27 樹海の罠
昼間でも不気味な、ハルプの大樹海。
怪しい鳴き声が聞こえる森の中、ジョアナを先頭にして私たちは進む。
足元は泥だらけ、溶けた雪でドロドロになってて歩きづらい。
「か、街道よりもますます怖いです……」
「ごめんね、連れてきちゃって」
メロちゃんは危険なことに巻き込みたくなかったけど、あの場所に一人で置いてくのはもっと危険だ。
私たちと一緒にいる方が、まだ安全だと思う。
「い、いえ……、あたいだってですね、魔法は使えるんですから! いざとなったら戦えますです!」
あぁ、そういえばこの子魔法使いだったっけ。
魔法か……、私の【沸騰】も魔法の分類みたいだけど。
「ね、魔法ってさ、例えば炎を出したあと、形を変えたり投げつけたりできるよね。あれってどうやってるの?」
「どう、と言われましても、そういうものだとしか言えないんですね、これが」
あ、この子あんまり詳しくない感じかな?
まだ子供だしね、仕方ないか。
「今、失礼なこと考えてませんでした?」
「そ、そんなことないよ?」
「ウソですね。なんか悔しいですし、きちんと説明しますですよ」
意外と鋭いね、この子。
あっさりと見破られたよ。
「まずですね、魔力で炎を出しますでしょう?」
「うんうん」
「その炎には自分の魔力がたっぷりですから、思いのままに操れるんです。ですけど、どうして操れるのか、その理由はさっぱり解明されてないんですよ」
「そうなんだ。よくわかんないもの使ってるのか」
「よくわかんないけど、みんなが当たり前に操ってるからなんとなく操れるんですよ。一説には、可能だと思ったことが全部できるようになってる、それが魔法だなんて言われてますですね。まあ、炎や土を発生させること自体は、術式とか色々、小難しい理論が必要なんですけど」
つまり、だ。
動かせる理由は本当によくわかってない、と。
……出来ると思えば出来る、これって私の【沸騰】にも当てはまるのかな。
だとしたら——。
「二人とも、止まって」
おっと、ジョアナの停止命令。
メロちゃん共々足を止める。
「見て、この茂みから向こうまで、見えないくらいに細い糸が通ってる」
「これ、罠?」
ジョアナが頷きながら指ではじくと、
ヒュバババッ、ストストストッ!
矢が三本飛んできて、一歩先の木の幹に突き刺さった。
「原始的なトラップだけど、当たったら死ぬから気を付けましょう」
青ざめながら何度もうなずくメロちゃん、大丈夫かな。
やっぱり心配だ。
その後も、木の槍が仕込まれた落とし穴や岩が転がってくる罠を切り抜けて、奥へ奥へと進む。
泥についた足跡が道しるべみたいになって、どんどん奥へ。
これ、明らかにさそってるね。
「奴ら、何をしかけてくるつもりだろ」
「さあ? ロクでもないことなのは確かでしょうけど」
同感だ。
けど、どんな罠が待ってても全部踏み潰して、リキーノをブチ殺す。
ベアトを絶対に助け出す。
あの子に手を出したこと、後悔させてやる。
もうどのくらい進んだかな。
私たちはとうとう、樹海の中に建物を発見した。
その辺の木で作ったんだろうなって感じの、ボロい木造の家だ。
「……あれかな」
「みたいね。さて、どう出ようかしら」
茂みに隠れて、様子をうかがう。
ここまで罠だけ、雑魚の襲撃は一度もなし。
生き残った全員が、あの中にひそんで待ちかまえているはずだ。
「メロちゃん、魔法、何ができるの?」
「得意なのは土魔法です。でっかい岩をぶつけたりとかできますですよ」
「よし、あのボロ屋にぶつけ……るのはダメか。ベアトまでつぶれちゃう」
「殺意先行しすぎよ、もう少し冷静に。敵はベアトちゃんに危害を加えたりしないわ、きっと」
確かにね、アイツらは私を殺すよりもベアトの確保を優先した。
よくわかんないけど、さぞ大事なんだろう。
「……小さい石、魔法で作って飛ばせる? ちょっと窓叩き割ってほしいんだ」
