232 正常と異常と
「ディバイさんが殺し屋……? しかも、殺しを楽しんでたって……。そ、そんなの信じられません……」
「事実だ……。金で動き、趣味と実益を兼ねて人を殺す……。それが数か月前までの俺だった……」
信じられない、という顔だな。
それほどまでに俺は『いい人』だったのか。
なにも意識せず、普通に過ごしてきたつもりだったが、以前の俺からすれば考えられないことだ……。
「運命が変わったのは、今から二月ほど前だったか……。その日……」
——その日、俺のもとに一通の手紙がきた。
差出人は不明、依頼の内容も書いていない。
しかし報酬はケタ違い。
見るからに怪しいが、マトモな仕事が来ないのはいつものこと。
罠だとしても、切り抜ける自信と腕前はある。
俺はすぐに指定された場所へとむかった。
聖地ピレアポリスの純白の街並みの奥深く、薄汚れた裏路地で待っていたのは、顔を隠した依頼人。
ソイツに連れられて、俺はひそかに大神殿へと通された。
そこで初めて、大司教の代理だという神官から仕事を依頼されたんだ。
「……バルジ・リターナーという男を殺してくれ、とな」
「バルジさんを、殺す……!?」
断る理由はなにもない。
俺はよろこんで仕事を引き受けた。
だが、バルジという男は『三夜越え』を生き残り、恐るべき戦闘能力を持っているという。
ハッキリと告げられたさ、今の俺では対抗できない、と。
「まさか、それで『三夜越え』を……?」
「あぁ。その頃の俺はイカレていたからな……、勧められるままに毒を打たせた……。今思えば、単なる使い捨てのコマだったんだろうが……」
万が一、バルジを殺せればそれでよし。
俺が三夜を越えられなくても、バルジに敗北して殺されたとしても、教団側になんら痛手はない。
ただ狂ったノラ犬が一匹、ひっそりと死ぬだけ。
そのはずだった。
「それから俺は三日間、生死の境をさまよい続け……、そして、力と引きかえに、人格に異常をきたした……」
「異常じゃないッスよね……? 正常にもどったんじゃ……」
「いや、異常だ……。俺にとっては、正常こそが異常だったんだ……」
俺は苦しんだ。
これまでの行いを思い返して気が狂いそうになった。
子どもの前で親を血祭に上げ、絶望のどん底に叩き落したあとに子どもを殺す。
ターゲットの四肢を斬り落として止血し、生きたまま魔物の巣に放り込んで喰われていくサマを楽しむ。
そんな光景ばかりを思い返し、何度も胃の中身を吐き出した。
「教団側も、俺がこうなるとは予想外だったようだが……」
「それで……。依頼は断ったんスか?」
「いや……」
罪の意識に耐えきれず、俺は自暴自棄となった。
自ら命を絶つことも考えたが、それよりもノラ犬らしくみじめに死ぬ方がふさわしい。
そう考えて、俺はバルジに殺してもらうため、ヤツの前に現れた。
「殺されるために、本気で戦った……。手を抜けば、殺してもらえないことはわかっていた……。だが……」
勝負がついても、バルジはトドメを刺してこない。
俺は叫んだ、洗いざらい心のうちをぶちまけて、殺してくれと懇願した。
「そんな俺に……、ヤツはなんと言ったと思う……」
「えっ、と……。なんスか……?」
『昔のことも大事だがよ、一番大事なのは今のお前だろ? 今のお前のやりたいことは、ホントにそれなのか?』
「ふふっ……、なんというか、笑ってしまうだろう……?」
「…………」
「やりたいことなんてなかったが……、その言葉で俺には目的が生まれた……。バルジのやりたいことを手伝うという目的がな……」
……こんなに話したのはいつぶりだったか。
あまりしゃべるタチではないからな、少々疲れた。
