250 星の記憶
ベルナさんがふところからカードキーを取り出して、戸棚の横の木のカベをタッチ。
するとカベの中から、カードキーを通すための装置が現れた。
ソイツにカードキーをシャッと通すと、カベがスライドして隠し部屋への入り口が出現。
さっきの自動ドアといい、地下だけじゃなくてこんなトコにも、得体のしれない技術が使われてたのか。
「立ち話もなんでしょう。まずはこちらへどうぞ」
「この部屋は……?」
「大司教のみに入室が許された隠し部屋です。この中ならば、誰かに盗み聞きされる心配もありませんから」
なるほどね、エンピレオの話するなら誰かに聞かれたらまずいか。
ここ、一応エンピレオをカミサマとしてまつってるとこだし。
ベルナさんに続いて、ベアトと二人で部屋の中へ。
室内には窓がなくて、カベは薄いみどり。
天井には教団の施設でよく見る、白くて細長い照明がついている。
見慣れないものばかりの無機質な風景の中、真ん中に置かれてる革張りのソファーと木製テーブルがなんだか心を落ち着かせてくれた。
「どうぞ、おかけになってください」
言われるがまま、ソファーに腰かける。
ベアトは当然のように私の真横によりそって、ぴったりとくっついてきた。
そんな娘をベルナさんはほほえましく見守る。
「うふふ。ベアト、いい人を見つけましたね」
「……っ」
顔を赤くしつつ、ベアトも嬉しそう。
なぜか私の顔まで熱くなってくるよ。
どういう意味で言ったのかはよくわかんないけど。
「キリエさん、今後とも娘をよろしくお願いします」
「……えと、それはもちろん」
よろしくお願いされたけど、これでいいのか私の返事。
……うん、笑顔でうなずくベルナさんを見るに、正解でいいみたい。
「……さて、まずは見ていただきたいものがあります」
そう言って、ベルナさんは部屋のすみにある金庫を開けた。
中から取り出したのは大きな木箱。
机の上に置いてフタをあけると、入ってたのは魔力の光を放つ拳くらいの大きさの玉。
まるで、大きな勇贈玉みたい。
「それは……?」
「……『星の記憶』。未知なる英知と遠い記憶が閉じ込められた、大司教に代々伝えられてきた宝珠です。この隠し部屋は、これを保管するための部屋でもあるのです」
あぁ、前に名前だけは聞いたことがあるような。
こんな隠し部屋まで用意して保管するだなんて、よっぽど大切なものなのか。
「大司教となって数日。この宝珠に納められた膨大なデータに、私は目を通していました。それでも、読み取れた内容は全体の十分の一にも満たないのですが」
「でーた……? その玉の中に何かが書かれてるの?」
「説明するよりも、見ていただいた方が早いでしょう」
ベルナさんは『星の記憶』を手に取った。
その表面を指先でタッチすると、宝珠から出た光が空中にスクリーンを映し出す。
なんか文字がズラっと並んで、いったいどうなってんだ、これ。
「……っ!!」
ベアトもびっくりして飛びあがってるし。
「……す、すごい技術ですね、これ」
「ええ。どういったものか、ベアトには以前に説明しましたね」
「……っ!」
ベアトがコクコクうなずいてる。
それにしてはビックリしてたけど。
知ってはいても、見るのは初めてって感じだったのかな。
『エンピレオといっしょに、おちてきたんですよね』
「ええ。正確には赤い星の——エンピレオの後を追うように降ってきた、大きな丸いカプセルの中に入っていたものです」
『つまり、カプセルもふくめてじんこうぶつってことですか?』
ベアトの問いかけに、ベルナさんはうなずいた。
「この宝珠の中にはエンピレオについての詳細なデータ、対抗するための方法と必要な科学・魔導の技術が詰め込まれています。きっと次の世界の住人が、エンピレオに滅ぼされないために」
……いったいどういうことなんだ、話がさっぱり見えないぞ。
「順を追って話しましょうか」
ベルナさん、にっこり微笑んでから話を仕切り直してくれた。
ワケわかんないって顔に出てたみたい。
「まず、エンピレオという存在について。彼のものは生命体の持つエネルギー——魂を食料として星の海をさまよう生命体。どのように生まれてどこから来たのか、同族は存在するのか。詳しいことはこの宝珠にも記録されていません」
