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 フィクサー・ストールス。

 エンピレオ教団を立ち上げ、最初の大司教となった初代勇者の末裔まつえい

 大司教は世襲制せしゅうせいを取ってはいないが、彼女の家は最も多くの大司教を輩出はいしゅつした名門の家柄だった。


 彼女も当然、次代の大司教として徹底的な英才教育を受ける。

 それはなかば虐待とすら思えるほどに。

 その甲斐あってか、フィクサーは二十歳という若さで大司教の座に就いた。

 しかし彼女の成長の過程で、ある欲望が異常なまでにふくらんでいた。


 それは、頂点に立ちたいという名誉欲。

 大司教としてパラディの事実上の頂点に立った時にすら、その欲望が満たされることはなかった。


 満たされない欲望を満たすため、フィクサーは聖女の伴侶となることを企む。

 次代の聖女の母ともなれば、さらなる名誉を手に入れられると踏んだのだ。

 ところが、聖女フォルカが伴侶に選んだのは平凡なシスター、ベルナだった。


 それはフィクサーにとって、人生ではじめて味わった敗北。

 気が狂いそうなほどの、この上ない屈辱だった。

 なぜ頂点に立つはずの私が選ばれない。

 あんな身分の小娘が選ばれて、なぜ私が。

 自問自答の末に、彼女はある結論を見いだした。


「……あぁ、そうです。私はまだ頂点に立っていないではありませんか。神という、万物の頂点に」


 『答え』を得た彼女は、すぐに行動を始める。

 生まれた二人の子どものうち、すぐに聖女の力を発現させたリーチェを乳母うばとして引き取り、利用しようと考えたのだ。

 出産を終えてすぐ、聖女フォルカは命を落とした。

 聖女亡きあと、大司教の命令に逆らうことは誰にもできず、リーチェはフィクサーの手に落ちる。


 聖女の寿命についてリーチェに明かし、エンピレオの信仰心が揺らぐように仕向け。

 彼女は手塩にかけてリーチェを育て、そして今。


 ついに、夢はかなった。



 〇〇〇



 エンピレオは自分じゃエサを取らない。

 動けないのか動きたくないのか、勇者という代理人に魔物や人を殺させて、エサを取ってきてもらってる。

 じゃあもし、エンピレオが自分でエサを取る気になったら?

 底なしの食欲にまかせて、手当たり次第に命を奪い始めたら?

 きっとその答えが、今目の前でくりひろげられているおぞましい光景なんだろう。


『おいし おいしい おいいしいい』


 次々と研究員を捕らえて、ひねり殺していく人造エンピレオ。

 殺された魂は、きっとヤツのエサにされている。

 おいしいおいしいって、さっきから連呼してるし。


「あぁ……、やはり人の手で神を造るなど、愚かしい行いだったのです……」


「……違うよ、ベルナさん。アレは神なんかじゃない、ただの狂ったバケモノだ」


 フィクサーの残した服の中から発見したカードキーっぽいモノをベルナさんに手渡しながら、そう告げる。

 目の前のアレはもちろん、本物のエンピレオだって神じゃない。

 あんなバケモノ、神様であってたまるか。


「キリエさん、これは……?」


「それ、認証キーってヤツじゃないですか? それでそーさたんまつ起動して、人造エンピレオを止められれば……」


 そうすれば、ベアトを救える。

 あのバケモノだってどうにかできる。

 ……って思ったんだけど、ベルナさんは残念そうに首を横にふった。


「……ダメです、あれは明らかに意思を持ってしまっている。もはや機械とは呼べません。停止命令など聞かないでしょう。もはや人の手ではどうすることも……」


「そんな……。じゃあベアトは……!」


「どうにかして、無理やりに引きはがすしかありません……。その結果、何が起こるかは未知数ですが……」


「未知数……」


 それって、引きはがしたら死んじゃうかもってこと……?

