270 巫女の島へ
トーカが地中の金属を集めて作り出した、黒い金属製のボート。
金属のはずなのに水に浮くし、オールも帆もないのに海上を猛スピードで進んでいく。
航空機とやらと同じように、パラディでデータを見せてもらった『モーターボート』ってのを参考にしたらしい。
「早いだろ、コレ。巫女様の島まであっという間だぞ」
「大したもんだなぁ、魚人にもこんな早く泳げるヤツいないって。……うひゃっ、波しぶきが気持ちいいっ!」
ラマンさん、ご機嫌だね。
ちなみに私はベアトに風やしぶきが当たらないように、毛布でこの子の体を包んであげている。
「……そういえばラマンさん、ランゴ君はどうしたの?」
「アイツか? 無事に家族が見つかってな、両親のとこへ戻ってったよ」
「そっか、よかった。……あれ、ランゴ君って教団の息がかかった孤児院に預けられてたんじゃ?」
孤児院にいたはずなのに、両親いるの?
「ソレなんだがな。ランゴのヤツ、あんな内気な性格だからあんまり喋りたがらなかったんだけどよ。ガキども三人の中で、本当に孤児院にいたのはリフだけだったらしい」
「……どういうこと?」
ケルファはともかく、ランゴ君まで?
フィクサーが死んで、ヤツの息がかかっていたお偉いさんや研究員はどっかに雲隠れ。
あの一件に、まだ暴かれてない闇が潜んでいてもおかしくないけど……。
「おいらも妙だと思ってな。国交途絶えてる魚人族の子どもがパラディの孤児院にいただなんてよ。そんで、泣かれないようになんとか聞き出せた話によると……」
「よると?」
「なんとアイツ、魚人の里にいる間に何者かにさらわれたらしい」
「……マジ?」
「マジだよ、大マジ。外で一人で遊んでるときに、後ろからガッとな。それで気を失って、どこかの牢屋に閉じ込められて、パラディに送られたんだとよ」
「……うん。たしかにパラディの連中なら、気づかれずに里の中に入るのも簡単だろうね」
たとえば【月光】や、ノプトが持ち出したらしい【遠隔】みたいな、そういう勇贈玉を使えば簡単に連れ去れそう。
そうでなくても、海やガケからいくらでも潜入できそうだし。
それなりの力を持ったヤツなら、人目につかないように子ども一人くらいさらってみせるだろうな。
「まあこれだけなら、ちょっと見張りが不用心だっただけの話だろ? でもよ、この話には続きがあってな。里に戻って、おいらゾッとしたのさ」
意味ありげにもったいぶるラマンさん。
私たち以外だれもいない海の上だってのに、辺りをキョロキョロ見回したあと声を小さく落としてささやいた。
「子どもが一人、閉鎖された里でいなくなったってのに、何も騒ぎになってなかったんだ。なぜならランゴのヤツ、死んだことになってたんだからな」
「……ホントだ、キナ臭くなってきた」
なんだか裏がありそうな話だ。
ランゴくん生きてるんだから、当然死体は見つかってないはずだし。
「はじめのうちは捜索されてたらしいんだけどよ。サメの魔物の胃袋からランゴの服が見つかって、海に落ちてコイツに喰われたってことでカタがついたらしい」
「それ、誰かが服を魔物に喰わせたか、倒された魔物の腹に服を仕込んだってことだよね」
「その通り。居なくなっても騒ぎにならないようにって、誰かの工作だろうな」
と、なると、考えられるパターンは二通りだ。
パラディが騒ぎにならないように工作したのか、もしくは……。
「つまりラマンさん、こう考えてるってことだよね。魚人の中の誰かがフィクサーの一味、あるいは別の何かと繋がっていた」
「可能性、十分考えられる話だろ」
「……だとしたらランゴ君、危険じゃないの?」
もし黒幕がいるのなら、ランゴ君を消そうとしてくるんじゃ……。
「恐らく大丈夫だ。手がかりになるようなこと、ランゴはなんにも覚えてねぇ。おいら以外だれも疑い持っちゃいねぇし、戻って早々ランゴを消したらかえって怪しまれるさ」
「そっか。むしろラマンさんの方が危ないね」
