259 生きている
謁見の間にて、私は大勢の貴族たちが見守る中、女王ペルネに拝謁した。
ソーマのクソ野郎が残していった良からぬ言いがかりは、お城の人や国民の中にまだ残っている。
けどソレも、この場で女王様がじきじきに無実を主張してくれたから、すぐ消えていくと思う。
私は人にどう思われようが、なんとも思ってないんだけどね。
英雄なんてガラじゃないし、ベアトと自分のことしか考えてないし。
さて、堅苦しい謁見を終えて、時刻はもう夕方。
ベアトのことをトーカやクイナたちにまかせて、私は一人、王城の北にある森の中を進んでいた。
(この先、だね。ジョアナと戦った場所……)
真紅のソードブレイカーが手元にある以上、しっかりと確かめなきゃいけない。
ジョアナがまだ地面に埋まったままなのか、それとも……。
(……どっちにしても、エンピレオを倒すためには【風帝】が必要だ。ジョアナを殺すって結果に違いはない)
アイツに対する仲間意識なんて、とっくの昔にどこかへ置いてきた。
私の村を焼くようにブルトーギュをそそのかした、にっくき仇。
ベアトを苦しめるバケモノを崇拝している、イカレた狂信者。
これ以上生かしておく理由なんて、小指の爪の先ほどもない。
「今度こそ、確実に息の根を止めてやる……!」
決意を新たに、私は森の中を進んでいく。
途中で出くわしたワーウルフたちは、私の顔を見ただけで逃げ出していった。
茂みをかきわけて、ようやく視界が開けた。
森を抜けた先には、夕暮れに染まる草原。
遠くに見える山脈以外はなにもない、ただ短い草が生い茂るだけの場所。
ジョアナに真実を明かされて、アイツと死闘をくりひろげた場所だ。
「……あれから、どのくらい経ったんだっけ」
ずっと昔のようで、つい最近のような、なんだか不思議な感覚だ。
でも、まだそんなに経ってないんだろうな。
溶岩龍を暴れさせたところに、草が生えそろってないから。
「ジョアナを埋めた場所は……、ここか」
草地の中でむき出しになった一点の黒。
ジョアナを落としてマグマでふさいだ穴は、すぐに見つかった。
冷え固まった黒い溶岩の上には、背の高い草なんて生えないからね。
この下に、ジョアナはいるのかな。
メロちゃんほどじゃないし【ギフト】での後付けだけど、私も魔力を使える。
うんと集中すれば、ヤツの魔力を感知できるはず。
かがみこんで穴の上に手を置き、静かに目をつむって精神を集中する。
(なにも……感じない)
地面の下から、ジョアナの魔力は感じられなかった。
そうだろうとは思ってたよ。
今赤い剣が私の腰にあるってことは、誰かがジョアナから引き抜いたってこと。
ジョアナを地の底から引っぱり出して、助け出したことを意味している。
……うん、そうだろうと思ってた。
思っていたけど……っ!
「……っあぁぁ!!!」
ドガぁっ!!
