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244 見たかったのは、その笑顔




 べちゃっ。


 ベアトとの再会を喜んでたってのに、空気を読まない汚い音が聞こえた。

 触手といっしょに吹っ飛ばされて天井に張り付いてたドロドロの肉のかたまりが、床に落ちてきた音だ。

 うじゅうじゅとうごめくその肉塊から口が生える。

 はぐきをむき出しにして、白い歯をガチガチと鳴らしながら、ソイツは不気味な声でつぶやいた。


「ありえな なぜ あんな こむすめごとき に」


 何が起きたのかはわからないけど、きっとベアトががんばったんだろうな。


「わたし かみ かみなの なのに」


 コイツが何かをしてきて、ベアトがそれをはねのけたんだ。


「かみ ぜったい かみ——」


「うるさいな」


 ドスっ!


 足元でブツブツ言ってるゴミの口に、剣の切っ先を思いっきり突き立てた。


「せっかくベアトと再会できたんだ。少し黙ってろよ」


 そのままダメ元で、刀身から【沸騰】の魔力を流しこんでやる。

 そしたらなんと、肉塊の水分がコポコポと泡立ち始めた。

 ベアトがはがれたから、エンピレオの力以外も効くようになったのか?


「ひ ひい かみ かみか」


 肉塊は死なずに、触手のスキマにしみ込んでいった。

 かみ、かみ、とか恨み言を吐きながら。


「逃げやがった……」


 逃がすわけにはいかない、きっちりトドメを刺さないと。

 ……でもその前に、今いる根っこ部分からどうにかして脱出しないとな。


 ゴゴゴゴゴ……!


「な、なに……?」


 とつぜん、足元がグラグラと揺れはじめる。

 人造エンピレオ全体が、大きく振動している感じだ。

 それだけじゃない。

 まわりを丸く囲んでいた触手が、ゆっくりとほどけて広がっていく。


「ここにいたら、まずい感じかな……」


 気を失ったままのベアトもいることだし、ね。

 この子を戦いの巻き添えにはできない。

 【沸騰】が効くとわかった今、私は容赦なく触手のカベに剣先を突き立てる。


「溶け落ちろっ!!」


 魔力を注いで触手をドロドロに溶かすと、そこに広がっていたのは地下……ではなく、今まで戦っていた広間だった。

 視界は花弁が元々あった高さよりも少し低いくらい。

 これって、人造エンピレオが浮き上がっていってるのか?

