237 神の力
フィクサーのヤツ、頭まるごと思いっきり沸騰させてやったはずなのにまったくの無傷だ。
ジョアナみたいに【治癒】のような回復能力で逃れたわけじゃなさそう。
ヤツの持ってる勇贈玉は、たぶん剣を出して操るものだ。
それに、なんか気になることをほざいてた。
「神の力……? 何なのとつぜん、神にでもなったつもり?」
「当たらずとも遠からず、ですね。今の私は神と同等の存在なのです」
あの自信。
まさかアイツ、私の沸騰攻撃が効かないのか……?
確証は持てないけど、試してみるか。
もう一度、ヤツの顔面に【沸騰】をブチ込めばハッキリする。
「くだらない寝言ならさぁ、オバサン。死んでから思う存分吐いてなよ」
「不敬な……」
フィクサーが両腕を広げると、ヤツのまわりに大量の剣が現れた。
みんなさっきとおんなじデザイン。
宝石が埋め込まれた金の柄と、ピカピカの鏡みたいな刀身の豪華な剣だ。
「初代勇者から受け継がれる、この【聖剣】の錆となりなさい」
ヤツが片腕をふると、剣がいっせいに私めがけて飛んでくる。
「初代だかなんだか知らないけど……!」
ただ剣を数にまかせてたくさん飛ばすだけ。
こんな攻撃当たるかよ。
フィクサーにむかってまっすぐに、剣の弾幕のど真ん中を突っ切っていく。
走りながら顔を軽くかたむけて最小限の動きで避け、直撃コースの剣だけを弾き飛ばしながら。
「なん……っ!」
驚いてるね、これでなんとかできると思ったのかな?
だとしたら、とんだ見当違いだよ。
あっという間にヤツの目前まで到達、右手に【沸騰】の魔力をみなぎらせて、顔面につかみかかった。
ガシィっ!!
「弾け飛べ、破砕!」
今度こそ即死させてやるつもりで、一気に大量の魔力を注ぎこむ。
これで確実に頭の水分全てが瞬間沸騰して、顔面丸ごと爆散するはず。
「………………」
はず、なんだけど。
「……ふふふふふっ」
「……やっぱり。さっきも【沸騰】効いてなかったんだ」
つかんだ手を引くと、ヤツの頭はまったくの無傷。
今ごろ脳みそや目玉をまき散らして弾け飛んでるはずなのに、フィクサーには何も起こらない。
「いえ、先ほどはちゃんと効いていましたのよ? ですが、間に合ったのです。魔力を流された直後に、この身に神の力を宿すことに成功したのです」
「また意味不明な……!」
とか言いつつだけど、だいたい理解した。
どういう方法か知らないけど、きっとコイツはエンピレオの魔力を体に取り込んで、ヤツと同質の力を手に入れたんだ。
もちろん、本物には大きく劣るんだろうけど。
とにかく、今のヤツには【沸騰】……いや、たぶん魔力による攻撃は効かない。
だったら直接攻撃はどうか。
「練氣・鋭刃!」
刃に練氣を込めて、切れ味を強化した剣で斬りかかる。
脇腹から胴体を横向きに真っ二つにしてやるつもりで。
だけど……。
べにょんっ。
気の抜けた音がして、私の剣はヤツの体にはじき返された。
ローブは斬れたけど、そこからのぞくヤツの肌にはキズ一つない。
これでハッキリしちゃったか……。
「うふふ。その顔、どうやら理解したようですね。この私に、神にあらゆる攻撃は通じない!」
……認めたくない、最悪の事態だけどね。
なんとか攻略法を見つけなきゃ、もうどうにもならない。
「……ベルナさん!」
可能性があるとしたらたった一つ。
そのカギとなるのはベルナさんだ。
「今すぐ人造エンピレオの機能を停止させて! トーカはその間、ベルナさんをお願い!」
どういう仕組みでフィクサーが力を得ているのかさっぱりだけど、フィクサーの力の源は間違いなく人造エンピレオ。
アレを止めれば、きっとコイツは力を失うはず。
そして、アレを止められる知識を持ってるのはベルナさんだけ。
「は、はい……!」
「わかった!」
「みすみす行かせるとでも?」
機械のハコに走っていく二人に、フィクサーが左手をかざす。
また剣を大量に召喚され、ソイツがベルナさんめがけて飛ばされた。
すかさず攻撃の射線上に割り込んで、
ガギガギガギガギィッ!!
