241 死なせたくない
「……なるほどな、だいたいわかった」
「よかった、だいたいわかってくれて。私口下手だからさ」
これまでのこと、ベルナさんを片腕に抱えて壊せない触手を弾きながら、馴れない早口で説明したけど、ちゃんと伝わってくれたみたい。
「ま、ともあれベルナさんを抱えたままじゃ満足に戦えねぇだろ。このままじゃ攻撃効かずにジリ貧だしな。いったん退くぞ」
「退く……? 逃げるっての? ベアトを置いて!?」
「落ち着けって、ディバイのとこまで距離を取るだけだ」
……そっか、あの人なら氷の結界を張れる。
触手の攻撃からベルナさんとクイナさん、あとついでにリーチェも守れるんだ。
「……わかった」
ベアトを置いて距離を取るだなんて、本当はガマンならないけど。
もう少しだけ待っててね、ベアト。
必ず助けるから。
力いっぱい触手を弾き飛ばすと、私とリーダーは同時に入り口へと走り出す。
「トーカはどうするの? この作戦、伝わってないんだけど!」
「心配すんな。ユピテル、頼む!」
リーダーが呼びかけると、入り口から木のツタが伸びてきた。
ソイツがトーカの小さな体に巻きついて、
「うわっ、ちょっ、なんだこれ!?」
大混乱のトーカをリーチェごと、広間の外まで引っ張っていく。
「な、心配ないだろ?」
なるほど、こりゃ心配ないね。
……あの男が本当に信用できるなら、だけどさ。
トーカから少し遅れて、私たちも通路へと飛び出した。
その瞬間、
「アイシクルウォール……!」
ディバイさんが通路との境目を、ぶ厚い氷のカベで封鎖。
私たちを追いかけていた触手が、行く手をはばまれてガツンガツンと氷のカベを殴りつける。
「これは……、かなりの力だな……」
ディバイさん、かなりつらそうだな。
汗をたらしながら歯を食いしばって、必死に氷を維持してる。
「悪りいな、少しの間踏ん張っててくれ」
ただ、これでひとまずは安全だよね。
抱えてたベルナさんを下ろしてあげた。
一方のトーカは、自分を助けたユピテルを、なんでここにいるんだよって顔して見てる。
「……お前、敵じゃなかったか?」
「信用してくれ、とは言えないな……」
「ユピテルを信用できなくてもよ、俺を信用してくれ。神に誓って、ソイツは敵じゃねぇよ。……おっと、神なんてロクでもねぇか」
「ま、まあバルジさんが言うなら信じるけどな……。じゃあとりあえず、コイツ持ってて」
リーダーの一言で、トーカも一応は警戒を解いたみたいだ。
信用の証ってことなのか、リーチェをユピテルにあずけて、軽くため息をつく。
「はぁ……。しっかしどうすんだ、これ。あのバケモノ、攻撃まったく効かないぞ?」
「だからって諦めるつもりはないよ。こうしてる間にも、ベアトはどんどん取り込まれていってるんだ」
生体パーツとして扱ってるからか、人造エンピレオがベアトを襲うことはない。
リーチェがはがれたとたんに狂ったんだ。
あの子まで失ったら、きっとものすごくまずいんだろうな。
「つってもよ、キリエちゃん。ベアトちゃん取り戻す作戦はあんのかよ」
「……ないよ、そんなの」
正直、万策尽きてる。
「でもね、絶対に諦めたくない。たとえ死ぬことになったとしても、あの子を取り戻すまであがいてあがいてあがき抜いてやる」
「キリエさん……。ベアトさんのこと、本当に大事なんスね……」
「当たり前だよ、クイナさん」
あの子は、今の私の全てなんだから。
「……皆、話中のところすまないが……、限界のようだ……」
しぼり出すような声で、ディバイさんが告げる。
でも、氷のカベはまだ壊れそうもないけど……。
とか思ってたら、氷のむこうに恐ろしい光景が見えた。
数十本の機械の触手が動きを止めて、先端に魔力のエネルギーをチャージしている光景が。
「まずい! お前ら、伏せろ!!」
リーダーが叫んだ瞬間、触手の先からいっせいに光線が放たれた。
氷のカベが簡単に粉砕されて、広間のカベや天井、通路の先までが破壊されていく。
こんな地下で、なんて攻撃しやがるんだ……!
「うひゃっ!!」
悲鳴をあげたのはクイナさんだ。
粉砕されたガレキの一部が、あの子にむかって大量に降りそそいでいく。
「まずい……!」
みんな、とっさに自分や誰かをかばって動けないみたいだ。
私が行くしかないか……!
