246 何より辛いのは
トーカの魔導機竜に乗って、ピレアポリスへともどってきた私たち。
まずはクレールさんの家で待っていたみんなに事件の解決だけを報告。
あれこれ話すことはいろいろとあるけれど、話し合いは後にしてベルナさんの計らいで大神殿に招かれることになった。
みんな疲れ切ってることだし、クレールさんの家、壊されちゃったしね。
みんなそれぞれ客室に通されて、私はベアトといっしょにこの子の住んでた部屋へ。
聖女の妹だけあって、ベアトの部屋はお姫様の部屋そのものって感じだ。
私の住んでた家がそのまま収まりそうな広さだし、天蓋つきのベッドに専用のバルコニーまで。
……ただ、生活感はあんまりないかな。
「……とりあえず、着替えよっか」
「……っ」
私の服は血とオイルまみれ。
体についたオイルはあっという間に乾いたけど、服の方はまだベトベトだ。
ベアトも裸にローブなんて姿だし。
二人で背中をむけて服を脱いで、ベアトは新しい服に着替えはじめた。
私の方はとりあえず、濡らしたタオルで体を拭くところからかな。
「…………」
「……、……っ」
会話は少ないけど、不思議と居心地がいい。
ベアトといっしょにいるだけで幸せっていうか、そばにいてくれるだけで満たされるっていうか。
もう私、ベアト無しじゃダメみたいだ。
「……っ? ……っ!?」
……どうしたんだろ。
体を拭き終えて新しい下着をつけたところで、一足先に着替え終わったベアトから、背中に食い入るような視線を感じる。
「……ベアト、どうかした?」
ふりむくと、ベアトはとってもショックを受けてる感じだった。
なんだろう、両手で口元をおおって今にも泣きだしそうだ。
「ど、どうしたの……? 何かあった?」
ベアトにそんな顔してほしくなくて、できるだけ優しく語りかける。
でも、ベアトは悲しそうな表情のまま新品のペンを羊皮紙に走らせて、
『せなかにちいさなきずあとがのこってます』
瞳に涙をためながら、そう教えてくれた。
「背中……。あぁ、レヴィアにおもいっきり斬られたからか」
かなり深く斬られた上に、傷口を炎で焼かれたんだっけ。
ラマンさんの薬でも、キズ跡が残らないほどキレイに治療するのは無理だったか。
『きずがふさがってしまったら、ちゆまほうでもなおせません。このきずあとはいっしょう』
そこまで書いて、ベアトはとうとう泣き出しちゃった。
この子、ずっと私の体にキズが残らないようにがんばってくれてたよね。
そっか、このキズずっと残るんだ。
「泣かないで、ベアト」
震える小さな体を、そっと抱きしめる。
「私の体にキズが残るの、嫌だったんだよね。だからいつも、小さなキズまでていねいに治療してくれた」
「……っ、……っ」
この子はいつもそうだった。
不必要なくらい魔力を使って、どんな小さなキズにも治癒魔法をかけてくれてた。
きっと今、この子は自分を責めている。
自分を助けるための戦いで、私に一生残るキズを負わせたことを、きっとすっごく後悔してる。
そんなベアトに、私ができることは……。
「ありがとう」
「……っ!」
安っぽいはげましでも、気休めでもないよね。
だから私は、感謝と素直な気持ちを伝えることにした。
「私の体、心配してくれてありがとう。私のために泣いてくれてありがとう。……無事に戻ってきてくれて、ここにいてくれて、ありがとう」
ベアトの頬を伝う涙を指でぬぐって、それからじっと青い瞳を見つめて。
「大好きだよ、ベアト」
「……っ!」
まっすぐに気持ちを伝える。
ベアトは少しおどろいたあと、ほっぺをほんのり赤くした。
こんなこと言うの、慣れないし恥ずかしいけどさ。
ベアトが私のために泣いてる方が、もっと嫌だから。
「……。……っ」
『でも、わたしのせいです。キリエさんのキズ、わたしがさらわれたせいです』
だけどやっぱり、まだ私のキズあとについて悩んでるみたい。
もう一声、必要かな。
「ベアトのせいなんかじゃないよ」
もう一度ベアトの体を優しく抱きしめながら、小さな子どもに言い聞かせるように。
「コレは私がベアトを助けたいと思って、自分の意思で戦った証だから。自分のエゴをつらぬいて、その結果出来たキズなんだ。だからベアトは少しも悪くないよ」
