表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

243/373

243 キリエさんみたいに




 もぐってみて、体で感じて初めてわかった。

 この銀色の液体は、魔力が形になったものだ。

 人造エンピレオのおぞましい魔力が、ドロドロになって花弁からしみ出して、ベアトを少しずつ生体パーツに作り変えようとしていたんだ。


 だけど、コイツは恐怖した。

 私の持った赤い剣に恐れをなして、今のままじゃ私に勝てないと思ったんだろうな。

 だからいきなりベアトを取り込んで、完全な力を手に入れようとしている。

 あの子の体を急激に作り変えて、自分の体の一部にしようとしている。


 ……そんなこと、絶対にさせるかよ。


(……ベアトはどんどん根本の方に移動させられていたな)


 下へ下へともぐっていけば、ベアトのところにたどり着くはずだ。

 視界ゼロな銀色の液体を少し進むと、半透明の黒い液体が満ちた細い管の中に出た。

 この液体、どうやらオイルみたい。


(このバケモノ、オイルを血みたいに全身にめぐらせて動いてるってわけか)


 もちろん、このオイルにも本体と同じく魔力がたっぷり。

 普通の炎や火炎魔法で燃やそうとしても、まるで効果がないだろうな。

 とにかく今は、何よりベアトを助けることが最優先。

 下手に攻撃したら、ベアトが巻き添え食らうかもだしね。


 体内にもぐりこまれたってのに不気味なほど抵抗もなく、管の終点に到着。

 底には薄い膜が張られていて、むこうにはうっすらと明かりが見えた。

 かまわず剣で斬り裂くと、流れ出るオイルといっしょに私の体も流し出される。


「ぷはっ……! ベアトは……」


 息つぎしながら見回すと、ベアトはすぐに見つかった。

 正確にはベアトじゃなくて、ベアトをつつんだ銀色のかたまりだけど。

 膜のむこうにあったのは、機械の触手で作られたせまくて丸い空間。

 たぶん、人造エンピレオの根っこあたりだと思う。

 この空間の真ん中に作られたくぼみに、ベアトの入った丸いかたまりがすっぽりと収まっていた。

 さらに触手が大量に巻きついて、人造エンピレオの魔力がどんどん注入されてるみたいだ。


「ベアトっ!」


 触手を斬るためにかたまりへ駆け寄ろうとした瞬間、私の足首に触手がからみつく。

 まあ、こうなるだろうとは思ってたよ。

 取り込まれたのがベアトじゃなかったら、私だって敵の胃袋に飛びこむようなムチャはしなかった。

 でも、ベアトの命がかかってるんだ。

 なんだってやってやるし、どんな危険な目にだってあってやる。


『そのけ そのけん きけん きけ こわす わす』


「やってみろよ、このバケモノが……っ!」


 足首にまとわりつく触手を、赤い剣で斬り飛ばす。

 その直後、今度は右腕、左足、首とおなかに触手が巻きついてきた。


「ぐっ……!」


 ギリギリと絞めつけて、私を絞め殺そうとするつもりかよ。

 そんな簡単にやられてたまるか。

 すぐに剣を自由な左手に持ちかえて、触手を斬り刻む。


『にがさ にが にがさな』


 自由になった瞬間、今度は倍以上の数の触手が襲いかかってきた。

 クソ、せますぎて避けるので精一杯だ。

 早くこの触手をどうにかして、ベアトを助けないといけないのに。

 どうやって助けるんだって話だけどさ。


(ベアトの体をコーティングしているのは、人造エンピレオの魔力が固まったものだ。だったら……)


 この剣なら、コーティングを破壊できるはず。

 ベアトを助けられる可能性はあるよね。

 可能性はゼロじゃない。


 ……そう。

 かもしれない。

 つまり、助けられないかもしれない。


「……っぐ」


 コーティングごとベアトの体が砕け散って、バラバラになったあの子の体がこの空間に散らばっていく。

 そんな光景を想像してしまって、剣をにぎる手が震える。

 ……ダメだ、集中しろ。

 今はとにかく、この触手をどうにかするんだ。


『しんで しん はやくしん わたし かみさま』


 機械の触手は斬ったそばからどんどん再生してる。

 ……考えろ、最後まで諦めるな。

 絶対になにか方法があるはずだ。


「……っ、ベアトっ!」


 聞こえるかわからないけど、大声でベアトに呼びかける。

 折れそうな自分自身を鼓舞こぶする意味もこめて。


「もう少しだけ待ってて……! 必ず、必ず助けるから……っ!!」



 〇〇〇



 真っ暗な空間に、私はぷかぷかと浮いていました。

 どこまで行っても真っ暗な、誰もいない空間。

 なんとなく、現実じゃないことはわかります。

 ここはきっと心の中。

 機械仕掛けの神(ピレアエクスマキナ)の心の中です。


 真っ暗なこの空間に、突然彼女が現れました。

 大司教フィクサーです。

 この人には言いたいことがたくさんあります。


「フィクサー。あなたはこのために、お姉さんを利用していたんですか……?」


「その通りです。全ては私が神となるために」


 現実の世界じゃないからでしょうか。

 私ののどから声が出ます。

 きっと魂同士で会話している、そんな感じなんだと思います。


「さあ、ベアト。あなたも私と同一の存在となりましょう。溶けて一つになって、この新たなる神の一部となるのです。これはあなたが生まれた時から、すでに決まっていたこと」