星の海、夜空に広がる無数の星明かり。
あの中のどこかから、エンピレオはやってきたってことか。
「きっとたくさんの星を渡って、そこにいる生命体を滅ぼしてきたのでしょう。そんなエンピレオが私たちの星にくる前にたどりついた星。この宝珠には最低限の情報しか記録されていませんが、そこは私たちの住む世界とは比較にならないほど、科学・魔導の技術が発達していた」
……話の腰を折りそうだから黙っておくけど、私たちのすんでるとこも星だったのか。
そんなのケニー爺さんも教えてくれなかったぞ。
「エンピレオがその世界を滅ぼしたのか、あるいは撃退されたのか、そこまではわかりません。確かなことは、エンピレオがその星の次に私たちの星へ来たこと。そして、彼らが私たちのためにエンピレオへの対抗策を託してくれたことだけです」
「……うん、エンピレオがとんでもないバケモノだってのと、宝珠のことはわかった。でもさ、なんでこんなバケモノが神様扱いされて世界中で信仰されてるわけ?」
そこがさっぱりわからない。
この宝珠を管理してたのは教団、つまり教団はこのバケモノの正体を知っていたことになる。
なにがどうなって、命を喰らいつくすバケモノが神様になるんだよ。
「その理由は、『神託』を受けた初代勇者と聖女が、真実を知るまでのタイムラグにあります。この宝珠が落ちてきたのは、エンピレオから遅れること数年の後だった」
「……あぁ、なんとなくわかったかも」
前にジョアナが言ってた。
エンピレオはこの世界に降り立ってから、ずっと身を隠して魔物を産み出してはその魂を喰らっていたって。
自分の力を分け与えた勇者という存在を使ってね。
なにも知らずに神託だけ受け取って、魔物を倒す力を受け取ったら、それはもうカミサマのしわざだとしか思えないよね。
「真実を知った初代勇者は、しかしどうすることもできませんでした。当時の技術では、エンピレオを倒すための方法は実現できなかったのです。必要な技術力が、あまりにも高度すぎたために」
「その上、その頃にはもうエンピレオは神様だって世界中が信じてた」
「ええ。さいわいにして、エンピレオが暴れ出す気配はまったくありません。だから彼らは教団を立ち上げたのです。宝珠の技術を秘密裏に研究し、いつかの未来でエンピレオを倒すために」
なるほど、納得した。
こんな大それた技術を研究するには、よっぽど大規模な組織が隠れ蓑になってなきゃ流出しちゃうよね。
……いやいや、ちょっと待って。
そもそもだよ。
「じゃあなんで、教団は技術を独占してるの?」
こんなすごい技術、もっと広めればいいのに。
そうすればきっと、世の中はもっと便利になるはずでしょ?
「……初代勇者の時代は、単純に公開しても意味がないという理由でした。教団ですら、この部屋の照明も再現できないほど低い技術力しか持たなかったからです」
「初代は、ってことは、今は違うってことですよね……?」
ベルナさんは、悲しげな顔でうなずいた。
「どんな輝かしい思いも、崇高な目的も、多くの人間の思惑と時の流れで簡単に歪んでしまうもの。初代勇者の時代からほどなくして、教団はエンピレオ討伐の目的を捨て、技術を独占し、信仰を利用して私腹を肥やすための組織へと成り下がってしまいました」
「……そして二千年も経っちゃった、と。その間にどれだけの人がヤツの犠牲になったんだろう……」
エンピレオと、エンピレオに生み出された魔物のせいで、いったいいくつの人生がゆがめられたんだろう。
何千?
何万?
それとも何億?
「ですが、そんな歴史ももう終わりです。技術は十二分に成熟しました。そして何より、エンピレオを倒すという強い意志を持ったキリエさん、あなたがいます。今こそ、二千年の悲願を叶える時なのです」
自分の代で終わらせるんだって強い意志を瞳に込めて、ベルナさんは決然と口にした。
そうだよね、こんなのはもう終わりだ。
数えきれないほど積み上げられてきたエンピレオの犠牲者たち。
その中に、ベアトの名前は絶対に加えさせない。