 そんなのアリかよ……。


 ベアトを失うなんて絶対に嫌だ。

 ベアトは私のすべてなんだ。

 あの子に死なれたら、もう私に生きてる意味なんて……。


「ふ、二人とも……。話してるトコ悪いんだけどさ、なんかヤバそうだぞ……」


 トーカの少し震えた声での呼びかけに、私とベルナさんは人造エンピレオへと意識をむける。

 あのバケモノ、ちょうど最後の研究員を捕まえてエサにしたところだ。


『たりない もっと もっ たべたべたい』


 全員平らげても、ヤツの食欲は収まらない。

 となれば、当然次に狙ってくるのは私たち、だよね。


「来たぞっ!」


 案の定、ヤツは次のエサとして私たち三人を狙ってきた。

 たくさんの触手が私たちを捕らえようと、ものすごい勢いで伸びてくる。


「ベルナさん、つかまって!」


「は、はい……! あの、トーカさん、リーチェを……」


「し、しょうがないな……」


 ベルナさんの体を片手で抱きかかえて、触手を横っ飛びで回避。

 トーカも大慌てでリーチェを抱え、私とは逆方向に飛びのいた。

 ところが触手は私たちの逃げた方へ、ぐるりと方向転換。

 勢いそのままに伸びてくる。


「この……っ!」


 片手に持った剣に練氣レンキをこめて、思いっきり叩きつけた。


 ガギィィッ!


 甲高い金属音がして、触手を弾き飛ばすことに成功。

 だけどキズ一つつけられず、触手はすぐに追いかけっこを再開する。


(クソ、このままじゃ……)


 トーカも私も、いつかスタミナ切れで捕まっちゃう。

 それ以前に、ベアトを助ける方法を探すことすらできやしない。

 休んでるヒマも考えてるヒマもないんだもん。

 せめてあの人たち(・・・・・)がいてくれたら、まだマシなんだけど……。


「うわっ!」


「トーカ!?」


 トーカの叫び声に目をやると、リーチェを抱えていない方の、右のガントレットが触手に巻き付かれてる。


「この、やられるか……!」


 ガントレットを砂鉄にもどして、さっと手を引き抜くトーカ。

 その間に、背中側からもう一本の触手が伸びてきていた。


「トーカ、後ろ!」


「え? あ——」


 ダメだ、もう遅い。

 ふりむいたトーカの数メートルに、機械の触手が迫って——。


 カァンッ!


 トーカに触れる寸前、透明なカベに弾かれた。


「あ、あぶなっ! 今のは……!?」


「氷のカベ——っと、こっちにも……」


 トーカの方を見てる場合じゃなかった。

 私の方にも触手が何本も迫ってる。

 ベルナさんを抱えたまま、全部をさばくのは難しいね。

 ……私一人なら。


「リーダー、背中側任せていい?」


 トーカを守った氷のカベを見た瞬間、それがディバイさんの魔法だとわかった。

 それと同時に、私のところへ突っ走ってくるリーダーも見えたんだ。

 やっと、来てくれた。


「おう、任せときな」


 私の後ろに飛び込んできたリーダーといっしょに、背中合わせで剣を振るう。

 ガキンガキンと弾きつつだけど、再会を喜ぶとしようかな。


「遅かったね、待ちくたびれちゃった」


「わりぃ、相棒とはぐれちまってな。合流するのにちょいとかかっちまったんだ」


 入り口のむこう、通路側にはディバイさんとクイナさんの姿が見える。

 よかった、あの子は助け出せたんだ。

 ……それともう一人、いるはずのない人間がいるんだけど。

 クイナさんの村で襲ってきた、樹木使いのあの男だ。


「……今のアイツは敵じゃねぇ。そう殺気を出してやんな」


「……ん、わかった」


 リーダーが言うんなら、きっと間違いないんだろうな。

 ディバイさんもクイナさんも警戒してないし、敵意も感じない。


「で、コイツはどういう状況だ? 手短に説明してくれると助かるんだけどよ」


「そうだね、手短に話すよ。どれだけ打つ手無しのヤバい状況なのかをね……」




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[良い点] リーダー合流!狂ったおばさんのせいで、そのチンケな自我が消し飛んだあとも止まらない狂った事態が加速するなか、この援軍はありがたい! 実際赤い石なり、それに準ずるものなりが無ければ人工エンピ…
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