269 里一番の腕の医者
「そうかぁ、聖女のお嬢ちゃんが倒れちまったと……」
「だから来たんだ。もう、魚人の技術に頼るしかないって」
魔導機竜が着陸した丘への道を戻りながら、ラマンさんに事情を説明する。
あそこまで排他的な場所じゃあ、もう頼れるのはこの人だけだ。
「ホント、偶然ラマンさんに会えてよかったよ。強行手段も考えてたトコだからさ……」
「いや怖いな! やめろよ物騒なことは!」
「まあ、さすがに冗談」
「やりかねない冗談はやめろ?」
そんなに見境ないように見えるかな、私。
「あとな、偶然来たってわけじゃないぞ。朝の散歩してたら、ガーゴイルみたいなのが飛んでるのを見てな。お前らが来たんじゃないかって思って、里の外まで見に行く途中だったんだ」
「なるほどね」
空から街が見えたなら、街からもこっちが見えてたってことだ。
ラマンさんに見られててもおかしくないか。
「……にしては、ドワーフのあの子が見当たらないな。どっかに隠れてんの?」
「隠れてはいないかな。ほら、見えた」
坂を登り切って丘に出る。
そこに眠っている巨大な機竜を見た瞬間、ラマンさんはギョっとした。
「うぉっ! な、なんか前見たガーゴイルと違う……っ!?」
「ちょっとパワーアップしてね。王都からここまで一晩で来れたよ。あとトーカはあの中で寝てる」
「中、入れるのか……。てか一晩て」
機内にもどると、トーカはまだ寝たまんま。
とりあえず放っておいて、即席ベッドにベアトを寝かしなおす。
さて、ここからが本題だ。
「ラマンさん。ベアトはね、エンピレオとかなり深くつながっちゃったみたいなんだ。強烈な魔力が全身を蝕んでる。どうにかして助けたい」
「つってもな。診察しなくてもわかるぞ、こいつぁおいらにも手に負えねぇや」
「うん、ラマンさん半人前なんでしょ? 悪いけど最初から期待してないよ」
「おま……っ! ひどいこと言うな。ホントのことだけど」
そう、死にそうなキズすら一瞬で治せるデタラメな傷薬を作れるラマンさんですら、魚人の医師の中では半人前なんだ。
だったら、きっと……。
「単刀直入に聞くね。この国で一番腕のいい医者にベアトを診てもらいたい。そのために力を貸して」
一番の医師なら、どんな病やケガだって治せるんじゃないか?
ベアトを苦しめる根源はエンピレオ。
この手で奴を殺さないかぎり、ベアトが完治することはないけど、延命くらいならきっと可能なはず。
ノプトやトゥーリアが属する組織、ケニー爺さんの残した情報。
エンピレオへの道筋がかすかに見えた今、私がヤツを倒すまでの時間、ベアトの命を持たせるくらいなら。
「一番の腕とくれば、そいつぁもちろん巫女様だろうな」
「巫女様?」
そういえば、門番の人たちも言ってたな。
巫女様の弟子でなければ、ラマンさんをサメのエサにしてやるとかなんとか。
「その人、もしかして偉い人?」
「偉いぞ〜。里の運営を任された七長老は頭の固い奴らだが、巫女様は違う。『海神の宝珠』を守護される神聖なお方にして、天使のような清き心をお持ちになられた聡明にして博愛に満ちた——」
なんか聞きなれない単語がワッと出てきた。
あとラマンさん、鼻の下のびてる。
こりゃ、その巫女様とやらに惚れてるな。
「長い。わかりやすく」
「おっと、すまんすまん。まず里の政治判断を下している、この国のトップが七長老。古い観念にとらわれた七人の老害どもさ。外と関わりを断つなんて時代遅れの掟を、今でも頑なに守ってやがる」
「……よその種族の掟に口出しする気はないけどさ。ラマンさんはその掟、嫌いなんだね」
「嫌いなんてもんじゃない、大っ嫌いさ! 狭い里にこもってないで、みんなもっと外の世界に出て見聞を広めるべきだとおいらは思うね!」
ラマンさん、外の世界に出たせいで変な奴らに捕まって、奇声を上げる肉塊にされかけたけどね。
まあ、そのおかげでリーダーたちと出会えたんだから、きっとこの人後悔してないんだろう。
「で、政治を行う七長老とは別に、二千年前から里に伝わる宝『海神の宝珠』を護る役目をになっているのが巫女様ってわけさ」
「二千年、前……」
今の私にとってかなり気になるワードが出てきて、思わず小声でつぶやいてしまった。
ここでツッコんでも、ラマンさんなんにも知らないだろうけど。
「そうさな……、パラディで例えるなら聖女リーチェってとこだ」
「……嫌な例えだね。一気にうさんくさくなった」
「ちょっ……! たしかにマズった! そっちの嬢ちゃんみたいな清い心の持ち主だぞ!? 外の世界を見に行くっておいらの夢も応援してくれたしな。それにとってもお美しい……」
魚人の美的感覚なんて知らないけど、魚人の女の人ってどんな感じなんだろう。
魚の頭にムキムキの体がついたラマンさんを見てると、ホントに美しいのか疑問に思っちゃうな……。
「医療技術も、間違いなくのトップだ。死んでさえいなければ、種族年齢性別問わずどんな状態でも治療できるだろうな」
「わかった。その人に会わせて」
「き、気軽に言ってくれるなぁ……」
気軽に言ってないよ。
それだけ必死でなりふりかまってられないだけ。
「ラマンさん、その人の弟子なんでしょ? 私たちが街に入るのムリならさ、ここまで連れてくるとか、どこかで落ち合うとか、そんな感じで話をつけてほしい」
「任せとけ、と言いたいところだが……。正直さぁ、ここに帰ってきてからおいら、巫女様に会えてないんだよ」
「……どういうこと? 破門?」
「されてねぇし! ……たぶん!」
多分なんだ。
そこはもっと自信持とうよ。
「聞いたところによると、新たな弟子をとったらしくてな。沖合にある島にこもって、稽古をつけてるらしいんだ」
「島……?」
「見えるだろ? 沖合にあるあの群島さ」
機内のマドから見える、沖合の島々をラマンさんが指さした。
たしかにたくさん島が浮かんでいるな、ちょっと気味が悪いくらいにたっくさん。
「大小合わせて百八つの島。あの中のどれかの島に『海神の宝珠』が収められている社があって、弟子はそこで修行をつけてもらうんだ。ただし、どの島がそうなのかは一般には知らされていない。超極秘事項ってわけさ」
「なるほどね。弟子しか知らないってことは……」
「そういうこと。弟子のおいらなら、どの島かバッチリわかるのさ。案内させてくれ」
「ありがと、本当に助かったよ。さて、あとは島に行く方法だけど……」
「当然、そいつぁアタシの仕事だろ?」
声がしたのは後ろの方から。
振り向けば、トーカが自分の顔を親指で指してる。
今まで大の字になってぶっ倒れていたけど、復活したんだ。
「トーカ、魔力はもう大丈夫なの?」
「平気平気。まだ戦ったり、このくらいの魔導機竜を作れたりはしないけどな。小型のボートを出すくらいなら余裕だぞ」
「ボートで行くの?」
「ヒミツの島なら、目立っちゃマズイだろ」
たしかに。
魔導機竜って大きいし、飛んでるとそれなりに目立つな。
「……よし。ならすぐ行こう、今すぐに。ラマンさんももちろんついてきてね」
「お、おう……。相変わらずそのお嬢ちゃんのことになると目の色変わるな……」