263 地中の追跡
「キリエ、助け……っ」
「クイナ!」
気づいた時にはもうおそかった。
クイナは一瞬で土のカベに飲み込まれて、その場から姿を消した。
まるで水の中に引きずり込まれたみたいに。
「くそ……っ!」
「……っ!」
一体誰がとか、どうしてクイナが、なんて考えてるヒマはない。
次はベアトが引きずり込まれるかもしれないんだから。
ベアトの小さな体を抱き寄せて、溶岩ボールであたりを照らしながら警戒する。
……だけど、いくら待ってもそれ以上は何も起こらなかった。
ただただ静かな地下フロアに、私とベアトの息づかいだけが聞こえる。
「今の、いったい……」
クイナを引き込んだヤツは、もう近くにはいないみたいだ。
狙いはクイナだけだったってことか……?
このままクイナを追いかけたい、それが今の私の正直な気持ち。
でも、それと同じくらいベアトのことが心配だ。
追いかけた先で戦いになったら、こんな狭いところじゃベアトを巻き込んじゃうかもしれない。
そうでなくても、近ごろ体調が悪そうなのに。
「…………」
クイナを取るか、ベアトの安全を取るか。
そんなの、決まってる。
「……ベアト、いったん城に戻ろう」
この子を送って、それからクイナを探そう。
どんな時でも、この子を一番に考えるって決めたんだ。
「……っ!!」
ところが私の決断に、ベアトは首をブンブン横にふる。
『このままおいかけましょう。クイナさんがしんぱいです!』
「もちろん、私も心配だよ……。でも——」
『わたし、ディバイさんみたいにまりょくたんちできます。さらったひとのまりょくをおいかけられます』
「だ、ダメだよそんなの!」
埋まったジョアナを探すとき、自分でやったからわかる。
アレ、相当な集中力と魔力が必要なんだ。
今のベアトにそんなことさせたら——。
『わたしのために、たすけられるひとをたすけられないなんて、そんなのいやです! くるしいよりももっといやです!』
「ベアト……」
『それにキリエさん、もどるっていったとき、こえがふるえてました。ほんとうはたすけにいきたいんですよね?』
……しまった、声に出ちゃってたか。
でもきっと、そうでなくてもベアトは助けに行くって言ったと思う。
底抜けに優しくて、他人のために行動できるのがベアトだもん。
そういうところに私は救われたし、そういうところを好きになったんだ。
「……わかった、追えるならお願い。ただし、少しでも具合が悪くなったらすぐにやめてね」
「……っ!」
ベアトによると、クイナをさらったヤツは地中をゆっくりと移動しているみたい。
反応を追いかけて、まずは元会議室へ。
溶岩ボールが照らし出した室内は、かつての姿とはまるで違って見えた。
長机や家具が運び出されてるし、何よりも戸棚があったはずの場所に、地下通路への入り口がぽっかりと口を開けている。
ギリウスさんが使ったっていう、もしもの時のためにリーダーたちが作っておいた抜け道だ。
それだけなら、私の知識の通りなんだけど……。
「……見て、これ。何度も踏み荒らされた跡がある」
部屋と抜け道の境目、柔らかくなった土の上に足跡がたっぷり。
街で出てるっていう行方不明者と、なにか関係があるのかも。
「ベアト、気をつけて行こう」
「……っ」
ここからは、より慎重に。
右手でベアトの手をにぎって、私たちは秘密の抜け道へと足を踏み入れた。
この抜け穴は、リーダーの店から王都の東にある森の中までつながった一本道。
クイナをさらった犯人は今、この抜け道にそって土の中を移動しているらしい。
『とまりました』
さっきからベアトは、すすみました羊皮紙ととまりました羊皮紙を交互にかかげている。
たぶん、クイナに息継ぎをさせているんだと思う。
土魔法か、何かのギフトか知らないけど、地中じゃ術者はともかくクイナが窒息しちゃうから。
「……ベアト、まだ止まってる?」
「……っ」
『とまりました』を上げたままのベアト。
ずいぶん長い休憩だ、もしかしてクイナが意識を取り戻したのかも。
「よし、一気に距離を縮めよう」
少しだけ早足で、足跡がうっすらとついた通路を進む。
ベアトの負担にならないように、可能な限りの速さで歩いて歩いて、とある場所まで来た時。
「……っ!」
クイっと、ベアトに手を引かれた。
もちろんすぐに足を止める。
「どうかした? もしかして具合悪い?」
「……っ」
ふるふる首を横にふってから、羽ペンをスラスラ。
『はんにんがやすんでいるばしょ、そっちじゃありません』
そんなことが書かれた羊皮紙を見せながら、ベアトが指さしたのは土のカベ。
ここまで分かれ道なんてなかったのに。
この先の一本道にクイナはいないって、そういうこと……?
