262 ここにはなにもない
劇場を出た私たちは、南の大通りに面したカフェで一休みすることにした。
聞けばベアトってば、私とクイナをお友達にしたかったみたい。
大成功でニコニコしながら、イチゴのショートケーキをもぐもぐしてる。
「……っ♪」
「ベアト、ほっぺにクリームついてるよ」
「……っ、……っ!」
口元をハンカチでぬぐってあげると、もっとニコニコになった。
正直、とってもかわいい。
「キリエとベアトさん、ホントに仲いいッスよね」
「うん、仲いいとは思う」
友達関係とはちょっと違うって、自分でも思ってるけど。
「ところでクイナ、その口調は変わんないんだ」
「クセ……みたいなものッス。父親ゆずりで小さいころからずっとこの口調だったので……」
フルーツタルトをパクパクしながら、クイナはそう答えた。
家族の行方がわからなくって記憶もなくて、きっと不安だろうな。
友達として、なんとか力になってあげたい。
「騎士様、お助けください!」
その時、となりの席で大きな声が聞こえた。
そっちを見れば、休憩中の騎士さんにおばさんが頭を下げている。
「夫が、夫がもう三日も前から帰ってこないんです!」
「帰ってこないだぁ? どうせどっかを遊び歩いてるんだろ」
「いいえ、夫はそんな人じゃありません! きっとなにか、事件に巻き込まれて——」
「わかったわかった、一応上に話は通しておく」
休憩中に直訴されたからか、うっとうしそうにあしらう騎士さん。
おばさんは感謝して去っていったけど、本当に報告するつもりあるのかな……。
「……そういえば、城を出る時にチラっと聞いたっけ。最近行方不明者が増えてるって」
お城を出るときに、兵士さんが立ち話してるのを聞いたんだ。
普通では考えられないくらい、行方がわからない人が多くなってるんだって。
妙な話だよね、魔物の異常発生といい。
「なんか、嫌な感じッスよね……」
「……っ!」
つんつん。
私とクイナの腕を、ベアトがつっついた。
それから羊皮紙をかかげて、
『もっとたのしいはなしをしましょう!』
なんて言ってくる。
まあ確かにね。
せっかく遊びにきてるんだし、こんな話はあとでいっか。
つっても、楽しい話なんて思いつかないぞ、私。
「……あのさ、他にどこか行きたいところある?」
……せいいっぱいひねり出したけど、これのどこが楽しい話なんだ。
「あるッスよ! キリエたちが王都で暮らしてたって場所、見てみたいッス!」
おっと。
失敗したと思ったら、想定外に喰いつきがよかったぞ。
「暮らしてた場所……って、あそこだよね」
「……っ」
ベアトと顔を見合わせる。
私とこの子が出会った日から、ブルトーギュを殺した日までを過ごしたあの場所。
リーダーやストラと出会ったあのお店。
そういえば、今はどうなってるんだろう……。
王都東区画。
王都に住んでる人の大半が、ここで暮らしてるんだよね。
日用品や食材をあつかうお店が多くって、私もベアトといっしょによくおつかいに行かされたっけ。
この辺りをこうして女の子の格好で歩くの、少し新鮮な気分かも。
「そろそろかな……」
見覚えのある道を歩いて、噴水広場が見えてきた。
この広場にあるのが、私とベアトが王都で暮らしていたお店。
もうずーっと来てないけど、たぶん取り壊されたりはしてないはず。
私たちがソーマに追われて逃げた時、ギリウスさんがここの隠し通路を使って物資を届けてくれたことがあったから。
「……あった、あれだよ」
広場に出てすぐ、懐かしいお店が顔を出した。
看板こそ外されてるけど、建物はそのまま。
潰されたりせずに、そのままの形で残ってる。
「あそこがリターナー武具店。私とベアトが住んでた、リーダーたちのアジトだった場所だよ」
「……っ」
ベアトも懐かしいって思ってるのかな、コクコクうなずいてる。
「おぉ、あれがお二人の原点なんですね……!」
原点、か。
言われてみれば、あそこでベアトと暮らしながら今の私が形作られたわけだ。
