、コイツも剣を腰に納めたんだけど。
「ご無礼をお許しください、勇者殿。わたしの存在に加えて里での不穏な動きもあり、少々警戒が厳重でして」
「……ねえ、アンタ私のこと知ってるの?」
魚人の知り合いなんて、ラマンさんとランゴ君しかいないぞ。
「わたしですよ。仮面のせいでわかりませんか?」
女はそう言って、魚人お面を取り外す。
仮面の下から出てきた顔は、
「……イーリア? マジ?」
見覚えのある、赤い髪の女。
ベルを救うために西へと旅立った、あのへっぽこ青二才だった。