26 キリエの怒り
翌朝、さっそく出発した私たち。
大樹海が近いだけあって、街道も森の中って感じ。
葉っぱを落とした白い木がこれでもかってくらい生えまくって、空をさえぎってる。
見上げると、まるで生き物の肋骨の中にいるみたい。
「なんだか不気味だね、魔物でも出そうな感じ」
こくこくと何度もうなずきながら、私の右腕に抱き付くベアト。
「大丈夫ですよ? ここ樹海じゃないですから、ちゃんとした街道です」
「確かに、安全なのは間違いないよね。西からくる人はみんなこの道使うわけだし、軍も輸送に使ってるわけだし」
何でもないような口調だけど、メロちゃん私の左腕にすっごい抱き付いてくる。
なんだ、この子も怖いのか。
王都に来るとき一人で通ったんだよね?
それからしばらく歩いて、別れ道にさしかかった。
南西に抜ける街道と、西へまっすぐのびる樹海への道だ。
街道の方は森の出口へ続いてて、樹海の方はどんどん細くなっていって暗い暗い森の中へ。
こりゃ、だれでも街道の方選ぶよ。
「さ、こっちよ。見たらわかるだろうけど、一応ね」
先頭を歩くジョアナ、迷わず南西の道へ。
あらかじめ決めてなくてもそうしたと思う。
私も当然、あとに続く。
両脇を女の子に抱きつかれてちょっと歩きにくい。
ガサガサっ!!
その時、茂みの中から黒い影がたくさん飛び出して、私たちの周りを取り囲んだ。
「……っ!?」
「魔物っ!?」
いや、違う。
魔物じゃなくて人間だ。
数は二十人くらい、軽装で黒ずくめ。
おとといの夜、王都で私たちを襲ったやつらだ。
なんかあの時より増えてるけど。
「ひひっ、待ち伏せ成功ってな」
部下たちの後ろでニヤニヤと笑うリキーノ。
見事に周りを取り囲まれて、私たちは絶体絶命だ。
ベアトとメロちゃんが、震えながら私にますますひっついてきた。
「さあて、皆殺しだ——いや、待て。あの小娘は……」
なんだアイツ、ジロジロとベアトを見てくる。
まさかこの子のこと知ってんのか?
だとしても、汚い目をこの子に向けんな。
「間違いねえ、苦労してとっ捕まえてカロンに献上した、あの娘だ。なるほどな、全部繋がったぜ」
カロン?
なんで今さら、その名前が出てきたんだ?
「野郎ども、あの娘は殺すんじゃねえぞ。傷一つでもつけたら目ん玉抉りだすからな!」
そっか、間違いない。
コイツ、ベアトの素性を知ってる。
コイツがベアトを捕まえて、カロンに引き渡したってことか?
とにかく、今はこのピンチを切り抜けるのが先だ。
ジョアナに、軽くアイコンタクト。
ベアトたちをチラっと見て、それから森の出口に視線を向ける。
「……ねえ、ジョアナ。ベアトとメロちゃんを守りながら二十人。いける?」
「ちょーっと厳しいかもねー。ま、頑張ってみるけど……っ!」
意図が伝わったみたい。
偽の会話のあと、短剣を抜いたジョアナが、出口の方へ目がけて突っ込んだ。
私はメロちゃんを脇にかかえて、ベアトの手を引いて後ろに続く。
全員を真正面から相手にしても、勝ち目はない。
包囲を破って逃げる、これが作戦。
「……いいぜ、行かせてやんな」
……は?
包囲を作ってたやつらが、いっせいに道を開けた。
なんのつもりだ。
何か狙っているのか。
でも、考えてる時間はない。
包囲を抜けて、森の出口へ走る。
「ただし、その娘は置いていってもらうがな」
リキーノの声が、真横で聞こえた。
もう追い付いたの?
速い、こいつ速過ぎる!
横を走りながら短剣を抜いて、ベアトの手を握る私の手首を斬り落としにきた。
「……っ!」
「ベアトっ!?」
その刃が私に届く前に、ベアトが無理やり手を振りほどく。
離れた二人の手の間を、刃が通り抜けた。
「チッ、外したか。だが……!」
「……っ!! ……っ!!」
ベアトが、リキーノに捕まった。
「お前っ! ベアトは関係ないだろ、離せッ!!」
「キリエちゃん、足を止めちゃだめっ!」
うっさい、逃げてなんていられるか。
汚い手で、ベアトの体に手を回すな!
