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266 地の底の狂信者たち




「さあ、どういうつもりか説明してもらおうかしら」


 勇者キリエの追撃を逃れ、地下深くの拠点へと瞬間移動したノプトは、まず何よりもセリアを問い詰めることを優先した。


「どういうつもりって。あはっ、さっきも言った通りだよ。聞いてたんでしょ? 騎士道の表れだって」


「はぁ、騎士道。便利な言葉だこと」


 ここまで存在をひた隠しにし続け、行動に移すその時まで勇者に悟られないよう立ちまわってきた彼女らにとって、セリアの与えた情報はごくわずかでも致命的。

 勇者に存在を知られてしまったことが、何よりもまずい。

 もとより信用などしていなかったが、ノプトのセリアに対する不信感は排除を考えるほどに高まっていた。


「つまり、私の手から赤い剣を奪って勇者に与えたのも、騎士道の表れだったと?」


「それは違うかなー。だってあの状況だよ、さすがのアタシもヤバいと思うじゃん? だから必死にロックをこじ開けて、なんとか『ジブンちゃん』と一瞬だけ交代できたわけ」


「宿主の命の危機を感じたために仕方なく、と言うのね」


 セリアの言い分は、ノプトにとってまったく信じるに値しないものだった。

 そもそも彼女は、『お姉さま』以外のすべてを信用していない。

 この世の全てが『お姉さま』の目的を達成するための道具でしかないのだから。

 自分自身も例外ではなく。


「そそ、話が早いね」


 相づちを打ちながら、セリアはトゥーリアの頭を軽くなでる。


「あの時は助かったよ。緩めにロックしておいてくれたから出ていけたんだ。もう少しキツかったらムリだったかも」


「お、お役に立てたのならうれしいの……」


 にこやかに感謝を告げつつも、セリアはこのトゥーリアに嫌悪感を抱いていた。

 自分へむける狂信的な思いもさることながら、勇者へのウソを真実だと思い込ませるために調査隊にふんした奴隷を嬉々としてサルのエサにしていく様を思い出せば無理もない。

 その凶行を黙って見過ごしたかつての自分にも、どうしようもないほどの嫌悪を感じる。

 『統合』さえしなければ、もっと楽でいられたのだろうか。


「……まあいいわ。一応は不問としておきましょう。ただし、戻った以上は存分に働いてもらうわよ」


「わかってるって。二千年もちっぽけな玉の中に閉じ込められてたのを救ってもらったんだ。その分の恩は、騎士の誇りに誓って返すつもりさ」


「期待しているわ。我ら『獅子神忠ピレオ・フィデーリス』の貴重な戦力として、ね……」


 二人の会話の中に、信頼や仲間意識などは欠片も存在していない。

 あるのは打算、牽制、警戒のみ。


「トゥーリア、研究施設の様子を見てきなさい。私は彼女と話があるから」


「はぁい……。私もセリア様と話したいのに……」


 とぼとぼとその場を立ち去るトゥーリア。

 セリアの暴走を止めるため、ノプトは本来いるべき場所から抜け出してきてしまっていた。

 重要な局面にある研究のさなか、責任者不在では不都合が生じる。

 また、セリアの肩を持つ彼女がいては、色々と問い詰めづらいという理由もあった。


「戦力といえば、さっきトゥーリアに聞いた不死の兵士たちはどんな感じ? それと、アタシの顔見知りはお目覚めかな?」


「不死者軍の編成は順調よ。各地からかき集めた人間に、神の細胞片を直接注入して生み出した不死の軍団。いざ事が起これば、主戦力として活躍してくれるわ。情報が割れてしまった以上、増員のペースは落ちるでしょうけど。——誰かさんのせいで、ね」


 あからさまに殺気を放ちながら、セリアをにらみつける。

 全身を刺しつらぬくような威圧感にも、古の女勇者はまったく動じない。


「怖いなぁ、その目。仲間にむける目じゃないよ?」


「……それと、あなたの顔見知りの方だけど、移植は無事に成功したわ。あとは目を覚ます時を待つばかり」


「ソイツはなにより。アタシでの経験が活きたのかな?」


「そうね。長い実験と研究の結果、勇贈玉ギフトスフィアから勇者を蘇生させるにはある条件が必要だとわかった。それでも、蘇生できたのはあなただけ。だからあなたのおかげってことになるのかしら」


 勇者の蘇生に必要なものは、勇者と直接血縁関係にある者の肉体だと思われていた。

 しかし、勇者の親類に勇贈玉ギフトスフィアの力を注入しても、出来上がるのは自我を失った肉塊のみ。

 さらなる条件が必要だと判明したのは、今からわずか五年前のことだった。


「血縁だけではなく、同じ性別、死亡時と同じ年ごろ、生まれ持った力が魔力か練氣レンキか。さらには人柄や魂の在り方なんてわけのわからないものまで同じじゃないといけないなんて」


