23 不可解な作戦
首をかしげるベアトと、相変わらず退屈そうなストラ。
意味がわかってるのは、私とジョアナだけみたい。
「カインさんの娘さんを取り戻して、タリオを暗殺するんだね」
「いいや、違う。作戦はあくまで奪還だ」
奪還、やたらと強調するね。
なんで?
暗殺、でもよくない?
「今、最前線はひとまず落ち着いている。魔族側は防衛戦を展開してるからな、積極的には攻めてこない。王国側も勇者を欠いて、膠着状態ってヤツだ」
「戦線、勢力とか、そういうの私、あんまり詳しくないんだよね。だからあんまピンと来ないや」
「……それは、アレだな。せっかくだから教えといてやるよ」
なんだか哀れみの目で見られた。
どうせ私は世間知らずの田舎娘だよ。
「まず、このデルティラード王国本体が、大陸中央部にある」
地図の真ん中、山がいっぱいある辺りを、リーダーが指さした。
「ここから向かって東側、今は王国領になってるが、十数年前までは小さな国がたくさんあった。俺たちの国、スティージュはここだ」
東のはしっこ、海に面してるあたり。
そっか、そこがスティージュ。
リーダーたちの、カインさんの故郷。
「で、王国の北側。ここはさすがの王国でも手が出せねえ。なんせエンピレオ教団の聖女リーチェが率いる宗教大国、パラディの領土だからな」
聖女リーチェか、前にも聞いた名前だ。
ちらっとベアトの顔を見ると、今度もなんだか慌てた様子。
なにか関係ある感じか、これ。
……いやいや、興味ない。
他人になんて興味ないから。
「パラディは中立、魔族の味方でも王国の味方でもねえ。だが強大な軍事力と宗教的な権威を持っている。二重の意味で、ブルトーギュには手が出せねえのさ」
あの暴君も、そこまで考えなしじゃないか。
で、東側を平らげて、北側を塞がれてるから西側に行った、と。
どこまで領土が欲しいんだよ、頭おかしいんじゃないか?
「残った西側。ここには人ならざる種族、亜人たちが住んでいる」
西側、山とか森とか自然がいっぱいなイメージだけど、そんな場所を領土にしてどうすんだよ、頭おかしいんじゃないか?
あぁ、おかしいのか。
「エルフの国やドワーフの国、半魚人の国なんかもあるって話だ」
「へえ、半魚人……」
イメージしにくい。
魚に足が生えた感じなのか、それとも。
……まあいいや、今は話に集中だ。
「その中核となるのが、魔法を得意として人間よりも強靭な肉体を持った者たち、魔族が住む国。コルキューテだ」
お、それは聞いたことある。
ケニーじいさんが話してくれたんだ。
コルキューテは戦争を望んでない、王国が一方的に戦争を仕掛けてるって。
「魔族の王、セイタムは高齢で温厚な人物だと聞いている。戦争にも胸を痛めてるらしい」
そっか、亜人側の方にも犠牲はたくさん出てるはずだ。
ホント、ブルトーギュさえ死ねば全部解決、ぜーんぶ丸く収まって、平和になるんじゃん。
やっぱ生きてちゃいけないヤツだ、アイツ。
「ま、こんなとこだな。そして、ターゲットがいるフレジェンタの街。ここが対魔族の最前線」
「最前線まで行くんだね」
「あぁ、危険な任務だ。それでもやってくれるか?」
「……いいけど、リーダーこそいいの? 私は切り札、大義名分なんでしょ?」
言っちゃ悪いけど、この作戦って私情がほとんどじゃない?
なんだかリーダーらしくない。
……もしかして、他に何か目的があるのか?