「……嫌です」


「なぜ、なぜ拒むのです?」


 ぐりゅん、とフィクサーが首をかしげました。

 90度どころか180度近く、頭がさかさまになるぐらいに首をひねって不思議がります。

 その時私は理解しました。

 もうこの人に、対話なんて通じないということを。


「こんなにも、こんなにも心地いいのに。心地いいのですよ?? あぁ、心地いい……」


 彼女の体が崩壊をはじめて、肉のお花に変わりました。

 とっても気持ちよさそうな声を上げて。

 この人はもう、魂まで人間じゃなくなってしまったのですね……。

 フィクサーの根本から肉の触手が伸びてきて、私の体を——魂をからめ取ります。


「……っ」


 そして、私の魂に人造エンピレオの魔力を流しこんできたんです。

 少しずつ、少しずつ自分が自分じゃなくなっていく、とっても怖くて気持ち悪い感覚。

 このまま私も、フィクサーと同じ存在になってしまうのでしょうか。


『——アト……』


「……キリエ、さん?」


 今、キリエさんの声がしました。

 あの人が、もうすぐそこまで来ている……?

 あの人に、もう一度会いたい。

 こんなところで怪物にされてしまうなんて、絶対に嫌です……!


『——ならず、……けるか……っ』


「キリエさん……。そうです……、あの人はいつも、どんな時もあきらめなかった……。今も私のために、あきらめずに戦ってくれている……。だったら……っ」


 どんなに相手が強くても、キリエさんはあきらめませんでした。

 見てるこっちがつらくなるくらい、ムチャをして、ボロボロになって、それでも最後には勝ってきたんです。

 だったら私も……。


「私だって、あきらめません……!」


 なんとなくの感覚でわかります。

 今、私の中に流れてきている人造エンピレオの魔力は、本物のエンピレオとは正反対、ぶつければ打ち消せる。

 より強い力なら、かき消すことだってできる。


「さあ、ベアト、さあ、一つに、ベアト……」


「絶対に……、嫌です……! だって、キリエさんが私のために、ここまでむかえに来てくれてるんです……!」


 完全に私を取り込んだ時、エンピレオと私のリンクは遮断しゃだんされる。

 その時はじめて、私はこの怪物のパーツの一部となるんです。

 だったらまだ、私はまだエンピレオとつながっている。

 つながっているのなら、魔力を引き出すことだってできるはずです。


「だから、あなたは……っ」


 体の奥底でつながっている、おぞましい存在に呼びかけます。

 その代償がどんなものであっても、私は後悔しません。

 あの人の、キリエさんのところに戻れるなら。

 だから私は、エンピレオの魔力を引き出して、そして思いっきり叫びました。

 大好きなキリエさんみたいに。


「あなたは一人でっ、くたばってろーーっ!!」



 〇〇〇



 触手を振り払って、斬り飛ばして、あの子を助ける手段を必死に考えながら、終わりの見えない攻防を繰り返すそんな中。


 ぴしっ。


 ベアトの埋まった銀のかたまりが、ひび割れる音がした。


『そんな そんっ そんなっ』


「な、なに……?」


 ひび割れたスキマから漏れ出る、ぞっとするようなおぞましい魔力。

 それこそ、人造エンピレオなんかとは比較にならないくらいの。


『ありえなっ ありっ わたっ あっあっ』


 バケモノがこれ以上ないくらいにうろたえる。

 私を捕まえようとする触手も、すっかり動きを止めてしまった。


『あぎ ああ ああぁぁ ぁぁ』


 フィクサーの苦しげなうめき声が聞こえて、


 パキィィィィィィっ!!


 銀色のかたまりが粉々に砕け散り、巻きついていた触手が千切れ飛んだ。


 そして、砕けたかたまりの中から現れたのは、


「ベアト……?」


 薄く青みがかった白い髪。

 海のように深い青の瞳。

 首輪と髪飾り以外はなんにも着けてないけど。

 まぎれもない、私の一番大切な人がそこにいた。


「…………っ」


 ベアトは私の顔を見て、ニコっと笑いかけたあと、


「……、……」


 意識を失って、その場に倒れ込んでいく。


「ベアトっ!」


 すぐに駆け寄って、細い小さな体を支えた。

 腕の中に感じる、やわらかくてあったかい感触。

 ちゃんと生きてる。

 呼吸もしてる。


「よかった、生きてる……」


 心の底からホッとしながら、ぎゅっとベアトを抱きしめた。

 勝利のおまじないを受け取ってから一日もたってないのに、ずいぶんと久しぶりに感じるな。


 さっきのアレ、何が起きたのかはわからないし、正直とっても心配だけど。

 でも、今は素直にベアトとの再会を喜ぼう。

 この哀れなバケモノをブチ殺して、ベアトといっしょに帰るんだ。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] こういう「ヒロインを取り込む敵」って大抵ヒロインの意識を奪ってから実行に及ぶなーと思ってましたが(意識ある状態で取り込んでも“中”では気絶してることが多い)…なるほど。 万が一拒絶されたら…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