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239 怪物の産声




 あの女って、そーさたんまつのそばに転がってた死体のことだろうか。

 何が起きたのか私にはさっぱりだけど、とにかくフィクサーにとって大変まずい事態が起きてるみたい。

 ヤツがうろたえている間にも銀色の液体が引いていって、その下からベアトにそっくりの女の子が現れた。


(……あれって、聖女リーチェ?)


 どこにもいないと思ってたら、あんなところに囚われてたんだ。

 私が来る前に、こいつら仲間割れでもしてたのか?


「リーチェ!」


 ベルナさんが叫ぶと同時、リーチェの体が完全に開放された。

 支えを失ったその体が、花弁から真っ逆さまに落ちていく。


「このままでは……! トーカさん、お願いします、あの子を……!」


「うぇっ!? よ、よくわかんないけど、わかったぞ!」


 ベルナさんのお願いを受けて、落下地点にトーカが急行。

 ジャンプしてリーチェの体をキャッチし、軽やかに着地した。


「……うん、無事みたいだ」


「あぁ、リーチェ……!」


 すぐにベルナさんが駆け寄って、リーチェを強く抱きしめた。

 当のリーチェは、目を開けたままぼんやりとして何の反応も返さないけど。

 あとさ、私としてはなんでベアトが捕まったままなのか納得いかない。


「油断を誘うため、時間差でこうなるように仕込んだというのですか……? なんということを……! ノアッ、あの奴隷崩れがァァァッ!!!」


「ノア……? もしかしてあの死体が……」


 うつぶせで転がってるあの死体、そういえばノアと同じ青い長髪だ。

 アレがノアだとして、なんだってこんなとこにいるんだ?


 私にとってはわからないことだらけだし、まあ考えてもムダだよね。

 今大事なのは、これがフィクサーにとって非常にまずい出来事だってこと。

 私たちにとって良い出来事なのかは、これもまたわかんないけどね。


「おのれッ、おのれェェッ——え゛っ」


 絶叫を続けていたフィクサー。

 その体がビクンと震えて、突然固まってしまった。


「え゛っ、え゛っ」


 しゃっくりみたいなおかしな声を上げながら、ビクンビクンと体を痙攣けいれんさせる。

 白目をむいて口からよだれを垂らして、ついでに頭から脳みそ垂らして、正直すっごく気持ち悪い。

 そしてなんと、


「え゛あ゛あぁ゛ぁぁぁぁぁ゛ぁ……」


 ヤツの体が足元から溶けはじめた。

 足から胴体、腕、そして頭。

 順番にドロドロの肉スープになって、うめきながら溶け落ちていく。

 最後には身に着けていたものだけを残して、ドロドロしたピンク色の半固体になってしまった。


「……死んだ、の?」


 衝撃的な光景に、私は思わず心に浮かんだ純粋な疑問を口にした。


「……おそらく。リーチェが排出されたことによって、体内に取り込んでいた機械仕掛けの神(ピレアエクスマキナ)の力のバランスが崩れ、制御できなくなったのでしょう」


 私の問いかけに答えてくれたのはベルナさん。

 溶けたフィクサーの残骸を悲しげな目で見つめながら、そう説明してくれた。


「哀れな人……。人間の身で、神になどなれるはずがないのに……」


「 う ぇ ぃい ぇ す 」


 ……え?

 なんだ、今のうす気味悪い変な声。

 ベルナさん、両手で口元をおおってフィクサーの残骸の方を見てる。

 あと、トーカも唖然とした表情で同じところを。

 あわてて私もフィクサーの残骸へとふり返る。


 ぐじょり、ぐじゅるじゅる。


 そこに広がっていたのは、目を疑いたくなるような光景。

 溶けて床に広がっていたフィクサーの肉が一か所に集まって、何かに引っ張り上げられるように中央部分が盛り上がっていく。

 まるで植物が成長していくように、肉の茎が伸びていき、最終的に花弁のような形の肉が粘液を引いて広がった。


「わたしは かみ に なったの です 」


 今度ははっきりと、人間の言葉で聞こえる。

 そりゃそうだ、口から言葉を発しているんだもん。

 肉の花弁の中心にある、歯茎がむき出しになった口から。

 真っ白な歯をガチガチと鳴らしながら。


「フィ、フィクサー……、なのですか……?」


「かみ わたし かみに かみになっ なったっ」


 ベルナさんが震えた声で問いかけても、コイツは答えを返さない。

 フィクサーとしての自我は、完全に失われてる……?


