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254 一緒にはいられない




 あの戦いから数日後、ラマンとランゴは魚人の国へと旅立った。

 今ごろはもう、故郷に到着しているころじゃねぇかな。

 グリナはなんと教団に入ることにしたらしく、シスターとしての修行を始めた。


 少しずつバラバラになっていく仲間たち。

 寂しいのは本音だが、アイツらが進むと決めた道を俺が妨げるわけにはいかねぇ。


 ……そして今、もう一人、俺に別れを告げるヤツが現れた。

 それはいいんだ、それはな。

 問題は、別れる理由の方だった。


「……ユピテル。今、なんつったんだ?」


 中庭に呼び出された俺は、コイツの口から出た言葉が信じられなくってもう一度聞き返す。


「聞こえなかったか? バルジ、私はもうお前らと共に行動することはできない。……仇の目が黒いうちは、な」


「仇……? 仇たぁ一体誰のことだ、なんの仇だ。話がさっぱり見えやしねぇよ」


「……そうだな、順を追って話そうか。まず、私の素性が判明した」


 そいつぁ朗報だ、と言おうとしたが。

 苦虫噛みつぶしたようなこの顔、とてもそんなこと口にできる感じじゃねぇ。


「パラディ南部、西の国境近くの都市で戦っていた剣闘士……だったらしい。それ以前は傭兵として、戦場を渡り歩いていたそうだ」


「そうか……。名のある武人だとは思っていたが、やっぱ強かったんだろ?」


「十年間もの間、王座を守り続けたチャンピオンに挑戦権を得るほどの勢いだったらしい」


 『らしい』に『そうだ』か。

 やっぱ他人事みてぇに思えるんだろうな、自分のことだってのに。

 俺と同じように、よ。


「だが、チャンピオンと戦う予定だったその日、私は闘技場に現れなかったそうだ。不戦敗によってチャンピオンの玉座は守られた」


「……お前が行かなかった、その理由は?」


「妹が、死体で発見されたから……らしい」


 ……今度の『らしい』は、これまでの他人事めいた口調じゃなかった。

 苦々しい現実を口にするように、くやしさや無念さがたっぷりとこもってやがる。


「たった一人の、家族だったそうだ。きっと剣闘士をこころざした理由は、妹だったのだろう」


 テメェのことだからな、テメェが一番よくわかるだろうさ。

 芯が変わってねぇのなら、その時自分がなにを考えてなにをするか、手に取るように理解できるはずだ。


「ひどい、ありさまだったらしい。全身がバラバラに砕かれ、唯一無傷だった首から上は恐怖と絶望で目が見開かれ、涙が凍り付いて(・・・・・)いた」


「……おい。おい、ちょっと待て」


「その日の夜、私はチャンピオンを殺し、教団兵によって逮捕されたという。そのあとなのだろうな、秘密裏にフィクサーのもとへ送られたのは」


「待てよ、仇ってまさか……」


 わかっちまった。

 仇が誰のことなのか、どうして俺たちといられないのか。

 わかっちまったが、頭で認めたくなかった。


「ここからは私の憶測だ、間違っていたならば謝罪しよう。おそらく、チャンピオンは私の活躍に危機感を覚えたのだろう。私のことを調べ、戦う理由である妹のことを知って、そして……試合の当日に死体が見つかるよう、『殺し屋』に依頼した」