「おお怖い怖い。おい野郎ども、あとは好きに殺っちまいな」
「コイツ……っ! ベアトを返せッ!!」
なんか雑魚共が一気に群がってきた。
邪魔だ、ベアトが連れ去られてっちゃうじゃん。
「キリエちゃん、落ち着いてってば!」
「ジョアナ、メロちゃんお願い」
脇に抱えた女の子を下ろして、ジョアナに託す。
雑魚共二十人、上等じゃん。
「全員、地獄に送ってやる」
水袋の群れの中に、一気に突っ込む。
魔力を全開にして、片っ端から触れていく。
「ぐぱっ!」
「おぼっ!」
「ぎゃひいっ!!」
「きゃぱっ!」
腹に触れた三人が内臓を撒き散らして、頬にビンタしたヤツの顔面左半分が弾け飛んだ。
仲間たちの異様な死に方に、ビビったのかな。
一瞬、敵の勢いがゆるんだ。
生まれた隙に、どんどん敵に触って、どこでもいいから体を沸騰させたり、破裂させたり。
「う、うおああぁぁぁぁっ!!」
恐怖にひきつった声で、一人の男がナイフを突き出してきた。
たった今握って沸かしたヤツの顔面をつかんだまま、盾にしてやる。
グツグツの肉にナイフが突き刺さって、熱さと痛みで絶叫しながら死んでいった。
ははっ、いい気味。
「ひ、ひぃぃっ、なんなんだよ、コイツはぁぁっ!」
「触られると、死ぬ……っ、やべえっ、やべえっ!」
なんか皆さんビビってるね。
こいつは好都合、一気に皆殺しにしてやろう。
「テメエら、ビビってんじゃねえ!」
おっと、またか。
リキーノの一声で、また混乱は収まった。
「勇者のガキがここまでやるたぁ、コイツは予想外だ。いったん退くぞ!」
退くって。
おい待てよ。
雑魚ども連れてゾロゾロと逃げてくけど。
ベアトは置いてけよ。
「待てぇッ!! 逃げんな、戦えェッ!!」
「……っ!!」
あの子もこっちに手を伸ばしてるけど、遠い。
ベアトが、遠い。
「ベアト! ベアトッ!!」
「落ち着きなさい、キリエちゃん」
ジョアナに後ろから抑えつけられた。
離せ、ベアトが連れて行かれる!
「落ち着きなさいッ!!」
「……っぐ! はぁっ、はぁっ……」
わかってるよ、もうどうにもならないことくらい。
リキーノはベアトを抱えて、生き残った部下十人くらいと一緒に、樹海への道を走って消えていった。
今から追いかけても、もう無理だ。
「ベアト……っ! くそっ!!」
顔が溶けた死体の頭を、思いっきり蹴り飛ばす。
「くそっ、くそっ、くそっ!!」
靴の裏で、何度も何度も踏みつける。
こんなことしても、怒りも情けなさも消えないけど、それでも怒りをぶつけずにはいられない。
「見失った……、ベアトが連れてかれた……!」
「落ち着きなさいって言ってるでしょ。少しは冷静になって、頭を働かせなさい」
「……どういう、こと?」
「逃げていった方向、ですよね」
ジョアナの言葉を引き継いだのはメロちゃん。
私に抱えられたのと、内臓や脳みそが飛び散る光景のショックでずっと黙ってたっぽいけど、状況は見てたんだね。
「逃げた方向……。たしか樹海方面だよね?」
「その通りです。ベアトお姉さんを連れ去るだけなら、王都方面ですよね、普通」
「アイツらが私たちを襲ってきたのは、あくまでも勇者キリエ、あなたを殺すためよ。ベアトちゃんは偶然見つけた副産物にすぎないわ」
「……つまり、アイツらは樹海の中で、私たちを待ちうけてる?」
「そういうこと。ベアトちゃんを助けるために追ってくるってわかってる。それにリキーノのアジト、樹海の中にあるって聞いたことあるわ。きっとたっぷり罠を用意して、私たちを待ってるわよ?」
上等じゃん、罠なんて全部踏み潰してやる。
にしても、なんでリキーノのアジトなんて知ってんだ。
あぁ、そういえば元は情報屋だったっけ。
「よーくわかった。ありがとう。じゃあさっさと全員ぶっ殺して、ベアト助け出そう」
「……ねえ、冷静になり切れてる?」