地面に触れてた手をにぎりしめて、固まった溶岩をぶん殴る。
砕けた破片があたりに飛び散って、衝撃波が草原を激しくゆらした。
地面なんかを殴っても、なんの意味もない。
そうだとわかっていても、こみ上げてくる怒りは抑えられなかった。
今この瞬間にも、ジョアナはどこかでのうのうと生きているんだ。
影から私を見て、あざ笑っているに決まってる。
許せない。
絶対に許せない。
「……お前のカミサマともども、草の根わけてでも探し出してやる」
どこにいようが探し出して、生きてることを後悔させてからブチ殺す。
思いっきり惨たらしく殺してやる。
その時まで、死んでも死んでやるものか。
●●●
うす暗い地下道に、コツコツと足音が反響する。
原始的なむき出しの岩壁に似つかわしくない、青白い光をともす照明。
機材をかかえ、何かにとりつかれたような表情で行き来する研究員たち。
その中を、薄いグレーの髪をゆらした女魔族が奥へ奥へと進んでいく。
最深部へと続く昇降機の下降ボタンを押し、彼女はさらに地下へ。
はるか地底に存在するこの施設のさらに地下。
『彼女』がいるその場所へ、ノプトは少しずつ近づいていく。
昇降機を降り、最深部を封鎖した隔壁のみが存在するせまいフロアへ。
認証キーとパスワードをカベの端末に打ち込むと、隔壁が重たい音を立ててスライドし、ノプトを最深部へと迎え入れた。
「……何度来ても、ここは……っ」
煮立った溶岩の光が赤く照らす地下空間。
わずかな足場の先にはマグマの池が広がる、まるで地獄のような光景が広がっていた。
呼吸すら困難な熱気と、常人なら数秒で命を失うだろう有毒ガスに満ちたこの場所は、ガスマスクと呼ばれる呼吸補助の器具をつけていても、ノプトにすら過酷な環境だ。
コポコポと煮立つマグマの池、その中心に巨大な肉の種が鎮座していた。
真っ赤な光を血のように脈打たせながら、時おり一部分が痙攣する。
愛しいお姉さまが心から崇拝する神の一部分だと知っていても、彼女は嫌悪感を抱かずにはいられなかった。
『あらアら、いらっシャイ。ひトりでたいくツしてたノよ』
「あぁ、あぁ……っ、お姉さまぁ……」
しかし、その声を耳にしたとたん、ノプトの表情は恋する乙女のように変貌する。
肉の種からずるりと抜け出て、地べたをはいずってくる『お姉さま』。
ノプトはしばし熱さも忘れ、彼女との時間を過ごした。
用事をすませたノプトはガスマスクを取り外し、すぐさま【遠隔】のギフトで転移する。
『お姉さま』の居場所へワープを行うことはもちろん可能。
しかし彼女は、会いに行くための時間をも楽しんでいる。
そのため、『お姉さま』に会いにいく時に【遠隔】の能力は使わないと決めていた。
転移先は研究区画。
科学者たちがひしめき、作業を行っている場所だ。
「……あ、ノプト? ちょっとコゲくさいの。またあそこ行ってたの?」
何の前ぶれもなく出現したノプトにも、女騎士はまったく動じない。
ただひたすらマイペースに、いつも通りの対応をする。
「……えぇ。それよりトゥーリア、そっちの方はどう? 順調かしら」
「順調も順調、ぜーんぶあの人のおかげなの」
トゥーリアが視線を送った先には、一心不乱に研究者たちの指揮をとる中年の女性。
彼女の瞳には、少なからず狂気が宿っていた。
「ガーベラさん、とっても働き者。私がいい子にしてあげる必要もないくらいなの。このぶんなら開祖様も、近いうちにあの方みたいに蘇るの」
「そ。順調なら何も言うことはないわ」
液体で満たされたカプセルに入れられた意識のない大男を、ノプトは興味なさげに見つめる。
一方のトゥーリアは、深い深いため息。
「はぁ……。ねえノプト、そろそろあの方に会いたいの。迎えに行ってもいい?」
「……そうね。勇者の居場所を伝える役目も終わった。それに、赤い剣を勇者に渡した理由、ぜひとも彼女の口から直接問いただしたいところだわ」
彼女の勝手な行動で人造エンピレオこそ倒せたものの、おそらく勇者は『お姉さま』の生存に勘付いてしまった。
もうじき準備が整うとは言え、ノプトにとっては見過ごせない出来事だ。
「いいわ、迎えに行くことを許可します。この大事な時に、私までここを離れるわけにはいかないから、あなた一人で行ってもらうけれど」
「問題ないの。むしろ一人の方が、あの方とゆっくり語らえるの……」
「ただし隠密に、穏便に。間違っても勇者と戦闘なんてことにならないでよ」
「わかってるの。それじゃ、行ってきまーす」