「……これ、なに? ベルナさん、わかる?」


「わ、私にもわかりません……。こんな、人間がこんな姿になるだなんて……」


 ベルナさんすら知らない未知の現象、か。

 ただコイツ、神殿の地下で見た肉塊によく似てる。

 ギフトの力を無理やり注入された人間のなれの果てに。

 ……それと、この広間の真ん中に佇んでいる人造エンピレオにも。


「かみっ ひとっ ひとつっ に」


 フィクサーがなにか、甲高い声でわめき始めた。

 それに反応するように、人造エンピレオの中間、クキの真ん中あたりから機械の触手が飛び出し、フィクサーへと伸びてきた。

 もしかしなくてもこれ、なにかヤバいことが起きようとしてる……!?

 とにかく触手がヤツにたどり着く前になんとかしなきゃ。


「ひとつっ ひとっ あはははっ」


「……っ、大人しく死んでろっ!」


 手にした剣に練氣レンキを伝わせて、すぐさまフィクサーに斬りかかる。

 だけど、ぶよんっ、とした感触とともに、私の剣ははじき返された。


「くそ……っ!」


 やっぱりエンピレオの力じゃないと効果がないのか。

 ダメージを与えられないまま、触手が肉塊に到達。

 ぐるぐる巻きに巻きついて、すごい勢いで巻き取られていく。

 フィクサーだった肉塊は猛スピードで人造エンピレオへと引き寄せられ、


 べちゃっ!


 触手が完全に巻き取られると同時、クキに激突。

 しめった音を立てて、肉塊がへばりつく。

 そこから血管みたいなくだが伸びていって、肉塊がどくん、どくんと脈動を始めた。


「な、なんだアレ……。まるで心臓みたいだぞ……」


 トーカも私とおんなじ感想持ったみたいだね。

 ともかく、人造エンピレオに何かが起ころうとしてる。

 このままじゃ、捕まったままのベアトが危ない……!

 なんとかしてアレを止める方法は……。


「……そうだ、認証キー」


 フィクサーが言っていた。

 そーさたんまつを起動するには認証キーが必要だって。

 急いでフィクサーの着てたローブを拾い上げ、中をあさる。

 なにか、なにかそれらしきものは……。


「……もしかしてこれ?」


 ネックレスみたいに鎖が通された、リーダーが持っているのと少し形が違うカードキー。

 きっとそうだ。

 これをベルナさんに渡して——。


『かみ わたし なれた うれしい かみ』


 耳ざわりな声が、この空間中に響きわたる。

 それと同時に、人造エンピレオの根本から大量の触手が飛び出した。


「ひ、ひぃぃぃぃっ!!」 


 恐怖の声を上げたのは、ずっと腰を抜かしていた研究者のうちの一人。

 その声に反応したように、触手の一本がソイツにむかってまっすぐに伸び、さっきのフィクサーみたいに体を絡め取る。


「いやだ、助け、助けてぇぇぇぇっ!!!」


 悲痛な叫びを残して、研究員はクキの部分に叩きつけられ、


 べちゃっ!


 血をまき散らしながら叩き潰された。


『たましい おいしい おいしい もっと たべたい』


 人造エンピレオ——いや、フィクサーなのか?

 とにかくヤツは自分で人を殺して、その魂を喰らえるんだ。

 怪物は味をしめたのか、次々とこの場にいる研究員たちに触手を伸ばし、殺していく。


「うああぁぁっ!! あぎゃっ」


「嫌だ、死にたくなっ、ぐぼ……っ」


 正直、寒気がした。

 新たに生まれたバケモノが嬉しそうに人を殺してその魂をむさぼる様は、とても神だなんて思えなかった。




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― 新着の感想 ―
[良い点] 半端なところでリーチェが排出されたせいで、まさかこんなことになろうとは…!謂わば人工勇者のエンピレオ版、人造ならぬ人工エンピレオ…!? 赤い石の武器はないし、時間が経つほどベアトが危なくな…
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