△▽△
降りそそいでくるガレキの山。
もうダメだ、って思った瞬間、キリエさんがジブンをかばうように前に出て、ガレキをバラバラに斬り刻んだ。
「……ふぅ。ケガは無かった?」
防ぎきったキリエさんがジブンの方にふりむいたのもつかの間、
「っと、また来たよ」
「ヤバいな……。お前ら、ふんばるぜ!」
さえぎるものの無くなった触手がジブンたちを狙って通路に殺到してきた。
バルジさんやキリエさんたちが迎撃にむかうけど、ジブンには何もできない。
ただ見ているだけの、役立たずなのに……。
「あ、あの……、キリエさん……。どうしてジブンを助けたんスか……?」
「どうして、ってどういうこと?」
「だってジブン、この中じゃ一番役立たずッスし、会ってまだ数日なのに……。なんの得もないのに、かばってくれるだなんて……」
同じ戦えない人間でも、ベルナさんはこの施設に関する知識がある。
それなのに、役に立たないジブンを助ける意味なんて……。
「……どうして、か。……どうしてだろ」
キリエさんも不思議に思ってるみたいだ。
たまたま近くにいたから、とかそんな理由だろうか。
「勝手に体が動いたんだよね、助けなきゃって。……たぶんクイナさんも、私にとって死なせたくない人なんだと思う」
「死なせたく、ない……」
そんな風に思ってくれてたなんて、思わなかった。
キリエさんっていっつも無表情だし、ベアトさん第一って感じですし。
でも、そうか。
こんなジブンを、死なせたくないと思ってくれてるんだ。
本当にクイナかどうかもわからない、こんなジブンを……。
……ジブンも、キリエさんを死なせたくない。
きっとこのままじゃ、キリエさんはベアトさんを無理にでも助けようとして、そして殺されてしまう。
なんの役にたたないジブンでも、何か役に立つことがあるのなら。
ジブンの中にいるジブンじゃない誰かに、もしも力があるのなら。
お願いします、力を貸して……!
——仕方ない、今回だけだよ?
「……え」
頭の中に聞こえた、誰かの声。
次の瞬間、意識が遠くなって——。
●●●
「……まずい状況ね」
研究施設から少し離れた森の中。
ノプトは【遠隔】の能力で『仲間』の目を借り、最下層での光景を目にした。
状況は彼女たちにとって限りなく最悪に近い。
「恐れていた事態が起こってしまったわ……。この世で唯一エンピレオを傷つけられる存在。もしもアレが食欲のままに暴走を始めれば……」
あのような目覚めたての模造品、もちろんオリジナルのエンピレオには遠く及ばない。
しかしベアトを吸収して完全体となり、さらに魂を喰らい続ければ、いずれエンピレオすら脅かす存在になるだろう。
「……なにより、あの怪物の存在を『お姉さま』が許すはずがない」
エンピレオを狂信的に慕う『お姉さま』。
神と同格の存在が存在することを、彼女は絶対に許さない。
「このままでは勇者たちは全滅、それは好都合なのだけれど……。やむを得ない、かくなる上はこれを使うしかないようね」
「使うの? それ」
ノプトが手にしたのは、全体を包帯で巻いた剣。
その布を解くと、真紅のソードブレイカーが姿を現した。
万一の時のため、人造エンピレオを殺すために『お姉さま』から受け取ったもの。
かつて勇者キリエの手にあった、偽りの神を斬るための刃。
「勇者キリエが殺されたら、すぐにあなたを【遠隔】で転移させる。あのバケモノを斬ってもらうわ」
「そうなのね、がんばるの……」
「ええ、応援してあげるからせいぜい頑張りなさ——」
適当に返事をかえしたその時、彼女の手の内にあるソードブレイカーが光につつまれた。
「な……っ! こ、これは……!」
ノプトには、何が起きたかすぐに理解できた。
【遠隔】は支援に特化したギフト。
その数ある能力の一つには、リンクしている仲間が強く願った時、こちらの持ち物を仲間の意思で自動的に転送できる、というものがある。
その力が、今まさに発動してしまっているのだと。
「バカな、自覚などないはずなのに……!」
決して起こりえないはずの現象を目の当たりにし、狼狽するノプト。
その間にも真紅のソードブレイカーは光の粒となって消えていき——。
〇〇〇
「……。……あれ、ジブンは何を——えっ? えっ!? な、なんスか、これ……!」
驚きの声を上げるクイナさん。
戦いの片手間でふりむくと、彼女の手に信じられないものがにぎられていた。
「クイナさん、どうしてそれを……!?」
彼女が両手ににぎっているのは真紅のソードブレイカー。
ジョアナを刺しつらぬいて、共に地中に沈んだはずの剣。
今の私がもっとも欲しかった、エンピレオの力を宿した剣が、とつぜん私たちの目の前に現れたんだ。