247 わだかまりはお湯に流して
今私たちは、大神殿の居住スペース一階にある大浴場にいる。
とっても大きな湯船につかっているのは、私とベアト、グリナさんにリフちゃん、ケルファ、それから……。
「キリエお姉さん。本当にトーカって大活躍だったですか? どーにもウソくさくてうにょっ」
「なんで疑ってんだよお前は!」
「むにー……」
ちっちゃいお姉さんをジト目でからかうメロちゃんと、サイズは同じだけどはるかに年下の女の子のほっぺをひっぱるトーカ。
メロちゃんってホント、トーカには遠慮がないよね。
「ウソじゃないよ。トーカがいなきゃベアトを助けられなかった、って言っても大げさじゃないかも」
じっさい、とっても貢献してくれたよね。
特に魔導機竜のスピードには助けられた。
トーカじゃなけりゃ、【機兵】をあそこまで使いこなせなかったと思う。
「だろ? 役に立ってんだよ、アタシはさ」
「うぐぅ……」
アタシは、を強調しつつ、メロちゃんをつっつくトーカ。
留守番役だったメロちゃん、思わぬカウンターを喰らって黙りこんだ。
ちなみにこの二人、同じ部屋をもらったんだけど、トーカが戦いで薄汚れてるからってメロちゃんがお風呂につれてきたらしい。
「はっはっは、仲がいいな、お二人さん!」
湯船の真ん中あたりでじゃれ合う二人を見て、ふちに両腕をかけたグリナさんが豪快に笑う。
そのとなりでケルファが縮こまっていて、少しはなれて私。
右にはベアトが、左にリフちゃんがぴったりとくっついてる。
位置関係はだいたいこんな感じだ。
「……でもさ、ケルファの体を見て、正直驚いたよ。グリナさんは知ってたの?」
「わたしたちも昨夜、アンタたちが出ていったあとに話を聞かされたばかりさ」
「……あ、もしかしてお姉さんたち、その話のために?」
メロちゃんの質問に、グリナさんがうなずく。
「この二人にとっても、無関係な話じゃないしさ。なによりコイツがモヤモヤした気持ちのままじゃ、わたしらもスッキリ終われないだろ!」
ばしゃんっ!
グリナさんに背中をたたかれて、なかば無理やり私の前まで送り出されるケルファ。
いつもの生意気っぷりがウソみたいに大人しいな、この子。
今もどうしていいかわからないって感じで、ひたすらオドオドしてる。
私とベアトの顔を何度も視線が往復して、とうとう意を決したように口を開いた。
「あ、あの……さ……」
「うん」
「ボクのせい、なんだ……。その……お姉さんがさらわれたの……」
「それは昨夜聞いたよ。……あ、念のため言っとくと怒ってないから」
なんか怯えられてる気がしたからフォローしておく。
そんなに怖いイメージあるんだ、私。
……あるだろうな。
それでホッとしたかどうかはわからないけど、ケルファはゆっくり語り始めた。
自分がリーチェの複製人間だっていうこと。
聖女の代用品として生まれたけど、性別を持たない失敗作だったこと。
そのことを誰かに、特にリーダーに知られたくなくて、ソーマに協力させられたことを。
「ホントに……、バカなことしたって思ってる……。謝ってすむ問題じゃないけど、本当にごめんなさい……」
最後にぺこりと、頭を下げられた。
そうだったんだ、ケルファがリーチェの……。
ベアトもかなりショックを受けてるな。
「……グリナさん。このこと、リーダーやみんなは許したの?」
「あん? あぁ、もちろん。多少驚きはしたけどね」
「……ベアト、許してあげる?」
優しいベアトは迷わずうなずいた。
そうだよね、ベアトならそうする。
だったら私の答えは一つ。
「……アンタはソーマに協力しようとした。でもリーダーのおかげで、直前で踏みとどまったんでしょ? だったらベアトがさらわれたのは、アンタの責任じゃない」
「……」