「待てって……。そんな偶然があるかよ……」


「裏世界で名を馳せた殺し屋『氷結鬼』ディバイ・フレングに。……違うか、ディバイ」


 ユピテルがふりむき、問いかける。

 すると、柱の影からディバイが姿を現した。

 この話、全部聞いてたって顔だな。


「ディバイ……」


 間違いであってほしい。

 見当違いの憶測だってよ。


 コイツが多くの罪を犯したなんざ承知の上。

 だが、罪を犯したのは今のディバイじゃねぇんだ。

 詭弁きべん……かもしれねぇがよ。


「どうなんだ?」


「……よく、覚えている」


 ディバイがそう発した瞬間、ユピテルの体から、隠しきれない殺気があふれ出すのを感じた。


「あらかた……、お前の憶測通りだ……。俺は依頼を受け……、お前の妹の体を氷漬けにして……」


「氷漬けにして、どうした」


「頭だけは……、凍らせなかった……。少しずつ……、少しずつ手足の先から……」


「おい、やめろ……! もういいだろ……!」


「ダメだ、続けろ。手足の先から、どうしたんだ」


「折って……、千切って……、泣き叫ぶ……っ、サマを……、た、のしみ、なが……っ、ら……っ」


「おいユピテル!」


「お前は黙っていろッ!!!」


 俺に背中をむけたまま、ユピテルが声を張り上げた。

 空気にビリビリと震えが走り、あたりを歩いていた神官がビビり上がって、おどろいた小鳥たちが木から飛び立っていく。

 冷静沈着なユピテルの、ソイツがはじめて聞いた怒声だった。


「……続けてくれ」


「さ、最後に……っ、体を粉々に砕いて……、肉片が、溶けていく様子をかんさ——うぉえっ!! おぇっ、え……ッ!!」


 とうとうディバイがその場に崩れ落ちた。

 ひざまずいて胃の中のものをぶちまけるサマを、ユピテルはただ黙って見下ろす。


「……ディバイを殺すのか?」


「殺しても無意味だ。私は妹の顔すら覚えていない。今のディバイが殺し屋だった頃とは別人であることも承知している」


「そうかい、無意味かい。じゃあよ、今のヤツには意味あったのか?」


「あったさ。おかげで自分の気持ちが知れた。やはり私は、お前たちとは共にいられない」


 ふりむかないまま、ユピテルは『至高天の獅子』を俺に投げ渡した。

 目の部分には、緑色の宝玉が収まったままだ。


「【大樹】は返す。元々教団のものだ」


「待てよ、お前はどうするつもりだよ」


「まだ見ぬ故郷にでも帰るとするさ」


 短く返し、ヤツはその場を立ち去っていった。

 俺にもディバイにも目を合わせないまま、すぐにその背中も見えなくなる。


 去っていったアイツも気にかかるが、まずは目の前の打ちのめされたコイツだ。

 うずくまって荒い息を吐くディバイに、さて、なんて言葉をかけてやるべきか……。


「なぁ、ディバイ——」


 呼びかけた俺の言葉をさえぎるように、右手が突き出された。


「心配ない……」


「けどよ……」


「これは……、俺の問題だ。他の誰でもない、俺自身が犯した罪……」


 口元をぬぐい、立ち上がる。

 顔色こそ氷みてぇに青白いが、その目には覚悟ってヤツが宿って見えた。


「生み出してしまった数々の悲しみと憎しみを……、受け止めるべきは俺自身だ……」


「……あぁ、そうかよ。ソイツがお前の決意なら、今は何も言わねぇ。だがよ、一つだけ聞いてもいいか?」


 でもよ、覚悟の他にもう一つ見えちまった。

 お前の目、あの時と同じ目をしてんだよ。

 俺を殺しに来た時の、あの目とよ。


「お前のやりてぇ(・・・・)ことは、本当にソレなのか?」


「……そうだ、やるべき(・・・・)ことだ」



 ●●●



 ピレアポリスを後にして数時間。

 街道を行くユピテルは、己の背後に何者かの気配を察した。


「……誰だ、出てこい」


 背後の岩陰をにらみつけると、姿を見せたのは見覚えのある小男。

 彼の素性を調べ上げ、全てを伝えた教団の密偵だ。


「お前か……。どうした、まだ何か用でもあるのか」


「ええ、ええ、それはもう。とっておきの情報をお耳に入れたくて」


 愛想笑いを浮かべながらへこへこと頭を下げ、彼は口にする。


「あなた、なんと二代目勇者の末裔まつえいだったんですよ」


「……そんなことか」


 至極しごくどうでもいい事実だった。

 自分のおいたちさえ他人事のように思えるのに、二千年前の先祖の話など、それが何なのか。


「あなた様にはどうでもいい情報でしょうねぇ。しかし、我ら(・・)にとってはそうじゃない」


 ニヤリ。

 男が笑みを浮かべた次の瞬間、彼のとなりに二人の女性が姿を現した。

 一人は魔族、もう一人は騎士の鎧を身に着けた人間。


「貴様ら……、何者だ」


「何者かなんてどうでもいいの」


 二人組のうち、女騎士が腰の騎士剣を抜き放つ。

 あふれ出る敵意が肌を刺し、ユピテルもすぐさま背中の大剣を抜いた。


「あなたはただ、黙ってついてきて」


「断る、と言ったら……?」


「そりゃもちろん——」



 ——数秒後。

 ユピテルの体は地に伏せ、彼の意識は完全に途切れていた。


「……ノプトちゃんさぁ。不意打ちはズルくない?」


 ユピテルの背後に瞬間移動し、一撃で意識を刈り取ったノプトに、女騎士が不満げに抗議する。


「目視範囲に誰もいなくても、街道(こんな場所)でハデに戦えると思ってる? それよりも、さっさと連れ帰るわよ」


「はーい……。そうだ、あなたもお疲れさまなの」


 女騎士が密偵の額を指先でトン、と小突く。

 直後、ユピテルをふくめた三人は忽然こつぜんと姿を消し、


「…………。……はて、私は今までなにを?」


 一人残された密偵は、首をひねった。

 一日前から飛んでいる記憶と、来た覚えのない街道の風景に。




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― 新着の感想 ―
[良い点] あー…まさかの、こんなところで繋がらなくたっていい因縁が繋がってしまった…世間は狭い、の一言で済ますには毎度毎度悪意だけはタイミングよいですね…。 しかも、ユピテルさん不意打ちとはいえ瞬殺…
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