村を潰されて、今までの自分が死んでしまったみたいになって。
少しずつベアトに癒されながら、今の形になっていったんだよね。
「クイナ、どうしてここを見たかったの?」
「……ジブン、キリエに憧れてたッス。見ず知らずのジブンに親切にしてくれて、強くて、優しくて……」
「優しくなんかないよ。買いかぶり」
「優しいッスよ。少なくともジブンの中では」
そこまで言うなら、これ以上否定はしないけど……。
「だから、知っておきたかったんスよ。ジブンと出会う前、キリエさんがどこで過ごしてたのか、知りたかったんス」
うん、なんか照れくさいな。
ガラにもなく顔が熱くなってきた。
「あれ? 照れてるんスか?」
「照れてない。用がすんだなら帰るよ」
「あわっ、待ってください! あやまるッスから!」
照れ隠しに立ち去ろうとしたら、手をつかんで引き止められた。
ベアトは私にほっこりスマイルむけてるし……。
「せっかくだから、中も見ていきません?」
「……面白いモノなんて無いと思うよ?」
そもそも入れるのかな。
家具とか貴重品はとっくに持ち出し済みだし、カギかけとく理由もないだろうけど。
「まあ、様子を見ておくのはアリかな。物騒な話を聞いたばっかりだしね」
さっき聞いちゃった行方不明者多発の件が頭をよぎる。
そうでなくても、ここが悪いこと考える奴らの隠れ家にされてたら気分悪いよね。
お店の入り口、普通にカギが開いていた。
店内はすっかり片づけられて、ガランとしてる。
奥の居住スペースも、家具が丸ごと引き払われて、こんなに広かったかなって思った。
一通り見て回って、ちょっとだけなつかしい気持ちにはなれた。
でも、それだけ。
「ね? なんにもなかったでしょ。ここにはもうなんにもないんだよ」
「ずいぶんあっさりしてるんスね。……本当に、なんにも残してないんだ。モノも、心も」
「ここに来るよりも前にいた場所に、全部置いてきたから。そこにだって、取りに行くのは全てが終わってから。それまで立ち止まるつもりはないよ」
ベアトはちょっと違うみたいだけどね。
ちょこちょこ動き回って、あちこち見て懐かしんでる。
「……なんか、わかった気がするッス。キリエの強さの源、ジブンにもなんとなく」
「そう? ならよかった」
「うん、来てよかったッス」
こんななんにもない場所でも、クイナは何か得たものがあったみたい。
スッキリした顔してるし、来てよかった……かな。
「さ、立ち止まってるヒマはないんスよね。そろそろお城に戻りましょう!」
「そうだね。ベアト、行くよ」
「……っ!」
ちょろちょろしてたベアトを呼んで、居住スペースから店内へ。
カウンターの横を通り過ぎた時、
「——ん?」
地下室への隠しトビラが、開きっぱなしになっていることに気がついた。
たしかソーマに追われた時、ギリウスさんが私たちに物資を届けるために、地下にある隠し通路を使ったんだよね。
その時に閉め忘れたのかな、と思ったんだけど……。
「……妙だな。ここだけ妙にクツの汚れがついてる」
しめった土の上を歩き回ったあとみたいな、たくさんの足跡が階段についている。
あまり考えたくないけど、これって誰かがひんぱんに出入りしてるってことだよね。
「ま、まさか、例の人さらいが……?」
「……っ!!」
「……様子を見に行こう。二人はここで待って——ると逆に危ないか。私から絶対に離れないでね」
二人がうなずくのを確認して、まず私から階段を降りていく。
すぐ後ろに、ベアトとクイナもぴったりくっついて。
階段を降りきって地下フロアに出ると、当然ながら暗くてなんにも見えない。
ランプなんて持ってきてないから、足元の小石をひろって【沸騰】の魔力を注入。
小さなマグマのボールを作って、浮かび上がらせて照明代わりにする。
「よし、行こう。二人とも、しっかり警戒して——」
明かりを確保してふりむいた瞬間、ベアトの後ろにいたクイナの姿が消えた。
まるで水の中に引きずり込まれるように、一瞬で地面の下へと沈んだんだ。