233 この先にいる
ロープから手を離して、昇降機の上に着地。
そのまま屋根をブチ抜いてやろうかと思ったけど、すぐそこに小さな金網を発見。
コイツを取り外すと、昇降機の天井から中に入ることができた。
「よっと。……中は明かりがついてるんだね」
「ボタンがたくさん並んでるな。それとトビラ。開くのか、これ」
続いて降りてきたトーカといっしょに、矢印が書いてあるトビラが開きそうな感じのボタンとかをカチャカチャ押してみる。
だけど昇降機は動かない。
やっぱり止められてるみたいだ。
「まいったな。最下層の出口はこの昇降機がふさいじゃってるし……。キリエ、いったん戻って一つ上の階から——」
バキャァァッ!!
「……開いたよ?」
練氣を足にこめて、トビラを思いっきり蹴り破ってやった。
これなら問題なく最下層を探索できるね。
「お、おう……。たしかに入る時もそんな感じだったしな……」
なんで少し引いてるかな。
手っとり早くていいじゃんか。
さて、昇降機を降りた先はまっすぐな通路になっている。
左右にたくさんトビラは並んでるけど、きっとこんな小さなトビラのむこうに人造エンピレオはいないよね。
探すならもっと奥だ。
それに、ここまで来たならハッキリわかる。
通路の奥から漂ってくる、気味の悪い強烈な魔力。
「……ねえ、トーカも感じてる?」
「あぁ、嫌ってほど感じるぞ……。ディバイさんが気分悪いって言ってたの、今なら納得だ……」
トーカも感じてるんだ。
けわしい表情を浮かべて、通路の先をにらんでる。
「この先に、人造エンピレオが……」
「うん、いる。たぶん聖女リーチェと、大司教フィクサーも。……もちろん、ベアトも」
昇降機から降りて、通路に一歩を踏み出す。
その瞬間、
シャッ!
たくさん並んだドアがいっせいにスライドして、大量の敵が現れた。
魔導機兵にドラゴキマイラ、それから勇贈玉の力を無理やり注入された元人間の肉塊たちが。
「おうおう、敵さんとうとうなりふり構わなくなったみたいだな」
そうだね。
私を強くしちゃいけない、とか考えてる余裕すらなくなったっぽい。
もっとも、今さらこんなザコを殺したところで、ほんのちょびっとしか強くなれないけどね。
「正面突破だ。一気に駆け抜けよう」
「お前はそれでいいんだろうけどさぁ……。はぁ、がんばって付いてくか……!」
トーカが手持ちの砂鉄からバスターガントレットを作り出して、両手に装着。
ごめんね、トーカにはちょっとヘビーだろうけど、ベアトがもう目の前だってのに止まってられないんだ。
「……練氣、鋭刃」
トーカにもらった剣に練氣を込めて切れ味強化。
先頭のゴーレムに距離を詰めて一気にぶった斬り、そのまま敵の群れに飛びこんだ。
(コイツらじゃ私は殺せない、そんなことは敵もわかってるはず……)
目的は明らかに時間稼ぎ。
つまり敵には時間を稼ぐ意味があるはずだ。
だとしたら、一刻も早くベアトのところに行かないと……!
●●●
時は少々さかのぼり、キリエたちの侵入から数十分後。
機械仕掛けの神の根本、制御端末にむかいながら、聖女リーチェは次々と届く絶望的な報告を耳にしていた。
「聖女様、監視映像からの報告です! 人工勇者アレス、勇者キリエとの戦闘の末死亡!」
「バルジ・リターナー、またもや刺客を退けました! ユピテルが交戦に入った模様!」
「…………」
この場にいるのは数人の研究員、そしてリーチェとノア。
ベアトは胸元あたりまでを銀色の液体に飲まれ、すでに意識はない。
大司教フィクサーの姿も、いつの間にか消えていた。
すべては順調なはずだった。
ソーマがしくじった時から、全ては狂い始めた。
少なくとも、リーチェはそう思っていた。
やり場のない苛立ち、あせり、恐怖がリーチェの中にふくらんでいく。
もう勇者を止める術はない。
神の力を頼みにしようにも、
「ベアトの吸収、進捗はどうなっているの……?」
「げ、現在、50パーセントを突破したところです……」
この有りさまだ。
本来の予定は夜明け。
完成にはまだほど遠い。
ベアトを奪われた勇者キリエの行動は、あまりにも迅速、かつ苛烈だった。
「機械仕掛けの神の起動には、早くても三時間——」
「……遅い! 遅い遅い遅いっ!! 勇者がそこまで来ているのよ!? 今すぐ起動しなさい、今すぐに!!」
「む、無茶です……! それが不可能なのは、あなたもよくご存じのはず……」
「黙れッ! 口答えするな!! はぁ……、はぁ……っ」
わかっている。
怒鳴り散らしてもどうにもならないことはわかっている。
しかし、間近に迫る勇者キリエの恐怖から少しでも逃れるためには、こうするしかなかった。
こうしなければ、気が狂ってしまいそうだった。
「……リーチェ様」
肩を上下させながら端末をにらみ続けるリーチェ、その様子を見かねたノアが、肩に手をのばす。
気配を感じ取ったリーチェは、ふりむきざまに左手を振るった。
「っ触るな!!」
パシィッ!
軽く手を払いのけるだけのつもりだった。
しかし、手に伝わるのは、研究員の頬をはたくたびに味わうよく知った感触。
「あ……」
自らの左手の甲がノアの頬を強くはたいてしまったことを、リーチェは少し遅れて理解した。
頭にのぼっていた血が、急激に引いていく。
じっと自分を見つめてくるノアに耐えきれず、彼女は視線をそらした。
「……わ、私の後ろに立ったあなたが悪いのよ!」
「…………」
ノアは黙ったまま、そっと手を差し出す。
肩を震わせて目をつむったリーチェ。
その小さな体を、ノアはそっと抱きしめた。
「……いっしょに、逃げましょう」
「に、逃げる……? なにを言って……!」
「機械仕掛けの神の完成は、もう不可能です……。このままでは、リーチェ様が勇者に殺されてしまう……。全てをあきらめて、私といっしょに逃げてください……」