見た感じ、窓の辺りに気配はない。
あそこから石が飛び込んでも、ベアトには当たらないはず。
敵にも当たらないけど。
「襲撃だと思って、飛び出してくるかも」
「了解です! むぬぬ……っ」
メロちゃんが念じると、小石がどこからともなく大量に、この子の周りに浮かび上がった。
今さ、無から生み出されたよね、絶対。
魔法ってすごい。
「ロックラッシュ……!」
小声で叫ぶと、石が猛スピードで窓めがけて殺到。
ガラスを割り砕いて、反対側の壁まで届いて、向こう側まで貫通していった。
これ、人間に向けたら体がハチの巣になるね。
意外と頼れるのかも、メロちゃん。
「……ふう、どっすか」
「どう、と言っても、なにも起こらないね」
びっくりするほど、なにも起きない。
誰かが飛び出してくるわけでもなく、窓からチラッと影が見えるでもなく。
足音すらも聞こえない。
「これはさすがに不自然ね。もしかして……」
考えられる可能性は、あの中に誰もいないってことかな。
ベアトは別のところに連れてかれてて、私たちはまんまと見当違いのところに誘導されたとか。
だとしたらかなりまずい。
「……行ってみよう」
三人でうなずき合って、ゆっくりと近づいていく。
ボロ屋の窓まで辿りついて、中を覗いてみる。
誰もいない。
やっぱり、見失った?
ガサガサガサっ!!
「よぉこそ、俺のアジトへ! 歓迎するぜぇ?」
あ、良かった、見失ったわけじゃなかった。
周りの茂みにひそんでて、小屋に近付いたところを囲む作戦か。
また囲んでくるとか、芸がないな。
十人くらいのザコがじりじりとこちらに向かってきて、その包囲の向こう側にリキーノがいる。
「……っ! ……っ!!」
そしてベアトも、リキーノに捕まってる。
……よし、あの距離ならベアトは安全だ。
「メロちゃん、人は殺せる?」
「えっ? ……えっ?」
「ごめん、やっぱ無理だよね。忘れて」
だよね、メロちゃんを戦力に計算するのはダメだよね。
十歳の女の子に人殺しはさせたくないし。
「ジョアナ、メロちゃんを連れて小屋の中へ。ここは私に任せて」
「ちょ、あなたまた頭に血が上って——」
「冷静だから、大丈夫」
「……はぁ、わかったわよ。何か考えがあるのね」
そう、考えならあるよ。
そこにいられると巻き込んじゃうかもってだけ。
二人が小屋の中に飛び込むのを確認すると、地面に手をつく。
この森、木が密集しすぎてて全然日が当たらないから、地面が乾かないみたい。
ここに来る間も、溶けた雪で地面が泥になって歩きづらかった。
水をたっぷり含んでるんだ。
(……魔法は、できると思うことが大事)
できて当然、理屈は関係ない。
メロちゃんから教えてもらったことを思い出して、地面に魔力を送り込む。
その場では沸騰させず、泥の水分に魔力を伝わらせて、私に近付いてきてる十二人のザコ共の足下を、ピンポイントで一気に沸騰させる。
「遠隔破砕」
ボンっ!!
地面が爆発して、あっつあつの泥が地面の石と一緒に飛び散った。
やった、ぶっつけ本番だけど成功だ。
「ぎゃああぁぁぁぁっ!!」
「なんだこれっ、いてぇっ、あちいいぃぃっ!!」
泥はべったりとくっつくからね、払い落とそうとしても広がるだけ。
そして【沸騰】も止まらない。
石もすごい勢いで飛び出して、さっきのメロちゃんの魔法みたいに敵を襲う。
煮えたぎる泥を全身に浴びて、倒れ込み悶える男たち。
中には大きめの石が体を貫通して、もう死んでるやつもいる。
あとは全速力で駆け抜けて、
「あぴっ!」
「びぎゃっ!!」
頭にタッチしていけば、あっという間に脳みそ撒き散らして全員死んでくれた。
「な、なんだと……! こんな、バカな……っ!」
「さぁて、残るはあんた一人だけ」
「ふざけんな……、勇者のガキのギフトは、クズ能力じゃなかったのか……っ!?」
あぁ、コイツも私を甘く見たわけか。
それで全滅して自分も死ぬんだから。
ホント、マヌケだよね。