どうだろう、納得してくれたかな。
私のことでベアトが自分を責めるだなんて、背中にキズが残るよりずっとずっと耐えられない。
ベアトには笑っていてほしいんだ。
いつも私の心を癒してくれた、とってもかわいいあの笑顔で。
「……っ」
でも、ベアトはまだ表情をくもらせたまま。
こまったな、私って口下手だし、これ以上何を言えばいいのやら。
……このさい、言葉じゃなくてもいっか。
「……ねえ、ベアト」
「……っ?」
呼びかけて、小首をかしげるベアトのほっぺに唇を寄せる。
そして、
ちゅっ。
軽く触れるだけの口づけをしてみた。
「どうだろ、私の気持ち、これで伝わったかな」
「……っ!? ……っ!!?」
あ、顔を真っ赤にしてあわあわしはじめた。
よかった、泣き止んでくれたみたい。
「…………、……っ」
それからベアトは、私が一番見たかった、とってもかわいいにっこり笑顔をむけてくれた。
この私ですら思わず顔がゆるんじゃうくらいの、とびっきりの笑顔を。
着替え終わってベアトといっしょにのんびりしてたら、コンコンとノックの音が聞こえた。
「誰が来たんだろ……」
とか言ってる間に、新しい服を着たベアトがドアへと走っていく。
ちなみにベアトの格好だけど、特に前とは変わってない。
新しいリボンで結んだ後ろ髪が犬のしっぽみたいにふりふりゆれて、やっぱりかわいい。
「……っ」
がちゃり、ベアトがトビラを開けると、
「おねーちゃんっ!」
小さなエルフの女の子が、ベアトをスルーして私に突っ込んできた。
「おっと」
タックルを受け止めると、その子は腰に手をまわしてぎゅーっと抱きついてくる。
「おねーちゃん、おねーちゃんだっ!」
そのままお腹に顔をうずめて、すりすりすりすり顔を擦りつけた。
「リフちゃん……。うん、お姉ちゃんだよ」
さっきクレールさんとこに戻った時、この子寝ちゃってたからな。
この調子だと、起きたあとに私が帰ってきたって知って、すっ飛んできたって感じかな。
……ちなみにベアトだけど、やきもちやいたりはしてないみたい。
ほほえましそうにニコニコ笑ってる。
「あのね、リフね、とってもしんぱいだったの。だから、おねーちゃんがげんきでうれしいっ」
「そっか、心配してくれてたんだ。ありがとね」
頭をなでてあげたら、リフちゃんはにっこり笑った。
あの時はベアトがさらわれたことで頭がいっぱいで、リフちゃんに気をつかってる余裕すらなかったからな。
ちょっと気の毒なことしちゃってたかも。
「でも、どうして私たちの部屋がわかったの?」
「そりゃ、わたしが連れてきたからね」
そう言って部屋に入ってきたのは大柄なオーガ族の女の人、グリナさん。
ソーマにやられたキズ、ラマンさんの薬ですっかりよくなったみたいだね。
「あぁ、リフちゃんってグリナさんと同じ部屋なんだっけ」
「そういうこと。それともう一人、同室のヤツを連れてきてんだけどな」
グリナさんが自分の後ろを指さす。
おっきな背中に隠れてたのは、青みがかった銀髪の中性的な子ども、ケルファだ。
「コイツも、キリエに話があるんだとさ」
「私に……?」
そういえば、ベアトがさらわれたのは自分のせいだとか言ってたな。
ベアトがさらわれたことで頭がいっぱいだったから、軽く流してたけど。
私と目が合ったケルファは、気まずそうに視線をそらす。
「……なに? なんか言いたいことあるの?」
「その……」
「まあまあ、そんな怖い顔しなさんな」
怖い顔してるつもりないんだけど。
これが普通の顔だよ?
「つーかキリエ、アンタ油くさい!」
「え」
そんなににおうのか、私。
濡らしたタオルでちゃんとふいたのに。
ベアトもさっきまで、私にピッタリくっついてたのに。
「というわけで、ここはみんなでひとっ風呂浴びながら話でもしないか?」
「お風呂? みんなって、ケルファも? 大丈夫なの?」
この子、男か女かも知らないぞ。
「平気平気。さ、行くぞー」
強引にその場を取り仕切るグリナさんによって、私たちはなし崩し的に、お風呂場へと連れていかれることになった。