231 自分がわからない
戦いが終わって、勝ったはずの俺はズタボロ、負けたユピテルはほぼ無傷。
結果だけ見りゃ、なんとも不思議な話だが。
魂豪炎身の使用時間が短かったからか、まだ練氣にも体力にも余裕がある。
だが、体のキズはどうにもならねぇな。
肋骨とか腕の骨、折れてるんじゃねぇか?
「……仕方ねぇ。ここでアレ、使うしかねぇか」
ポケットからラマンの秘薬のはいった小袋を取り出して、中身を手のひらの上に転がす。
丸薬は緑と黄が二つずつだ。
緑はキズの治療薬、黄色が体力回復薬だったか。
今必要なのは緑の方だな。
さっそく口の中に放り込んで、ボリボリと噛み砕く。
死ぬほど苦い味が口の中いっぱいに広がるが……。
「お、きたきた……!」
体中のキズと痛みが、みるみるうちに引いていく。
まったく、持つべきものは頼れる仲間だな。
「ほう……、大した効能だな」
「だろ? あいにく余りはねぇぜ」
「不要だ。見ての通りダメージらしいダメージは受けていない」
それもそれで、戦った俺としては複雑なんだがな。
「……さて、俺は今からはぐれちまった相棒を探しにいくが、お前はどうする?」
「どうする、か……。さて、どうすればいいのだろうな。このまま戻っても、私は始末されるだけだろう。かと言って、今さらお前と戦う気など起きぬ」
「だったらよ、俺といっしょにこねぇか?」
「……なに?」
ユピテルが驚きに目を見開く。
そんなにおかしなこと言ったかね。
俺としちゃ、ごくごく自然な流れだったんだがよ。
「お前、記憶を取り戻してぇんだろ? なら、知り合いを探し出して直接聞くのが手っ取り早えぇ。キリエちゃん、けっこうすげぇ知り合いが多くてよ。そっちに頼んでみれば、案外すぐに見つかるかもだぜ?」
なんせ勇者サマ、デルティラードやスティージュの女王様とお知り合いらしいじゃねぇか。
この一件が片付けばパラディも落ち着くだろうし、そのあとにでも探してもらえばいい。
……それに、コイツは俺や仲間たちと同じ境遇なんだ。
ここで放り出しては行けねぇよ。
「どうだ、悪い話じゃねぇはずだ。こっちとしても、戦力は多いに越したこたぁねぇ」
「ふっ、つい数分前まで殺し合いをしていた相手を勧誘とは、つくづく不思議な男だ。……よかろう、力を貸してやる」
「助かるぜ。……よっしゃ、行くか!」
△▽△
バルジとはぐれてから、襲い来る敵を何人殺しただろうか。
氷結魔法で砕け散る敵の死体を見るたびに、過去の光景がフラッシュバックする。
そのたびに、吐きそうになる。
『あの過去』は、今の俺にとって忘れてしまいたい忌むべき記憶だ。
「ここは……」
現在地は、うす暗い通路に、のぞき窓のついたトビラがならぶエリア。
おそらく、かなりの奥地までやってきたはずだ。
人造エンピレオの放つ強烈な魔力が、入り口よりもひときわ強くなっているからな。
「……なにか、いる」
ならんだトビラの一つから、かすかな気配を感じた。
トビラについたのぞき窓から、そっと中をのぞき込む。
どうやらむこう側には牢屋が並んでいるようだ。
ズラリと並ぶ鉄格子の中には何もいないが、実験台や魔物を捕らえておくスペースなのだろうか。
気配の主の姿をここから確認することはできなかった。
「……行くか」
考えていてもしかたない。
いるのがさらわれた誰かならば助ける。
敵ならば殺す。
ただそれだけだ。
「……フリーズ」
氷の魔力を手のひらに集め、トビラに触れる。
そこから魔力が伝い、トビラ全体を凍らせた。
あとは蹴りを入れれば……。
ガシャァァッ!!
粉々に砕け散る。
勇者の少女のマスターキーを参考にしてみたが、なるほど便利なものだな。
気配をたどって奥に進むと、牢のすみに黄色い髪の少女がうずくまっていた。
まだ数日の付き合いだが、見間違えるはずがない。
さらわれたうちの一人を発見だ。
「……助けにきた」
声をかけるが、反応はない。
彼女は——クイナは両手で頭をかかえ、小さくふるえたままだ。
よほど恐ろしい目にあったのだろうか。
「……俺だ、ディバイだ。敵じゃない、もう怯えるな……」
「う……っ、うぅ……」
返答はない。
とにかく牢の鉄格子を凍らせて、先ほどのトビラと同じように砕き、牢屋の中に足を踏み入れる。
「行くぞ……。ベルナ氏も探さねば……」
動こうとしない少女の手をつかんで引き起こすと、そこで初めて、俺は彼女の表情を目にした。
「泣いて、いるのか……?」
クイナの瞳の奥から、とめどなく涙があふれ出る。
表情から読み取れる感情は恐怖というよりも、混乱、困惑、さまざまなものがごちゃ混ぜになった、そんな表情だった。
「なにがあった……」
「ディバイさん……。ジブン……、ジブン、クイナじゃないかもしれなくって……」
「……何を言っている。お前はクイナだろう……」
「もしかしたら、もしかしたら……、今のジブンはジブンじゃなくて、ホントのジブンは、もう、もう……」
説明がたどたどしいな。
いまいち話がつかめない。
このままの状態で連れて行っても、かえって足手まといになるか。
仕方ない、少々時間は食ってしまうが……。
「落ち着け……。まずは落ち着いて、それから順序立てて話せ……」
「う……、ひぐ……」
クイナはその場にへたり込み、しばらく泣いた。
それから、知ってしまった事柄を少しずつ俺に話してくれた。
たどたどしい説明だったが、要約すると。
「つまり……。自分は五年前すでに死んでいて、今の自分の魂はちがう誰かのものかもしれない、ということか……」
クイナがコクリとうなずいた。
なるほど、自分が自分じゃない、か……。
「わからないこともない……。俺も、時々自分がわからなくなる……」
「え……」
「『三夜越え』は、知っているか……?」
「えっと……、たしか猛毒の一種ッスよね。侵されると記憶が無くなって、代わりにすっごく強くなるって……。そのせいでバルジさんは記憶を失ったって、メロさんから聞いたことがあるッス……」
「……誰でも強くなれるわけではないがな。そもそも生き残るケースのほうがマレだ……。それと正確には、記憶か人格、どちらかに異常が出る……」
そう、記憶か人格のどちらかが……おかしくなるんだ。
「もしかしてディバイさんも、記憶がないんスか?」
「……あるさ。昔のことは、よく覚えている……。バルジと出会うまで、俺が何をしていたのかも、な……」
「で、でもディバイさん、いい人ッスよね……? 人格に異常なんて——」
「出ているんだ……。今の俺は、昔の俺じゃない……」
こんなこと、バルジ以外の誰にも話すつもりはなかったのだがな。
この少女に共感でもしてしまったのだろうか。
「俺はかつて、殺し屋だった……。しかも、金のために仕方なく殺すようなタイプじゃない……。殺しを楽しみ、死への恐怖にゆがむ顔に愉悦を感じるような、ヘドが出る最低の人間だ……」
「え……?」
「裏社会で名を馳せた殺し屋、氷結鬼ディバイ・フレング……。それが、かつての俺だった……」