230 真正面から受けて立つ
ユピテルの最大最強の技、ね。
あんま見たくはねぇが、受けて立って真正面から打ち破るしかねぇんだろうな。
ディバイみたいに、コイツの心を救ってやるためにはよ。
「いくぞ、バルジ・リターナー」
「来いよ、真正面から受けて立ってやる」
一言ことわる辺り、律儀っつーかなんつーか。
俺ならだまって斬りかかってるぜ?
「はぁぁぁぁっ……」
ユピテルの全身から魔力がみなぎり、ソイツが大剣に集中していく。
【大樹】の魔力をたっぷり吸った大剣を、ヤツは床に思いっきり突き立てた。
「ぬんっ!」
ザクッ!
固い床に半分ほどまで突き刺さった木製の大剣。
そこからヤツの魔力が床を伝ってカベ、天井と、このホール中に満ちていく。
魔力のねぇ俺でもわかるんだ、こいつぁきっととんでもねぇ大技がくるぜ。
……待ってやったの、少し後悔してもいいか?
「【大樹】千剣樹海!」
ズドォォッ!!
ヤツが高らかに叫んだ瞬間、ホールの天井、俺の真上から巨大な剣が突き出してきた。
いや、剣の形をした大木か。
巨大な木の先端が、剣の切っ先のようにとんがってやがる。
すかさずその場から飛びのくと、俺のいた場所にソイツが突き刺さった。
床をブチ抜いて破片が飛び散る。
下の階まで突き抜けたんじゃねぇか、これ。
「こいつが奥の手ってわけか……!」
「否、これしきにあらず」
だろうな。
続いて真下から大木が突き出した。
こいつにくし刺しにされる直前、その場を飛び離れてカベぎわへ。
すると今度は、カベの中から細い木のヤリが飛び出てきやがった。
カベぎわを駆け抜けりゃ、俺を追いかけるように何本も。
「……なるほどな。カベ、天井、床、全ての場所がお前の間合いってわけか」
「いかにも。常に間近に武器をかまえた私がいると思え」
カベぎわから離れても、今度は床から何本もの木のヤリが飛び出してくる。
だったら空中に逃げれば、と思ったが、飛んだ瞬間全方向から木の矢が飛んできた。
魂豪炎身の状態じゃなきゃ、よけるだけで手いっぱいだったろうな。
だが……。
「……すまねぇな、最強の技がこの程度だってんなら、がっかりだぜ?」
「なに……?」
三百六十度、全方位からの攻撃。
死角がないように見えて、発射のタイミングはそれぞれ少しずつズレている。
だったら話は簡単だ。
「ほらよ、返すぜ!」
ガギギギギギギギギギィ……ッ!!
上下左右に両手の剣を振るって、当たる順番に次々と矢を弾き返せばいい。
床に刺した大剣から魔力を流し続けている、ユピテルにむかってよ。
「む……!」
俺にめがけての攻撃が、全部自分に跳ね返ってきたんだ。
さすがに驚いたみてぇだな。
「さあどうする?」
「笑止。飛び道具対策など、用意していないとでも思ったか?」
ズドォォッ!!
ヤツの目の前の床がめくれあがって、ぶ厚い木のカベが飛び出した。
こいつが木の矢をすべてガードして、ヤツには一発も届かねぇ。
「さすがに自分の技じゃやられねぇか。だがよ、全部弾き切ったぜ。お前の最強の技、俺の奥義には届かねぇみてぇだな」
最後の一矢まで弾き終えて、俺の体が落下しはじめる。
あとはヤツに近づいて、最後の仕上げをするだけだ。
「それはどうだかな……」
「なに……?」
用済みになった木のカベを砕きながら、ユピテルが小さくつぶやいた。
あの野郎が、負け惜しみを言うとは思えねぇ。
まさか、今までのは最強技でもなんでもなかったってことか……?