 とにかくベアトを抱えたまま、すぐにそこから飛び降りる。


『にがさ にがさな にがさない』


 また聞こえた耳ざわりな声。

 着地する前に、私の体がベアトごと触手に巻きつかれる。


「コイツ、まだ……!」


 人造エンピレオは、浮き上がってるわけじゃなかった。

 たぶん地面に埋まっていたんだろう根っこ——触手をタコの足みたいに広げて、地面からうねうねと這い出してたんだ。

 ベアトが捕まっていた今までいた空間も、触手が完全にほどけて消えていった。


 私を本気で締めつけてこないのは、ベアトを殺すわけにはいかないからか。

 とにかく、大変しつこくてうっとうしい。


『かえせ ベアト かえせ』


「……は?」


 なに、今のクソみたいな発言。

 さすがにカチンときたよ。


「返せってなに? ベアトは私のものなんだけど」


 もう許せないね、このバケモノ。

 たっぷりの殺意をみなぎらせて触手に剣を突き立て、たっぷりの魔力を込めながら斬り裂いてやった。


『いぎゃあ いた いたい』


「返せって言うんならさあ……」


 ベアトを抱えたまま、私は床の上へと着地。

 その直後、切断した機械の触手に沸騰の魔力が回りきった。


「コイツを返してやる。ありがたく受け取れよ」


 これ以上ないほどの怒りと魔力をこめて【沸騰】を発動。

 そしたらバケモノの触手だったものが、白い炎をまとったマグマ……と呼んでいいのかな。

 マグマよりは火の玉に近い、なんだかよくわからないモノになっちゃった。


「……なにこれ」


『ぷっ ぷら ぷらず』


「何言ってんのかわかんないけど……っ!」


 とにかくコイツを操作して、ヤツの花弁につけた傷口へ思いっきり叩きつける。

 銀色の液体がはじけ飛んで、ヤツの体内を流れるオイルに着火。

 とたんに人造エンピレオの体全体が、激しい炎につつまれた。


『あつい いや ほろびる わたし かみ かみ ふめつ』


 炎上する怪物のクキの部分に、フィクサーの顔が浮かび上がった。

 沸騰の魔力を受けてコポコポと泡立ったままの、醜い肉塊が。

 ちょうどよかったよ。

 最後に一発、あのオバサンの顔面にぶちかましたかったところなんだ。


「……ベアト、ちょっと待っててね。ほんの数秒で戻るから」


 大切な人をそっと床の上に横たえると、私は助走をつけて走り出す。

 一気に花弁くらいの高さまでジャンプして、両手で真紅のソードブレイカーを強くにぎり、練氣レンキ鋭刃エイジンを発動。


『かみ わたし さからう ふけい かみ』


「アンタはカミでもなんでもないよ、オバサン」


 右肩のところにかまえて、ヤツの顔面にむけて全力で振り下ろした。


「ただの醜いバケモノだ」


 ズバシュッ!!


『いぎゃああぁぁぁ あぁぁ ぁぁ ぁ』


 顔面を真っ二つに斬り裂かれて、ヤツは断末魔の絶叫を上げた。

 顔だったものが煮立ちながら機械の表面を伝って、今度こそドロドロの肉になっていく。

 最後には灼熱の炎につつまれて、黒コゲの灰に変わっていった。


 フィクサーを失った人造エンピレオは、もうただの鉄のカタマリだ。

 完全に機能停止して、炎につつまれながら横倒しに倒れていく。


「……終わった、かな」


 ミスリルの剣を入れてた腰の鞘に、真紅のソードブレイカーを納める。

 すぐにベアトに駆け寄って、その体を抱き起こした。


「ベアト……」


 ベアトはずっと気を失ったまま。

 なんせバケモノにずっと捕まってたんだ、相当に体力を消耗してるはず。

 それに、得体の知れないエンピレオの魔力。

 アレが関係してなきゃいいんだけど……。

 とにかく、荷物のなかからリーダーにもらった小袋を取り出す。


「ちょっとごめんね……」


 たった一つだけ残った、ラマンさんの体力回復薬。

 コイツを小ぶりな唇のスキマに押し込む。

 それから水神の力で出した水を飲ませてあげた。


「……こく、こく……っ」


「どうかな……」


 よし、飲んでくれた。

 これで意識がもどればいいんだけど……。


「…………。…………っ?」


「ベアト!?」


 ベアトがゆっくりと目を開く。

 ぼんやりした、焦点の合ってない瞳で左右を見回したあと、


「……っ!」


 私の顔を見て、パッと花が咲くような笑顔をむけてくれた。

 そうだ、この笑顔だ。

 私の心をずっと支えてくれた、大好きなベアトの笑顔。

 失わずにすんだんだ……。


「よかった……!」


「……っ!?」


 感極まって、おもわずぎゅっとベアトを抱きしめた。

 全身で感じる柔らかくてあったかい体、とくんとくんと刻む鼓動、そして視界にうつる真っ赤になった耳。

 ……真っ赤?


「ご、ごめんベアト! 苦しかった?」


 あわてて体を離しながら謝るけど、


「……っ」


 ふるふる。

 首を左右にふってる辺り、苦しかったわけじゃないのか。

 ……あ、裸だから恥ずかしいのかな。


「……そうだ、ちょっと待ってて」


 私だって、ベアトの裸を他の人に見せたくないし。

 カバンの中から念のために持ってきておいた毛布を取り出して、ベアトに渡してあげた。


「はい、これを体に巻けば恥ずかしくないよね」


「…………」


 なんだろう、なにか違ったのかな。

 微妙な反応をしつつ、ベアトは毛布を体に巻いた。

 大事なところを隠したところで改めて、


「おかえり、ベアト」


 今度は力を入れないように、そっとベアトを抱きしめる。


「……っ!」


 やっぱりベアトは真っ赤になっちゃったけど、その代わり最高の笑顔を浮かべて、私を抱きしめ返してくれた。




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― 新着の感想 ―
[良い点] わーいわーいわーい!(簡素な喜び方ですいません・・・) ついに・・・ついにベアトが・・・帰ってきたああああああああ(省略) [気になる点] 無事再会できたキリエとベアトに対して、結ばれる直…
[良い点] 遂にプラズマ火球を再現とは流石のキリエ!ちなみにプラズマは私たちの世界では「神の造りしもの」というギリシャ語だそうで…それが偽神を粉砕するとは何とも数奇なものですね。 ようやく取り戻したベ…
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