「偶然、『ジブン』が適合者だったんだよね」


 教団としても、念願の大発見。

 すぐに詳細な研究データの提出が求められたが、研究成果が教団の手に渡る前にロッカの村は魔物の襲撃によって滅び、データも失われた。


「かわいそうなクイナちゃん。事故に見せかけて殺されて、村も全滅。そして体はこの通り、遠いご先祖様に乗っ取られちゃいましたとさ。……あの子の魂、あの世で泣いてるだろうね」


「感謝なさい。彼女の犠牲で、あなたは今ここに存在していられるのだから」


「もちろん、感謝はしてるさ。……ねえ、ところで村の襲撃だけどさ。たまたまにしてはタイミングが良すぎるよね。結果も、あなたたちに都合が良すぎるよね」


「あら? おかしなこと。聞かずともわかっているのでしょう?」


「……あんたらの差し金だと。悪どいねぇ、あぁ悪どい」


 セリアが心の底からむける嫌悪のまなざしを、ノプトは鼻で笑い飛ばす。


「なんとでも言いなさい。私たちに手を貸している時点で、あなたも同類なのだから」


「はっ、違いない。伝説の勇者様も落ちたもんさ」


 二人の間に、ピリピリと張りつめた空気が流れる。

 少しでも攻撃の予兆を感じれば、すぐにでも互いの首を落とす。

 そんな緊張感に満ちた空間に、


「た、たいへんなの……! 開祖様が、開祖様が……!」


 駆け込んできたトゥーリアの焦燥しょうそうした声が響いた。




 エンピレオ教団は、元々エンピレオを倒すために初代勇者が組織した集団である。

 長い時の流れの中で元の目的は形骸化けいがいかしてしまったが、誕生した当初はエンピレオ討伐の使命に燃えていた。


 そんな中で、絶大な力を持つエンピレオを神とあがめる者たちも確かに存在していた。

 『獅子神忠ピレオ・フィデーリス』とは、教団の中にあってエンピレオを狂信する者たちがひそかに作り上げた組織である。

 彼らの意思は二千年間、パラディの闇の中で脈々と受け継がれていた。


 そして、この狂信集団を組織した人物こそが、


「……長い、長い眠りだったよ。本当に長かった。あぁ……、でも……っ、ついに……っっ、この時が来たんだね……っっっ!!」


 二代目勇者、ゼーロット。

 遠い子孫の肉体に魂を宿し、彼は現世に蘇った。

 二千年前の悲願を果たすために。


「開祖様……。よくぞ、お目覚めになられました」


 ノプトが、トゥーリアが、彼の前にひざまずく。

 一方、セリアは一歩引いたところから、の狂信者を冷めた目で見守っていた。


「……ふーん。本当に、あの人が子孫だったんスか」


 かつてユピテルのものだった肉体を、当然のように我が物顔で使うゼーロット。

 肉体はクイナの顔見知り、中身はセリアの顔見知り。

 彼の様子に覚える嫌悪感も二倍だった。


(……いや、ジブンも似たような存在ッスか)


 自分の現状を棚に上げて何を、と思わず自嘲じちょうしてしまう。


「それで……? 今、ボクの組織を束ねているのは誰なんだい?」


「お姉さ——いえ、ジョアナという神託者です。しかし、彼女は今動けず——」


「心配ないわ、ノプト。お姉さんはほらこの通り」


 聞こえるはずのない声に、ノプトは下げていた顔を上げる。

 風とともに現れたのは、かつてとなんら変わらないお姉さまの姿。

 ありえないはずの光景に、彼女は言葉を失った。


「ほっほう、君が……。いや、よくボクを蘇らせてくれたね。……その様子だと、その時も近いようだ」


「ええ。我らが神が地上に降臨する日は、もう間もなくです」


「そうか……。あぁ、そうか……っ。楽しみだよ、地上のすべてが神と一体になり、みんなが幸せになるその時が……つっっ!!」


 天を仰いだゼーロットが、両手で頭を押さえて苦し気にうずくまる。


「……はぁ、はぁっ! 出ていけ、私の体から……っ!! ……ふぅ~。同居人がいるというのは中々不便だね」


「申し訳ありません、開祖様。魂の在り方が異なっていたために、ユピテルの魂を同時に宿さねば定着させられず、不安定な形での蘇生となってしまいました……」


「まあ、いいさ。みんなが幸せになるためだもの。このくらいの苦労はしなくちゃね?」




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― 新着の感想 ―
[良い点] うわあ…流石はラスボス前のボスラッシュ集団だけあって、どいつもこいつも今までのゲスどもを遥かに上回る最悪の集団ですね…てか、ジョアナさんってもしかしてこの中だと、取り繕えるだけマシなんじゃ…
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