表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

251/373

251 見せたいもの




 『星の記憶』についての話がひと段落したあと、私たちは神殿の地下へと案内されることになった。

 なんでも見せたいものがあるんだって。


 スライドするトビラが並ぶ、無機質な廊下をベルナさんについて歩いていく。

 私もベアトも、ここにはロクな思い出がないんだよな。


「……っ」


 ベアトが少しだけ不安そうに、私のそでをつまんでついてくる。

 この子、私と出会う前はここで監禁されてたんだよね。

 エンピレオの生け贄にする、だなんて言われて。


「ベアト、無理しなくていいよ。怖いコト思い出しちゃうなら戻っても……」


「……っ!」


 ふるふる、首を横にふってから、ベアトは力強く羊皮紙に書き記した。


『だいじょうぶです!』


 胸を張って、ふんす、と鼻息荒くかかげて見せる。

 そうだよね、この子は私が思ってるよりずっと強いんだ。

 ちょっと心配しすぎだったかも。

 謝罪代わりに、頭をなでなでしてあげた。


「……っ!?」


 するとどうしてだろう。

 ベアトのお顔が真っ赤っか。

 つられて私まで照れちゃうんだけど。


「ふふっ。本当に仲がいいのですね」


 ベルナさん、そのほほえましい意味ありげな笑顔やめてもらっていいですか?



 研究施設の最深部だってところまで連れてこられた私たち。

 廊下にたくさん並んだトビラのうち、第二研究室とラベルの貼られたトビラの前で、ベルナさんが立ち止まる。


「さ、着きました。この部屋です」


 カードキーを通して、トビラがシャっと開いた。

 部屋は廊下と同じくうすい緑色のカベ。

 すみっこに実験器具が入った戸棚、中央には寝台みたいなモノがある。

 中にいたのは白衣を着た中年の女の人と、そしてもう一人、黄色の髪でメガネをかけた女の子。


「おぉっ、キリエさん……!?」


「え、クイナさん? なんでここに?」


 思わぬ遭遇にちょっとびっくり。

 この子も私たちが来るとは思ってなかったんだろうな、目を丸くしてびっくりしてる。


「ジブンは、その……。ちょっと所長さんにお話しがあったんス」


 どことなく答え辛そうに目を泳がせながら、気まずそうにクイナさんは答えた。

 所長さんって、あのうす青色の髪をした女の人のことだよね。


「もしかして、記憶に関する話とか?」


「あ、えと、そうッスそうッス! でも、結局なにもわからないって……」


 そっか、クイナさんの記憶、ここの技術でもどうにもならないんだ。

 所長さんがムリって言うなら、記憶を戻す勇贈玉ギフトスフィアなんてモノも無いんだろうな。


「キリエさんたちこそどうして?」


「ベルナさんに連れられてきたんだ。見せたいものがあるからって」


 私のクイナさんの会話に区切りがつくと、タイミングを見計らっていたのかな。

 ベルナさんが所長さんの前へ進み出た。


「ラーベ所長、取り込み中のところごめんなさい」


「これはこれは大司教様。とんでもございません、このような場所にご足労いただき——」


 軽く一礼して頭を上げた時。

 私に気づいた所長さんの表情が、ほんの一瞬だけこわばったように見えたけど。

 ……気のせい、かな。

 この人とは初めて会うんだし。


「かしこまらなくてもいいわ。多くの研究員たちが去っていく中、あなたが残ってくれてうれしいです」


「もったいないお言葉です……」


 所長さんがもう一度、深々と頭を下げた。

 うすい青色の髪には白髪が混じってる。

 苦労、してるんだろうな。

 ところで、会話の中に気になる部分が。


「研究員、減ってるんですね。なんでだろ」


『あのたたかいで、おおぜいしんじゃったとか?』


 ベアトが小首をかしげて物騒な発言……発書き? をする。

 たしかにたくさん死んだけど、あの施設にいたのは多分ほんの一部だよね。


「……フィクサーが倒れたあと、私は地下研究施設の清浄化を進めました。非道な人体実験を禁止して、魔物の生産も止めさせたのです。……きっと、それがいけなかったのでしょうね」


 ……え?