剣で全てを弾き飛ばす。
「コイツは私がおさえるから!」
「助かったぞ! さ、ベルナさん、今のうちに……」
「え、ええ、急ぎましょう」
攻撃が効かなくても、作業が終わるまで抑え込んでおくことはできる。
練氣を維持したまま、フィクサーの首、二の腕、足を狙って何度も斬りつけた。
「勇者……! ちょこまかと……!」
「そのあせり具合、アレを止められるとまずいみたいだね」
よし、私の狙いは当たってたみたい。
ちょうど今、機械の前に二人がたどり着いたところだ。
あとはベルナさんがアレを操作して、なんとか止めてもらえば。
「ま、まずい……! ベルナ、やめなさい!」
フィクサーが汗をたらして、ムダな叫びを上げる。
よし、この勝負もらっ——。
「なーんて」
フィクサーがニヤリと口元をゆがめる。
とっさにベルナさんたちの方をむくと、機械のハコの上にでっかい剣が現れて、今まさに落ちてくるところだった。
「勇者キリエ、果たして抑え込まれていたのはどちらだったのかしらねぇ?」
しまった、【聖剣】とかいうギフトの能力、あそこまで射程が長かったのか……!
でも、何よりも問題なのがヤツの攻撃の行く先。
ベルナさんじゃなくて、機械の上……?
少しだけ遅れて、トーカも上からの攻撃に気づく。
「……っ! ベルナさん、危ない!」
「え……っ」
操作をはじめようとしていたベルナさんをトーカが抱えて、機械から飛び離れる。
次の瞬間、でっかい剣が機械のハコに突き刺さって叩き壊した。
「な、なんで機械を……! 人造エンピレオの操作に必要なんじゃ……!」
「残念でしたわねぇ。この格納庫にある操作端末はたしかにアレ一つ。ですが、他の場所にも操作端末は無数にあるのです。アレ一つを失ったところで、痛くもかゆくもない」
「だ、だったら……。トーカ、他のそーさたんまつを探して——」
「ムダムダぁ! ここの端末はアクティブな状態でしたが、その他の端末は起動に認証キーが必要なのですよ。力ずくではどうにもならないカギがねぇ!」
……そんな。
もう、ダメなのか……?
「あははははははっ!! さらなる絶望をお教えしましょうか!!」
勝ち誇りに勝ち誇ったフィクサー。
ものすごい笑顔で、なんかペラペラとしゃべりだす。
……落ち着け、まだあきらめるな。
必ず倒す方法はあるはずだ……!
「エンピレオは無敵、あらゆる攻撃を受け付けない! 質の異なる、同格の力以外では傷つかないのです!」
しつのことなる、どーとーの……?
「……つまりどういうことなんだ、勝ち誇るならわかりやすく勝ち誇れよ」
「おバカな勇者様にも分かりやすく説明するとですねぇ。エンピレオの力を変質させた機械仕掛けの神、およびその力を得た者を傷つけるには、まったく同格となる別の存在の力が必要なのです」
「……つまり、エンピレオの力を宿したモノがあればアンタを殺せるってことか?」
トーカの問いかけに、調子に乗って浮かれたフィクサーが返答する。
「ええ、その通り。ですがそんなモノ、あなたたちは持っていない! つまり、あなたたちに勝ち目はな——」
ガゴッ!!
「……い?」
勝ち誇ってたフィクサーの横っ面に、ゴツゴツした真っ赤な石が飛んできた。
ソイツが当たってにぶい音が響き、フィクサーの頭からダラダラと血が流れだす。
「攻撃が、効いた……?」
ゴロゴロと転がってきたソレを、私はとっさに拾い上げる。
「なるほどな、完璧に理解したぞ」
投げたのはトーカだ。
クイナさんを拾ったクレーターで回収した、赤い岩のカケラ。
ずっと持ち歩いてたアレを、トーカがフィクサーにぶん投げたんだ。
「キリエ、その石なら、コイツを殴り殺せるってことだ!」