「それに、ベアトは今、こうして無事ここにいる。だから許すも許さないもないよ。言ったでしょ、怒ってないって」
ケルファが顔を上げた。
青い瞳、青みがかった銀の髪。
こうして見るとなるほど、たしかにちょっとだけベアトと似てるかも。
「そんな風にビクビクしてるの、アンタらしくないし。もっとふてぶてしくしててよ」
軽く頭をポンポンと叩いて、これで終わり。
きれいさっぱりお湯に流そう。
「……ははっ! てなわけだ、ケルファ! 今から女同士、背中でも流し合うか!?」
「ちょ、やめて……! ボクは女じゃ……」
「そうか? 体はともかく中身の方、女の子じゃないかと思ってんだけどな」
「離せって……!」
グリナさんに引きずられて、洗い場に連れていかれるケルファ。
さっき体、洗ったはずなんだけどね。
「おねーちゃんっ、リフもおねえちゃんのせなか、ながしたい!」
「……じゃあお願いしようかな」
「……っ! ……っ!!」
リフちゃんもつられて言い出して、なぜかベアトまで猛アピール。
結局私まで、もう一度キレイに体を洗うことになっちゃった。
ベアトといっしょに一足先にお風呂から上がって、脱衣所で服を着ている途中。
ベアトは沈んだ表情で、羊皮紙に新品のペンを走らせる。
『おねえさん、あんなことまでしていたんですね』
「……そうだね」
聖女の器として、ベアトの代わりに人造エンピレオにささげる生け贄として、ケルファは生み出された。
姉の犯した罪をまた一つ知って、ベアトの心はどれほど傷ついているんだろう。
『どうしてそこまでして、エンピレオをつくろうとしたんでしょうか』
ベアトは知らない。
知らせていない。
聖女の寿命の短さが、リーチェの暴走の動機だってことを。
自分の寿命も、あと十年くらいしか残ってないってことを。
だから、私は……、
「……どうして、だろうね」
なんて、答えるしかなかった。
△▽△
「ケリ、ついたな。俺たちのクソッタレな境遇によ」
神殿に案内された俺たち男組は、ラマンの部屋に集まっていた。
最初はユピテルがいることにビビってたラマンも、理由さえ知れば気楽なモンだ。
すっかりリラックスして、
「おう! MVPはおいらだろ? おいらの薬、大活躍だったんだろ!?」
なんて、ふんぞり返って誇らしげだ。
「そうだな。それからランゴ、お前もな」
「え……、僕……?」
ラマンの後ろ、ビクビク隠れてた魚人の子どもに笑いかける。
「神殿で罠にハメられた時、キリエちゃんはお前の薬のおかげで命拾いしたんだぜ? おかげでフィクサーを倒せた。つまりお前がMVPだ」
「そ、そっか……。えへへ……」
ま、それを言うならみんなそうなんだけどな。
みんなでつないで得た勝利だが、いつもビクビクオドオドしているコイツには自信をつけてほしいからよ。
「で、これからのことなんだが、お前らどうする? やりてぇこと、行きてぇ場所があんなら好きにしな。引き止めたりはしねぇからよ」
「……んじゃ、おいらはランゴを連れて、故郷に帰ってみるとするよ。魚人だしな、やっぱり外には馴染めねぇや」
「そうか……。ユピテルは自分のルーツ探しだよな」
「あぁ。ひとまずはこのパラディで、だな。捜査の依頼はするが、自分の足も使ってみようと思っている」
「見つかるといいな、お前を知ってるやつをよ」
と、ここまでは予想通り。
で、問題はディバイだが……。
「お前はどうすんだ、相棒」
「俺は……、バルジについていく……。お前の意志に従おう……」
あぁ、そうきたか。
となると、どうしたもんかね。
俺には行きたい場所も、目的なんてモノもありゃしねぇ。
一応、帰る場所に心当たりはあるんだがよ。
問題はその帰る場所、俺を知ってるヤツはいても、俺が知ってるヤツはいねぇんだよな……。