25 闇夜の旅立ち
地下室や居住スペースから、持ち出せるだけの荷物を全員で持ち出す。
旅に出る私たちの荷物と、どっかに用意してある避難所に移るリターナー兄妹の荷物に分けて。
ジョアナさんとリーダーがごそごそと準備している間に、私はメロちゃんに確認を取る。
「まずはごめん、いきなり危険なことに巻き込んで」
「別にいいですよ。……確かに死ぬほどびっくりしましたですけど」
そりゃびっくりするよね。
突然男たちが私を殺しにきて、頭を破裂させて脳みそ撒き散らして死ぬんだもん。
びっくりしない方がおかしい。
「実はね、メロちゃんに大事な用事があって会いに行ったんだ。詳しい事情は話さないつもりだったんだけど、もう説明しないワケにはいかないよね」
時間もないし、かいつまんで説明する。
私の正体と、レジスタンスのこと、フレジェンタに同行してほしいってお願いまで、全部。
「……ってわけなんだ。フレジェンタに土地勘のあるメロちゃんが来てくれれば、すごく助かる。けど、王国にレジスタンス認定される可能性もある。生き残ったヤツらにはメロちゃんの顔見られてないから、今なら引き返せるよ。どうする?」
メロちゃん、黙って考え込んでる。
当たり前だよね、大事な決断だもん。
「断ってもいいよ。私たちも巻き込みたいわけじゃないから、強制はしない」
ちょっとずるい聞き方だったかな。
でも、嫌だって言ったらスッパリ諦めるつもりなのは本当だから。
「行きますです!」
……いやいや、そんな勢い良く。
大事な決断なんだから、もっと慎重に考えようよ。
「……じっくり考えてもいいんだよ? まだ準備、終わってないみたいだし」
「行きます、もう決めたんです!」
「どうして? メロちゃんにそこまでする理由なんて——」
「ありますよ。前にも言いましたよね、あたいの両親、戦争に巻き込まれて死んだって」
確かにそう言ったね。
初めて会った時に、戦争で両親を失って、フレジェンタから逃げてきたって。
「……正確には、ちょっと違うんです。フレジェンタの街は、戦場にはなってないんです」
ギュッと握った拳を震わせて、絞り出すような声で、メロちゃんは言った。
「あたいの家族はみんな、遠征軍総大将、第一王子タリオに殺されたんです……」
彼女が語ってくれたのは、大変に胸糞悪い物語。
タリオは遠征先にも十二人の妻たちを同行させるほどの女好きだ。
街でも美人と評判だったメロちゃんのお姉さんは、そのクズ男に目をつけられてしまった。
お姉さんには婚約者がいて、両親も見逃してくれとタリオに泣き付いた。
で、斬り殺された。
ついでに婚約者も、首だけにされた。
両親と婚約者を失って、無理やり十三人目の妻にされたお姉さんも、三日後に自分で命を絶った。
メロちゃんを街から、タリオから逃がしたあとに。
「あたいは、あの男を許せない。だから、手伝わせてくださいです」
「……そっか、気持ちはわかったよ。よろしくね」
ブルトーギュの息子一号、親父にそっくりだね。
絶対に生かしておいてはいけないウジ虫だ。
父親の前に、まずはソイツをグツグツのシチューに変えてやらなきゃ。
……目的が奪還だってのはわかってるよ?
