260 赤い星が落ちた場所
カーテン越しに射し込む朝の光がまぶしくて、目を覚ます。
目の前には、静かに寝息を立てるベアトの顔。
この子と出会ってから、もう何度この光景を目にしただろう。
……あと何度、目にすることができるんだろう。
ジョアナが生きてるってわかった昨日から、一夜が明けて。
今日はさっそく、エンピレオがいそうな大型クレーターを調べる予定だ。
こんな朝をずっとベアトと迎えるためにも、一日でも早くエンピレオを見つけて、ジョアナともう一人の人工勇者も殺して、仕上げにエンピレオを殺さなきゃ。
「……っ」
もぞっ。
寝返りをうったベアトが、静かに目を開けた。
しばらくぼんやりと私の顔を見て、それからにこっと笑う。
「……おはよう、ベアト」
「……っ」
甘えるみたいにすり寄ってきて、私のほっぺにちゅっと口づけ。
『勝利のおまじない』をもらってから、時々コレをされるんだけど、いったい何のおまじないだろう。
……おまじないじゃなくて好意の現れだなんて、都合よく考えてもいいのかな。
「……起きようか」
「……っ」
だとしても、この子の気持ちに答えられるのは全てが終わったあとなんだろうな。
なぜなら私は私が嫌いだから。
家族や村のみんなが殺されてる間、何もできなかった自分をいまだに許せないから。
私が嫌いな私をベアトに好きって言ってもらえても、きっと幸せな気持ちにはなれない。
家族の仇をとって、ベアトも救ってみせた時、その時はじめて私は私を許せるんだと思う。
だから、その時までは……。
〇〇〇
ペルネ姫の紹介で、お城の偉い学者さんに話を聞けることになった。
エンピレオの落ちた場所には大きなクレーターがあるはず。
学者さんなら、場所の見当くらいはつくんじゃないかって思ったんだ。
だけど……。
「残念ながら、デルティラード領および東部諸国に、巨大クレーターは存在しません」
メガネをかけた中年の学者さんから返ってきたのは、期待外れの答えだった。
「……本当に? 見つかってないだけじゃなくて?」
「記録から推定できる赤い星の大きさは、数百メートルといったところ。天空から落下した際、周囲に壊滅的な被害を出したことでしょう。たとえば、わが国の領土ほどの広さをたやすく焼け野原にするほどの……」
……そんなに?
たったそれだけの大きさで、想像もつかないほどの威力が出るんだ。
「ですが、赤い星が降ったあとに起きた災害として記録されているのは、破片の落下と魔物の出現のみ。赤い星そのものの落下による被害は、まったく記録されていません」
「……えっと、つまり?」
「クレーターが見当たらず、被害も出なかった。これはもはや、赤い星が地表に激突しなかったとしか考えられない」
首を横にふって、さじを投げる学者さん。
私としても、もうどうしたらいいのやら。
エンピレオの落ちた場所を知るためにクレーターを探してるってのに、落ちた時にクレーターを残さなかったなら、手の打ちようがないじゃんか。
「亜人領の西の果てなら、調査も進んでいませんから、巨大クレーターが存在する可能性はありますが……」
西の果ての亜人領か。
そんなロクに地図もない場所をアテもなくのんびり探して、見つかるのだろうか。
そもそも、亜人領にあるって確証もないのに。
「何か、何か可能性は……」
せめて、あらゆる可能性をつぶしてから探しにいきたい。
人類領の地図をじっと見つめて、必死に考える。
どこかとんでもない場所に、クレーターは——。
「……あ」
もしかして、これか。
私キリエ・ミナレット、一世一代のひらめきが舞い降りたかも。
「ねえ、学者さん。もしかしてさ、このデルティラード盆地、クレーターなんじゃ……?」
王都ディーテをぐるりとまーるく囲む山脈。
見ようによってはクレーターに見えなくもないぞ、これ。
あまりにも想像を絶する大きさだし、もしかしたら……!
「……あぁ、その話ですか。とうの昔に否定された、有名な珍説ですね」
「否定? 珍説……?」
あ、あれ?
学者さんの反応、ものすごく冷たい……。
「王都を中心として、東西南北に約八キロ。たしかにデルティラード盆地は広大です。囲む山脈も、限りなく円形に近い」
「だったら、クレーターである可能性も……」
「いいですか。まず、クレーターはすり鉢状の形をしています。斜面が丸く弧をえがき、中心に行くほど深くなっていく。一方、この盆地はその名のとおり盆地です。平らなのです」
……なんてこった。
地図で見た時はピンと来たのに。
実際の地形まで考えに入ってなかった……。
「第二に、これほどのクレーターが出来たならば、この大陸全てが消し飛ぶほどの衝撃波が発生するでしょう。が、先ほども言いましたが、そんな記録はどこにも残されていません」
「……そう、ですか」
もうぐうの音も出ない。
完全に論破されて、可能性を根こそぎ否定されてしまった。
と、なると、やっぱり西の亜人領を探すしかないのか……。
「しかし、なかなか懐かしい話でしたよ」
「懐かしい……?」
「いえ、パラディからやってきた優秀な学者が、かつてこの城におりましてな。私の師匠だった方なのですが、ある時冗談めかしてこの話を信じていると言い出しまして」
パラディから来た学者さん、か。
この人は知らないんだろうけど、あの技術にたずさわってきた人ってことだ。
なにか私の知らないエンピレオの秘密をつかんでる可能性がある。
「あの……、その学者さんは今どこに?」
その人に話が聞ければ、何かが変わるかもしれない。
エンピレオを倒すための装置だって、開発に協力してくれるかも。
期待に胸をふくらませて、その人のことを聞いてみた。
「さぁて。学者をやめてから、領内のどこかの村に移り住んだとは聞いています。名前は——たしか、ケニーと」
だけど、その名前を聞いた瞬間。
私の期待は、小さくしぼんでしまった。
〇〇〇
ケニー爺さんが、元パラディの科学者だった。
あの知恵袋っぷりも、今思えば納得だ。
レジスタンスに入っていたのはどんな理由があったんだろうか。
お城で働いていて、ブルトーギュのやりたい放題を間近で見てきたから……とかかな。
今となってはもう、推測しかできないけど。
そう、推測しかできないし、本人から話を聞くこともできない。
あの日、私の家族や親友といっしょに、ケニー爺さんも殺されてしまったのだから。
「……そういえば」
ケニー爺さんってレジスタンスのメンバーだったなら、ギリウスさんがなにか知ってるかも。
今はリーダーたちと魔物退治に行ってるから、帰ってきてから聞いてみよう。
あとはパラディに戻れば、なにか資料とか残ってたりしないかな。
なんにせよ、考えすぎて疲れちゃった。
今すぐできることは無いんだし、まずはベアトに癒されよう。
「ただいまー」
「……っ!」
「あ、おかえりなさいッス!」
「……クイナ?」
ベアトの待つ客間へ帰ってくると、ベアトといっしょにクイナがいた。
二人でテーブルにすわって、お茶菓子をいただいている。
「なにしてるの、二人で」
「……っ」
「じつは、その……。キリエさんと、それからベアトさんも誘おうと思ったんス。王都の観光、行ってみたいなって」
「観光……?」