「だろ? ……ちょっと待て、怖くなってきたぞ。なあキリエ、守ってよ? おいらのこと守ってよ?」
ラマンさんの体がガタガタ震えてるの、きっと海の上が寒いからじゃないんだろうね。
「話は終わったか? ならラマンさん、そろそろ道案内してくれ」
おっと、いつの間にか群島のすぐ近くまで来てた。
この島々のどこかに巫女様がいて、場所はラマンさんしか知らない。
ここからはこの人のナビが頼りだ。
「お、おう、任せとけ。しっかり案内するぞ。だから守ってくれよ?」
「わかったから、早くトーカの横行って」
〇〇〇
この群島、島と島の間隔が近すぎて、海が水路みたいになってる。
海流もとんでもなく複雑で、流れが早かったり渦潮が起こってたり。
小さな木の舟だったら簡単に沈みそうだ。
ラマンさんの案内で、私たちはこの迷路みたいな海を巫女様のいる島を目指して進んでいく。
「次を右に曲がってくれ。そうしたら目的地が見えるはず」
「右だな、ラジャー」
トーカの意志で自由に動くこのボート。
海流をものともせず突き進んで、ナビ通りに右折。
「お、見えたぞ。アレだ、あの島。洞窟の中にお社があって、巫女様はそこにいるんだ」
ラマンさんが指さす先に、小さな島が見えた。
白くてせまい砂浜に桟橋が作られていて、そこからすぐに洞窟が口を開けている。
洞窟の両脇に篝火が焚かれてて、なんだか神聖な雰囲気だ。
でも……、
「……ねえ、ラマンさん。あそこ、誰かいない?」
篝火のわき、魚人の見張りが洞窟の前に二人ほど立ってるのが見えるぞ?
「ん? ……うぉっ! お前ら、見つかる前に隠れろ!」
私の指摘で気づいたラマンさんが、さっと寝そべって身を隠した。
トーカもすぐにモーターボートの動力をゆるめて、音を立てないようにする。
それから三人で寝そべって、こそこそ緊急作戦会議がスタート。
「ねえ、見張りがいるなんて聞いてないんだけど、どういうこと……?」
「おいらだって、いるとか思わなかったさ! あいつら、おいらの兄弟子たちだ。たぶん巫女様が立たせてんだと思うけどよ、魚人らしい頭の固い連中なんだよな……」
「ラマンさんなら顔パスで入れるんじゃないか?」
「ラマンさん一人が入れても、私たちがベアトを連れて入れなくちゃ意味ないし……。あ、そうだ」
いいこと思いついた。
ラマンさんだけ警戒されないなら、ソイツを利用させてもらおう。
「おい、あの船はなんだ?」
「見慣れない船だが……」
オールをこいで、ラマンさんが島の桟橋へ船を乗り付ける。
私とトーカは黒いローブを身に着けて船の床にふせ、敷き物と同化中。
「よっ、おいらだよ。巫女様いる?」
船から降りて見張りたちに近寄っていき、きさくに声をかけるラマンさん。
弟子っていう身分をとことん発揮してもらおう。
「……ラマンか、警戒して損したな」
「損しないでくれよー。で、巫女様いる?」
「新たに弟子を取られてな。過酷な医術の修行をつけておられる」
「おー、そうかー。……会える?」
「会えぬ。その弟子というのが少々特殊でな。こうして人払いをされておられるのだ」
「そんなー。おいらだって弟子だぜ? 会わせてくれよ、なーなー」
門番の一人の肩をゆすって、その拍子にラマンさんのポケットからポロリと筒が落ちた。
もちろんワザと。
ここまでが作戦通りだ。
「あ」
筒が地面に落ちて、次の瞬間、
カッ!!
強烈な光を放つ。
魚人印の閃光弾。
前にソーマに襲われた時も、ベアトたちがアレで助けてもらってた。
今回も役に立ってくれたよ。
「お、おま、何してる!」
「ご、ごめんってば!」
「クソ、目がくらむ……!」
門番さん二人が目つぶしされてる間に、私とトーカは音もなく船を飛び出す。
ベアトを抱えたまま三人の間を素早くすり抜け、洞窟へと駆け込んだ。
(よし、作戦成功!)
ラマンさん、ありがとう。
門番さんたちに怒られてるあの人に心の中でお礼を言いつつ、社を目指して突っ走る。
待っててベアト、あと少しで助かるから……!