可能なら、の話。
「話はまとまったみたいね」
「……っ!」
荷物の方もまとめ終わったみたい。
私とメロちゃんの分の大きな背負いカバンが二つ、どん、と置かれた。
ベアトとジョアナはもう背負ってて、準備万端だ。
「俺たちは先に行く。お前らが行ってる間に、兄貴と一緒に蜂起の準備、進めておくからよ。帰ってきたら一緒に暴れようぜ!」
「兄貴ー、そろそろ行くよー」
「おう! それじゃあな、全員生きて帰って来いよ」
「……うん、私も無事を祈ってる」
リーダーたちが闇に消えて、今度は私たちの番。
いつまでも王都の中にいたら危険だよね。
「さ、行きましょう。旅立ちにしては見送りもないし、残念ながら真っ暗闇だけど」
「いいよ、私たちにはむしろ、これが似合ってる」
ベアト、ジョアナ、メロちゃん、そして私。
四人それぞれ大きな荷物を背負って、目指すは西の果て。
行きと帰りでおよそ一ヶ月の、それなりに長い旅が始まった。
■■■
早朝、大臣からブルトーギュに情報が届けられた。
「我が手の者が、勇者キリエを発見しました。西の方へと旅立ったらしく、追って始末せよと指示を出した次第」
「……ようやっと見つけたか、遅い」
「ははっ、申し訳ございませぬ」
側近の右腕であるグスタフすら、王の怒りに触れれば命はない。
しかし、この危険なスリルが、彼に生きている実感を与えるのだ。
だからこそ彼は、この暴君に忠誠を誓っている。
「それと、もう一つ。レジスタンスの首謀者を突きとめました。名は、バルジ・リターナー。騎士ギリウスの弟です」
「……ほう、なるほどな」
「ギリウスがレジスタンスに協力している可能性が、限りなくクロとなりました。いかがなさいますか」
「よい、泳がせておけ」
ギリウスが心から従っていない、そんなことは最初からわかっている。
わかっていて、彼は手元に置いているのだ。
「ヤツは近頃、熱心に勧誘をしているらしいな」
「ほ、本当によろしいのですか。そこまで存じておられて、なお……」
「ヤツが反乱分子をいぶり出してくれるなら、利用させてもらおう。群れたところを一網打尽にしてくれる」
自分の力と権力に、絶対の自信を持っているからこその、この決断。
王の判断に、大臣が口出しする資格はない。
ただ頭を下げ、静かにその場を立ち去るのみだ。
○○○
王都を出て、平地を抜けて、川を越えて。
盆地を全方位ぐるりと囲む山々の、西側のふもとまでやってきた。
ここまで半日ぐらいと、そんなに時間はかかってない。
私の住んでいたリボの村も王都南側の山の中、王都までは同じく半日くらいだ。
「みんな、疲れてない?」
距離はそこまででも、昨日の夜中から、ここまで歩きっぱなし。
先頭を歩くジョアナが、ここで振り返って全員の体調確認。
「私は大丈夫。ベアトも平気そうだね」
「……っ♪」
ストラの美味しい料理を毎日たくさん食べてたからかな。
ベアトは今、とっても元気で健康的だ。
肌はつやつやしてるし、肉付きもだいぶ良くなってきた感じ。
まだまだやせてるけどね。
「でもさ、私にくっついて腕組むの、やめない?」
「……?」
「いや、そんな『なんで?』って顔されても、こっちが『なんで?』だよ」
結局、腕を組んで歩くのはやめてくれないみたい。
で、メロちゃんは早々にギブアップして、ジョアナにおぶられ夢の中。
いいな、楽そうで。
山道を登っていく私たち。
食糧や装備を前線に輸送するために、道は大きくて歩きやすい。
順調に進んで、夕方までには山を越えた。
日が沈む前にいい感じの川辺を見つけて、テントを広げて野宿の準備をして、メロちゃんも交えて今後の進路を決める。
「この先、輸送用の街道は南側に迂回してます。まっすぐ行くと、ハルプの大樹海がありますからね」
「危険なの? この森」
「魔物がたくさん生息してますし、道も整備されていないのですよ」
ふーん、だったら街道から通っていくべきだね。
ジョアナも同感みたい。
そんなわけで方針は決定。
そのあと全員で協力して料理を作って、一日目の行程終了。
テントの中で寝袋にくるまると、ベアトがぴったりとくっついてくる。
この子、こんな時でもいつも通りか。
(ま、いっか。この方が落ち着くし)
ベアトが隣にいる安心感と、昨日寝てない分の疲れが合わさって、私はあっという間に夢の中へと落ちていった。