「……このカベ、何かあるのかな」
もしかして、と思ってカベをかるーく叩いてみる。
すると、コンコン、とまるでトビラをノックしたみたいな軽い音がひびいた。
足元を照らしてみれば、うっすら残った足跡がカベの前で忽然と途切れている。
間違いない、このカベは誰かが作った隠しトビラ。
そのむこうは空洞になっているんだ。
「助かったよ。私一人じゃ、ここで見失ってたと思う」
ベアトの魔力探知のおかげだね。
さて、開けるための仕掛けがどこかにあるはずだけど、のんびり探してるヒマなんて……。
「ねえ、ベアト。魔力反応はまだ遠い?」
「……っ!」
コクリと肯定。
よし、だったら話は簡単だ。
「少し離れてて」
「……っ」
ベアトを下がらせてから、カベに手をついて魔力を注入。
土カベに偽装されたトビラを沸騰させて、薄いマグマの板に変える。
「あとはこうすれば……」
最後に沸騰の魔力を解除してから軽く押してやれば、黒く固まった板がゆっくり倒れて砕け散り、隠し通路が姿を現した。
「よし。ベアト、行くよ」
「……っ!」
うなずいたベアトは、まだ『とまりました』の紙をかかげたまま。
急げば追いつけるはずだ。
抜け道の途中に作られた通路だなんて、あからさまに怪しいよね。
よからぬことを考える連中がこっそり作ったに違いない。
ベアトの手をギュッとにぎって、時々様子を確認しながら進んでいく。
やがて、曲がり角から漏れる光が目に入った。
「……っ」
ベアトも私のそでを引っ張って、小さくうなずく。
間違いない、クイナをさらったヤツはすぐそこだ。
見つからないように溶岩ボールの沸騰を解除して明かりを消し、角からそっとのぞき込む。
「……いた」
そこにいたのはクイナともう一人、金髪の長い髪をした女騎士。
少なくとも私は初めて見る顔だった。
女騎士の手には光る石がにぎられてる。
アレをランタン代わりにしてるみたいだ。
二人で何かを話してて、今のところ動く様子はナシ。
ここでベアトを待たせておいて、奇襲をしかけるのが得策かな……。
「よし……、ベアト、ここで待ってて——」
「いるんだよね? 隠れてもムダだよ、勇者さん」
……っ、バレてる……!
「出てきなよ。大丈夫、そっちから襲ってこない限りは、戦り合うつもりないからさ」
……やむを得ないか。
どうせバレてるなら隠れてもムダだし、いさぎよく姿を見せてやる。
それにしてもこの声、妙にクイナに似ているような……?
「尾けられちゃってたの……。セリア様、ごめんなさいなの……」
「気にしなさんな。アタシとしても、勇者さんには話があるし」
……いや、ちがう。
似てるんじゃない。
これはクイナの声だ。
だって、もう一人の声はクイナと全然ちがうんだもん。
さっきからしゃべってたのは犯人じゃなくて——。
「改めて、はじめまして……だね」
私が姿を現すと、後ろをむいていたクイナが立ち上がり、私の方へとふりむく。
いつもと同じ声、同じ顔、だけどまったく違う口調で、彼女はトレードマークのメガネを外した。