「先ほど言ったはずだ。これしきにあらず、と。千剣樹海はただの時間稼ぎ。私の武器を、育てるためのな」
ユピテルは床に刺した大剣を、両手で力強くつかむ。
「ぬぅぅぅぅぅぅぅ……っ!!」
ゴゴゴゴゴゴゴ……。
まただ、ホール全体が揺れ始めた。
今度はさっきよりも激しく、ブッ壊れるんじゃねぇかってくらいに。
「むぅん……ッ! 練氣・金剛力……!」
腕を練氣で強化して、ユピテルは刺さった剣を引き抜きにかかる。
だが、剣は床から抜けねぇ。
……いや、正確にはどんどん抜けているんだが、あまりにも剣が大きく、そして長すぎる。
刺さってる間に、魔力でどんどん成長させてやがったのか。
まるで苗木を植え育てるように。
床を、カベをぶっ壊して、横向きに無理やり引き抜いたところで、ヤツの武器の全貌が明らかになった。
軽く百メートルを越える大きさの、笑っちまうくらいバカでかい大剣だ。
そいつを肩にかついで、ユピテルは攻撃態勢を取った。
「これから繰り出す一撃こそが、私の最強の技だ。ここまでの攻防でも、何度か見せていたな」
……あぁ、アレか。
大剣じゃありえねぇ速度の横なぎ。
まさかアレを、同じ速度で繰り出せるってのか?
そのバカでけぇ得物で?
「記憶を失う前の私が磨きに磨いただろう最強最速の一撃、受けてみるがいい」
やべぇぞ、こいつぁやべぇ。
真正面から受け止めるって、今さら取り消せねぇしな。
仕方ねぇ、覚悟決めるか……!
俺が着地した瞬間、ヤツは体をひねってソイツを繰り出した。
「我流・翠嵐一閃……!」
バオッ!!
そいつは、斬撃音というよか爆発音だった。
今まで見せたどの攻撃よりも早い、一瞬の横なぎ。
常識外れの大質量が超高速で振るわれて、全てを部屋の空気ごと吹き飛ばす。
「……終わった、か」
押し出された空気が嵐のように渦巻く中、攻撃を振り切ったユピテルがつぶやく。
「あぁ、終わりだぜ……っ。約束通り、真正面から受けてやった……!」
そう、俺はコイツを受けきった。
魂豪炎身の赤い練氣を注ぎこんだ長剣とソードブレイカーでガードをして。
受け止めた瞬間、半端じゃねぇ勢いでカベに叩きつけられてズタボロになっちまったけどよ。
だが剣は折れちゃいねぇ。
魂豪炎身も発動したままだ。
次の攻撃をかまえる前に、一気にユピテルに駆け寄って長剣を振りかぶり、
「チェック、メイトだ……!」
首を斬り落とす直前で、刃を止めた。
「……どうした。殺さないのか?」
「殺す必要がねぇ。お前は俺や仲間たちと同じ、ただ理不尽を押しつけられただけだろ?」
「……見事だ」
バカでかい大剣が消滅し、部屋中から突き出ていた千剣樹海も崩壊。
丸腰になったユピテルはその場にあぐらをかき、いさぎよく負けを認めた。
「一つ、訊いてもいいか」
「あんだよ……」
「お前のスピードなら、翠嵐一閃をかわすこともできたはずだ。受け流してダメージをおさえることも。なぜ、あえて真正面から受け止めた」
「そんなん、決まってんだろ。言っちまったからだよ、真正面から受けて立つって」
「……そうか」
……なんだその顔。
笑われたんだが、そんなおかしなこと言ったか?
「あー……、それによ。お前、俺の相棒とおんなじ目をしてたんだ。俺を殺しにきた時の、相棒の顔と」
「同じ、目……?」
「あぁ、今の自分をどうにかしたくてしかたねぇって目だ。だからお前のことも、敵として殺して終わりにしたくなかった」
両手の武器を納めて、ユピテルに片手を差し伸べる。
「今のお前、いい顔してるぜ。戦い、楽しかったんだろ?」
「……ふふっ。私の完敗だ、バルジ・リターナー」
ガシッ。
俺の手を取って、ユピテルが立ち上がった。
不満なんてカケラもねぇ、スッキリとした目をしながら。