「結局のところ……、俺がお前に伝えたかったのは、このバルジの言葉だけだ……。そのためだけにくだらない長話に付き合わせて、悪かったな……」
「い、いえ、とんでもないッス。……大事なのは、今のジブン。うん、そうッスよね。正体がなんであれ、ジブンはジブンッス!」
座り込んでいたクイナが、その場をスッと立ち上がる。
「行きましょう、ディバイさん! キリエさんたちも来てるんスよね! 合流、急がないと!」
「……あぁ、そうだな」
人殺ししか能のなかった俺でも、一人の少女を立ち上がらせることができたか。
これも、あの時バルジが手をさしのべてくれたおかげだな……。
〇〇〇
レヴィアを倒したあと、私はトーカといっしょに昇降機のトビラ前までもどってきた。
ここから一番下まで行くってのが、本来の目的だったよね。
途中でレヴィアが突っこんできて、ジャマされちゃったけど。
「次はいよいよ最深部だな……。キリエ、準備はいいか?」
「準備も覚悟もとっくにできてるよ」
ベアトがいる可能性が一番高い最深部。
一直線にそこまでむかって、ベアトがいたら助け出す、それだけだ。
「行くよ」
真っ暗な縦穴に飛びこんで、ロープをつかんで降下。
どうやら敵はもう出てこないみたい。
リーダーたちが引きつけてくれてるのかな。
二人とも無事だろうか。
あの二人にかぎって、万が一はないだろうけど。
「……なぁ、キリエ。お前、剣はいいのか?」
頭の上から、おなじくロープをつかんでスルスル降りてくるトーカ。
丸腰の私を心配して、声をかけてくれた。
レヴィアとの戦いで、ミスリルの剣がへし折れちゃったからね。
気になってるんだろうけど。
「平気だよ。もともと、私の最大の武器は剣じゃないし」
触れたら終わりの沸騰攻撃こそ、私の最大の武器。
剣を使えないことのデメリットは、リーチの短さと防御くらいかな。
「レヴィアの剣を拾ってきてもよかったけどさ。どうせソイツで斬っても沸騰させられないし。……それに、なんだか気が引けたし」
アイツの剣は、アイツといっしょにあそこへ置いていきたかった。
なぜだか、そうしたかったんだ。
「だったらさ、無くても同じかなって」
「強気だな……。ったく、何か持ってた方がいいに決まってんだろ……」
ものすごい呆れた顔された。
さすがの私でも少し傷つくよ?
「……っと。ほれ、これ使え」
トーカが【機兵】の魔力で、砂鉄から何かを作り出した。
ソイツが上からポイっと投げ渡される。
「文字通りの付け焼刃で悪いけど、そんなんでも無いよりマシだろ」
プレゼントされたのは、ゴーレムの鎧みたいな質感の片刃の剣。
「【機兵】、こんなんも作れるんだ。しかも簡単そうに」
「アタシが鍛冶師だから、ってのもあるかな。魔法ってイメージが大事だし。剣の構造なら、しっかり頭に入ってるぞ」
たしかに剣としては十分だけど、ただの鉄だから刃に【沸騰】の魔力をまとわせたりはムリ。
練氣をまとわせて、防具変わりにでも使わせてもらおうかな。
「ありがと、助かる」
「おう。それと、上ばっかり見てるなよ。いよいよ底が見えてきたぞ」
おっと、ホントだ。
上をむいてトーカと話してる間に到着したみたい。
見下ろせば、四角い箱みたいな昇降機が一番下に止まってる。
その一つ上の階のトビラが、豪快にブチ破られてるな。
なるほど、レヴィアはあそこから上がってきたのか。
……それと、感じる。
ディバイさんほどじゃないけど、私も魔力を扱えるからわかるんだ。
吐きそうなほど強烈なおぞましい魔力がただよってきてる。
間違いない、人造エンピレオはすぐそこだ。
そしてベアトもこの先にいる。
やっとあの子に会える。
絶対に助けるから、もう少しだけ待っててね。
邪魔者を皆殺しにしてでも、絶対に奪い返すから。