261 友達
王都の観光か。
クイナって小さな村の出身だし、ここみたいに大きな街は珍しいんだろうな。
……でも、どうして私を誘うんだろう?
こんな不愛想でいっしょにいても面白くないヤツより、トーカとかメロちゃん誘えばいいのに。
「も、もしかして忙しかったりしたッスか?」
「いや、全然だけど……」
ケニーじいさんについては、ギリウスさんが戻ってから。
今すぐどこかにクレーターを探しに行くってこともできないし、魔物退治を手伝ってほしいとも言われてないから、なんにもやることがない状態だ。
のん気に遊んでる気分じゃないのも確かだけど。
「だったら、ぜひ一緒にお願いするッス!」
身を乗り出して、両手をギュッとにぎられた。
な、なんか今日のクイナ、グイグイくるな……。
「私なんかでいいの? 面白い話できないし、そこまで王都に詳しくないよ?」
「キリエさんがいいんス!」
そこまで言われると少し照れるんだけど……。
あと、ベアトがやきもち妬いてたりしないかちょっと心配になる。
確認のため、あの子の方にチラリと目をやると、
「……っ」
ニコニコしながらこっちを見てた。
嫉妬とかは一切ナシに、純粋に応援してる感じ。
そういえば、私がもどるまで二人でお茶してたな。
その時になにか話してたのかも。
まあ、ともかく……。
「……じゃあ、いこっか」
ここまで言われたら、もう断れないよね。
〇〇〇
クイナさんから、キリエさんともっと仲良くなりたいって相談されました。
もちろん変な意味じゃなくって、お友達になりたいってことですよ?
そうじゃなかったら私が許しません!
キリエさんはこれまで、ずっと誰かを遠ざけてきました。
長い付き合いのストラさんやメロさんたちにも、ちょっと壁を作ってる感じがします。
うぬぼれじゃなければ、私以外には心を許していないと思うんです。
そんなキリエさんに友達ができたら、私もうれしいですし、もちろんキリエさんだって嬉しいに決まってますよね。
というわけで、後押ししてみたんです。
いっしょにお出かけすれば、きっと仲良くなれます!
「ベアト、体は平気?」
「……っ」
……二人っきりだとやっぱり少し嫌だったので、ついてきてしまいました。
とにかくクイナさん、目標は友達です、がんばってください!
〇〇〇
ベアトもついてきちゃった。
本当に平気なのかな。
今日は顔色いいみたいだけど、一度ちゃんとお医者さんに診てもらった方がいいのかも。
今も意識がもどらないベルのために、優秀な人がお城にいるし。
まあともかく、ベアトに注意を払いつつクイナに王都を案内している私。
現在地は王都の南側、一番にぎわってるところだ。
「この辺はこんな感じで大きなお店、宿とか劇場が並んでる。おもに観光客やお金持ちむけかな。王都に住んでる人はあんまりこっちに来ないと思う」
「華やかッスね。まさに大都会!」
城門へと続く大通りでもあるからね。
凱旋の時は軍がここを通るわけだし、道幅が広くて建物もきれいだ。
タルトゥス軍との戦いが終わったあと、私もここでパレードしたなぁ……。
「全部が全部、こんな場所ばっかりじゃないけどね。さすがにスラムみたいなトコはないけどさ」
ブルトーギュ時代は戦争に人手が駆り出されて。
ペルネ女王に代わってからは体制の改善と見回りの強化で、ごろつきの巣になってるような場所は王都にないんだよね。
そういうヤツらは、盆地の外の森とかをねぐらにしている。
いつか殺した暗殺者のリキーノみたいに。
「お、劇場って、あの建物ッスか!」
ひときわ大きくて立派な建物を、クイナが指さした。
たしかここ、なんとかって劇団が公演してるんだったか。
それにしてもクイナ、メガネの奥の瞳がキラキラしてるな。
「もしかして、演劇に興味あるの?」
「なんて言うか、都会って感じがするじゃないッスか! それに、友達と劇を見るのに憧れてて——」
「友達?」
「あ……、こほん。と、とにかく入ってみましょうよ。ほら、今日の公演もうすぐみたいッス」
なんかごまかされた気がする。
友達、か。
本当にそう思ってくれてるなら、嬉しいかな……。
まあともかく、私も見たくないかと言えば、そんなことないし。
「……ベアトはどう?」
「……っ!」
ベアトも見たがってるみたい。
コクコクうなずいて、なぜか目をキラキラさせてる。
「……うん。席空いてたら見ていこうか」
断る理由もとくにない。
劇の最中は座ってるから、ベアトも疲れないだろうし。
入場券を買って、私たち三人はオシャレな劇場の中へと入っていった。
上演されていたのは、お姫様と身分をいつわった平民の恋物語。
戦争の中、目の前で死んだ騎士の最期の頼みを引き受けて、そっくりな自分が成り代わりお姫様を守っていくという話だ。
私はなんとなく、ベルとイーリアのことを思い出した。
あの二人とは姫と騎士の立場が逆だけどね。
そういえばイーリア、今ごろどうしてるんだろう。
劇はいよいよクライマックスみたい。
自分という存在を見失いかけながらも、平民はみごと戦争終結まで騎士を演じきってみせた。
そしてラスト、騎士はようやく偽りの仮面を脱ぎ捨てる。
『私はもう、己を偽らない! 胸を張って私の真の名を叫ぼう! そして姫様、万民の前で貴女への愛を詩おう!』
本当の自分をさらけ出して、姫君に想いを伝える騎士。
姫がその愛に答えて、舞台の幕は閉じる。
劇が終わって、カーテンコールの時間。
役者さんたちが舞台の上に並ぶ中、私の横でベアトは感動の涙を流していた。
今のラブストーリー、よっぽどツボだったのか。
私の手をギュっと握ってるし。
「……クイナはどうだった?」
「……」
「クイナ……?」
小声だから聞こえなかったのかな。
もう一度呼びかけてみると、ハッとした顔でこっちをむく。
「ご、ごめんなさい。余韻にひたってて……」
「クイナも今の舞台、面白かったんだ。ベアトはともかく、クイナまで恋愛ものが好きだったなんて少し意外かも」
「あ、そうじゃなくて。もちろんソコも良かったんスけど、……なんか騎士さんにジブンを重ねちゃって」
あの騎士に、クイナが?
なんか共通点とかあったっけ。
「……最近、よくジブンがわからなくなることがあるんス。大事なのは今のジブン、そう強く思ってても、時々不安で不安で泣き出しそうになる……」
「……」
「……キリエさん、もしジブンが本当はクイナじゃなくっても、その……、友達のままでいてくれますか?」
……正直、質問の意味はよくわからなかった。
でも、驚くほど真剣だったから。
私も真剣に答えたんだ。
「当たり前でしょ。友達だもん」
「——ありがとう、キリエ」
その時見せたクイナの笑顔は、これまでで一番輝いていて。
照れくささから逃げなくてよかったって、心からそう思えたんだ。