238 せいぜい恐怖しろ
各地のクレーターに眠る赤い石。
はるか昔、大きな赤い星が落ちたあと、各地に降りそそいだ星のカケラ。
その本当の正体がなんなのかはともかく、エンピレオの力を宿していることは確かだ。
素の状態じゃ一切の衝撃や魔力を受け付けなくて、勇者が触れるとカケラを落として一時的に魔物を生み出す機能を停止する。
分かれたカケラは加工や破壊が可能になるけど、カケラの方には魔物を作る機能が残ってるみたい。
以上が、私が今この鉱物について知っていること。
そして今、新しい事実が判明した。
「ぐ……っ、があぁぁぁ……! キズ……、私の体に、キズが……!」
人造エンピレオの力に対抗できる力を、この石が持っていたってことだ。
どんな攻撃も効かなかったフィクサーが、頭から血を流して苦しんでる。
コイツで思いっきり殴りつければ、フィクサーを殺せるかもしれない。
(でも……)
問題は赤いカケラの耐久力だ。
今の激突で、もう小さなヒビが入ってる。
アイツを殺せるほどの力で殴りつけたら、きっと粉々になっちゃうだろうな……。
つまりチャンスは一度だけ。
一度の攻撃で、確実にヤツを殴り殺さなくちゃいけないんだ。
「ぐ……っ、その石……! 『獅子の分霊』を持っていたとは……!」
片手で顔をおさえながら、フィクサーがこちらをにらみつける。
必死に強がってるけどさ、怯えの色が隠しきれてないよ?
さっきまでの余裕、どっかに行っちゃったみたいだね。
「どうやらアンタの無敵とやら、ちっとも無敵じゃなかったみたいだね」
「抜かせ……! そのような石、砕いてしまえばぁぁぁっ!!!」
そうやって叫ぶのも、本当は怖いからだろ?
私のことが、怖くて怖くてたまらないんだろ。
いいよ、そうやってもっと怖がってろ。
そうすればスキが生まれて、お前を殺せる。
「ご先祖様、我にご加護を! 【聖剣】の力をッ!!」
フィクサーの全身から魔力がみなぎって、私のまわりに次々と剣が出現していく。
十本や二十本じゃない、真横から真上まですきまなくびっしりと。
遠目にみたらまるで半円状の、金色のドームみたいに見えそうだ。
「どうです! もはやあなたに逃げ場は無い! 隙間なく襲い来る剣の壁に圧殺されるがよい!」
「……逃げ場が欲しいの、私じゃなくてアンタでしょ。怖くて怖くて逃げたくて、私をこんなもので囲んだんだよね?」
「黙れ! 私は無敵の力を手に入れたのです! 勇者ごときに、恐怖するはずなどはないっ!!」
叫びと共に、フィクサーが両手を振り下ろした。
そのとたん、私のまわりを取り囲んでいた全ての剣が、同時に私にむかって飛んでくる。
「あははっ! そのままハリネズミになりなさい——」
ブオンっ!!
練氣・金剛力を発動してパワーを上げた右腕で、剣を振るって一回転。
巻き起こった風圧で、全ての剣がふっ飛ばされた。
「なっ……!?」
「あんたさ、戦いなんて初めてでしょ。ギフトの使い方も全然ダメ。ご先祖様、いろんな意味で浮かばれないね」
「……ッ、黙りなさいと言っているでしょう!」
ふっ飛んでいく剣たちが動きをピタリと止めて、切っ先がいっせいに私へとむいた。
そのままUターンして、またこっちに飛んでくる。
だけど今度はタイミングがてんでバラバラだ。
つまりはスキマだらけ。
こんなの簡単に抜けられる。
「このギフトもさ、本当はもっと強いんだろうね」
とがったものを呼び出して飛ばすだけなら氷魔法でもできる。
それこそタリオに同じようなことやられたよ。
「黙れ黙れ黙れェェェェェッ!!」
叫びながら剣を飛ばしまくるフィクサー。
もうヤケクソだね、見苦しいったらありゃしない。
人の後ろにコソコソ隠れてた黒幕なんて、表にひっぱり出されればこんなもんだ。
「……練氣・月影脚」
足に練氣をまとってスピードアップ。
飛んでくる剣のスキマをすり抜けて、フィクサーめがけて駆け抜ける。
「私は、私は神の力を手に入れたのです! それが、貴様ごとき小娘に後れを取るなど……ッ!」
ヤツの右腕、ひじから先が変化して巨大な刃に変化した。
私が間合いに入った瞬間、フィクサーはソイツを横振りになぎ払う。
そんな苦しまぎれの反撃も、私が上に飛び上がって空振りに終わった。
「こんな、こんな……っ」
恐怖に歪んだ表情を浮かべたフィクサーが、背中を見せて逃げようとする。
そんなに怖いんだね、この石が。
「逃がすかよっ!」
ずるずる床の上を引きずってる長いローブの裾めがけ、左手ににぎった【機兵】の剣を投げつけた。
ザクッ!
布地を貫通して床に突き刺さり、ヤツはその場に縫い付けられる形になる。
「こ、小癪な……っ!」
足を止めたフィクサーがローブを引きちぎるまで、きっとわずかな時間しか稼げない。
でも、そのわずかな時間で十分だ。
剣を投げて自由になった両腕に、練氣・金剛力を発動して腕力を最大限に強化。
赤い石を両手でがっしりとつかみ、思いっきり振りかぶった。
「フィクサァァァァッ!」
気合いの叫びにフィクサーの肩が震えて、バッと私の方を見上げる。
その瞳には明らかな怯えの色。
一方の私は、視線だけで殺せそうなほどの殺意を込めてにらみ返し、体を回転させながら勢いを乗せて、
ゴシャァァっ!!
全身全霊、赤い石を脳天に叩きつけた。
ぶん殴った衝撃で石は粉々に砕け散り、赤い破片がパラパラと宙を舞う。
「……ぁ゛っ」
短いうめき声を出して、前のめりによろめくフィクサー。
油断はせずに素早く剣を引き抜き、飛びのいて距離を取る。
今の一撃で殺せてなかったら、もう打つ手ナシ。
頼む、脳天カチ割れて死んでくれ……!
「っあ゛ぁ゛ぁぁぁ゛ぁぁ!! 小娘がッ! 勇者の小娘ごときがぁぁぁ!!」
……ダメだ。
脳天から噴水みたいに血をまき散らして、割れた頭から脳みそ飛び出してるのに。
それなのにコイツ、まだ生きてやがる。
「神の力を手に入れた、神に等しいこの私にっ、このような無礼をををおおおぉぉぉっ!!」
「何がカミだっての、まるっきりバケモノだろうが……!」
さて、ホントに困ったな。
赤い石は見事に粉々、とがった破片すら残ってないってのに……。
「バケモノではない、神だ! 私は神なのですッ! あははははっ、勇者キリエ! あなたにはもう、私を殺す術は残っていな——」
ずるっ。
「……い?」
今の、なんの音だ?
私はもちろん、フィクサーまで不思議そうな顔をしてる。
死の恐怖から解放されてすっかり調子に乗ってたくせに。
音がしたのは、どうやら人造エンピレオの花弁から。
見上げると、ベアトのとなりにあった膨らみを覆っていた、銀色の液体が少しずつ引いていってるみたいだ。
「な……っ、バカな……! なぜ、どうして……!」
フィクサーのヤツ、やけにあわててるな。
目の前にいる私をほったらかしにして。
その間にも、銀色の膨らみはどんどん小さくなっていく。
「ま、まさかあの女……ッ! 最期に操作していたのは触手ではなく、聖女リーチェの強制排出……!?」