 それのなにがいけないのさ、正しいことじゃん。


「急激な変化は、大きなゆがみを生むものです。自分たちの進めていた研究を奪われた者たちは、次々と姿を消していきました。まるで行くアテでもあるかのように」


「姿を消した……」


「もちろん、すでに捜索の手は広げています。ですが、今のところ彼らの行方はまったくもって不明なのです」


 なんだかきな臭い話になってきたぞ。

 そんなにたくさんの研究者が、どこかへ去っていっただなんて。

 しかも全員、桁外れの技術と知識を持った人たちだよね。


 もしも教団の捜索をかいくぐれるほどの何者かが研究者たちを集めているとしたら。

 ……十中八九、目的はロクでもないことだ。


「ラーベ所長には、昔から大変な苦労をかけてきました。人手不足の今、すぐにでも人員を増やしてあげたいと考えています」


「あぁ、私などには本当にもったいないお言葉。して、本日はどのようなご用件で?」


「彼女たちに、例の資料を見せてあげてほしいの」


「……ええ、ただ今お持ちします。クイナさん、それではね」


 所長さん、クイナさんの肩をたたいて微笑むと、部屋をいった。

 ベルナさんがわざわざ見せたいもの、いったいなんなんだろう。


「クイナさん、ここからは教団の機密を語ることになります。申し訳ないのですが、席を外してもらえますか?」


「あ、じゃ、じゃあジブン失礼するッス。キリエさん、ベアトさんも、また後で……」


 クイナさん、気まずそうに私たちを見回したあと、足早にその場を立ち去ろうとする。

 私の前を通りすぎた時、見えた表情はとっても寂しげで。

 このまま行かせたらどこかに消えてしまうんじゃないかって理由ワケもなく思った。

 だからかな。


「待って、クイナさん」


「えっ……?」


 つい、そでをつかんで引き止めちゃったんだ。

 クイナさん、驚きと困惑が混じった顔で私を見つめてる。


「……ベルナさん、ちょっといいかな」


 きっと私、この子が悲しんでるのが嫌なんだと思う。

 だからダメで元々、ベルナさんにお願いしてみることにした。


「どんなものを見せたいのかわかんないけどさ、この子一人がいるくらい、いいんじゃないかな。クイナさん、まるっきり部外者ってわけじゃないんだし」


「たしかに、彼女も深い事情に立ち入ってはいます。ですが……」


「あの、もういいッスよ、キリエさん。その気持ちだけで——」


 ジリリリリリリリリリリッ!!


「……っ!?」


 その時、鳴り響いたのはベルを乱打するような甲高い音。

 心を焦らせるような、なんとも落ち着かない音だ。

 間違っても時報のたぐいじゃないね、これは。

 ベアトもびっくりして飛び跳ねる。


「警報……! いったいなにが……!」


 ベルナさんの緊迫した声。

 危険を感じて、ひとまず私はベアトをすぐそばに引き寄せる。

 直後、ドアがスライドして研究員が一人、駆け込んできた。


「所長、大変で——だ、大司教……!? なぜこんなところに!? い、いえ、とにかくここは危険です! すぐにお逃げをがぁっ!!」


 話の途中で、研究員の首が背後から伸びてきた肉の触手に巻きつかれた。

 開けっ放しのトビラから入ってきた、うごめく肉塊のしわざだ。


「縺ッ繧?%繧阪@縺ヲ」


 奇声を発しながら、首をギリギリと絞め上げて殺そうとしてる。

 見殺しには……できないよね。

 すぐに赤い剣を抜き放って、触手を断ち切り、続いて本体をバラバラに斬り刻んだ。

 肉塊が血を撒き散らしながら肉片に変わって、解放された研究員がその場にへたりこむ。


「……げほっ、はぁ、はぁ……っ!」


「大丈夫ですか!? すぐに治癒魔法を……!」


 ベルナさんが駆け寄って、ヒールをかけようとする。

 ベアトの治癒魔法、この人ゆずりなのかな。

 だけど研究員さんは、片手を突き出してベルナさんを制しながら首をふった。


「げほ……っ、私は平気です……! そ、それより他のみんなが……!」


「一体何があったの?」


「ゆ、勇者様……! そ、それが、処分するため一か所に集めていた肉塊たちが、突如として暴れ出したのです! 鎮圧を図りましたが多くの個体が逃走し、命令も聞かず……!」


「命令を聞かない……、ですって……!?」


 ベルナさんが、信じられないって感じの声をあげる。

 あんなバケモノが命令を聞かないことの、なににそんなに驚いたんだ?


「な、なにか不思議なことでもあるんスか?」


 クイナさんが私の疑問を代わりに口にしてくれた。

 ベルナさんは深刻な表情で、どれだけの異常事態なのかを説明しはじめる。


「……勇贈玉ギフトスフィアの力で肉塊となった者は、自発的な行動を一切できなくなります。誰かの命令を聞いて動く、ただそれだけの存在となるのです。それが命令を聞かないということは……」


「誰かが、すでに命令を出している……?」


 コクリと、ベルナさんはうなずいた。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] このタイミングで、まさかの最後の敵勢力襲来ですか!?まあ相手としてはエンピレオを倒されるのは何としてでも防がなきゃいけない訳ですし、このままキリエがその手がかりを掴むのは放置してくれないか…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