「この作戦は、俺とジョアナで立てた。詳しくはコイツに聞いてくれ」
そっか。
カインさんを埋葬したあと、ジョアナさんと一緒に作戦立ててたんだ。
だからあんなに遅かったのか。
「まずね、この作戦は最小限の人数しか動かせない。大勢で動いたら察知されてしまうし、あの人の他に内通者がいないとも限らないでしょ?」
「うん、そうだね」
カインさんと同じ境遇の人が、いないなんて言い切れないよね。
……さっきからリーダー、少しも笑わない。
まるで、私みたいだ。
「だから絶対に裏切らないって信頼のおける、強力な戦力を割く必要があるの」
「レイドに頼むって手もあるが、アイツはジョアナと並んでレジスタンスの頭脳だ。二人まとめて長い間留守にされちゃ、その間の作戦がはかどらねぇ」
「ジョアナも来るんだ」
「ええ、私も信頼されてるみたい」
「あぁ、お前は絶対に裏切らねぇ。確信を持ってるからこそ、任せたんだ。この大任を」
「あらあら、光栄なことね」
うん、やっぱり納得はできなかったけど、これは何かあるな。
それとジョアナ、リーダーにとことん信頼されてる。
もしかして、知ってるのかな。
ジョアナの素性とか、普段なにをしてるのか、とかも。
「つーわけだ。キリエとジョアナのコンビで、カインさんの娘さんを奪還する。フレジェンタまでは片道二週間くらいだ、しっかり準備して——」
「……っ!!!」
リーダーの口から日数が飛び出したとたんに、ベアトがすごい勢いで立ち上がった。
どうしたんだ、一体。
紙に筆を走らせて……?
『わたしもいきます!』
いや、それは無茶だろ。
「あら、いいじゃない。ベアトちゃんも一緒に行きましょうよ」
「ジョアナ、正気?」
「正気も正気。一緒の方が楽しくなりそうじゃない。それに、元々非戦闘員も連れていくつもりだったし、一人増えても変わらない。治癒魔法を使えるから、足手まといにもならないはずよ」
「で、でもさ……」
「キリエちゃんも、ベアトちゃんがいないと眠れないんじゃない?」
「な、なんで知ってっ!!」
「あら、初めてね。キリエちゃんの顔が赤くなるの」
……もういいや。
ジョアナが問題ないって言うんなら、ホントに問題ないんでしょ。
あとさ、顔赤くなんてなってないからな。
「……っ♪」
ベアト、すっごく嬉しそうだけど、わかってんのかな、危ないこと。
わかってるか、この子賢いし。
「はぁ……。ところでさ、非戦闘員を連れてくつもりって、それどういうこと?」
「フレジェンタの街は、私も何度か行ったくらいでね。あんまり土地勘がないのよ。レジスタンスの中から出身者を探したんだけどいなくって、この際だから誰かを雇おうかと思ってる。信用は出来ないけど、仕方ないものね」
「フレジェンタ出身……?」
ベアトと顔を見合わせる。
なぜなら、すっごく心当たりがあったから。
きっとあの娘なら、信用出来る。
「ジョアナ、心当たりあるんだけど。フレジェンタ出身で、王国のスパイとかじゃなさそうな子」
○○○
武具屋の外は、もうすっかり夜。
私はジョアナと二人で、メモを片手に教えてもらった宿までやってきた。
王都南側、安い宿が並ぶ通りの『赤い馬の蹄亭』。
間違いない、ここだ。
「ここに、その女の子がいるのね。……に、しても、ボロいお宿ねぇ」
「言ってあげないで。あの子、お金あんまり持ってなさそうだったし」
確かにここなら格安だろうけど、ホントに雨風しのぐだけって感じだな。
窓から明かり漏れてないし、割れてるし、壁にはところどころ穴開いてるし。
「早く聞きに行こうよ、メロちゃんが泊まってる部屋」
「……誰か呼びましたです?」
……なんか、メロちゃんの声が聞こえた。
宿の中じゃなくて、馬小屋みたいなワラが敷かれたところから。
「あたいに用事なんて、珍しいですね……」
ワラがガサガサと動いて、中から紫髪の女の子が這いだしてきた。
「あぁっ! 昨日助けてくれたお兄さんじゃないですか! どうしたんですか、あたいまだ困ってないですよ?」
「な、なんで馬小屋で寝てたの?」
「ここがあたいの泊まってる部屋だからですよ?」
「ご飯は?」
「ワラってけっこうイケるんですよ、驚きましたです!」
「……困ってないの?」
「困ってませんですよ?」
そっか、困ってないんだ。
この子、死ぬまで助けを求めないタイプかな。
「と、とにかくこの子、このままにはしておけないわね。キリエちゃん、ひとまず連れて帰りましょう」
「だね、話はそれから——」
ぞくり、と背筋に寒気が走る。
殺気を感じた次の瞬間、路地裏から短剣を持った男たちが三人、私たちに向かって襲いかかってきた。