229 同じ目だ
「記憶が人質たぁ、えらく持って回った言い方しやがるぜ」
「口下手ですまない、あまり弁がまわる方ではないのでな」
苦笑いを浮かべ、ユピテルは大剣を両手でかまえた。
その切っ先が俺にむき、放たれる殺気に背筋がゾクゾクしやがる。
「やはり、こっちで語る方が得意だ。バルジよ、かまわないか?」
「剣と剣で語り合おうってか。俺のガラじゃないんだけど……よっ!」
上等だ。
お望みどおり斬り結んでやるために、一気に敵のふところへ。
真正面から斬りかかってきた俺に、ユピテルは迎撃の大剣をふりかぶった。
大剣が振り下ろされる直前、俺は残像を残してヤツの背後に回り込む。
そして、練氣をこめた長剣を振りかぶり、背中めがけて——。
「読めている」
そう発したユピテルが攻撃の手を止めて、振り向きざまに斬撃を繰り出した。
残像に惑わされず、俺の動きを読んでたってわけか。
「……へっ。俺もだぜ」
お前なら、ここまで対応してくると思っていた。
攻撃の瞬間、俺は真上に飛び上がる。
ブオンッ!
ユピテルの放つ高速斬撃が、靴の真下スレスレをなぎ払った。
少しでもタイミングが遅れてたら、足首ブッたぎられてたな。
あぶねぇあぶねぇ。
「お返しに、コイツを食らいな!」
右の長剣、左の短剣、それぞれに練氣をまとわせる。
飛び離れつつ、ユピテルにむけて両手の刃をそれぞれ振るった。
「練氣・飛連刃!」
三日月状の刃が大小二つ、一直線に飛んでいく。
攻撃の後隙、しかも二発だ。
いくらコイツでも——。
「……ムンっ!」
ブオンブオンッ!
……おいおい、二振りかよ。
ドデカい大剣を一瞬で左右に振るいやがった。
俺の陽動も攻撃も、常識外れの二連撃が全部かき消しちまったぜ。
「どうだ、なにか伝わったか?」
着地した俺に、ユピテルが問いかける。
「あぁ、伝わったぜ。お前がこの戦いを楽しんでることが、よーくわかった」
なんせ、楽しそうに笑ってやがんだもんな。
まるでダチと遊んでるガキみたいによ。
剣で語るたぁ、よく言ったもんだ。
「ふふふふっ……。これだ、この感覚。極限の戦いの中にこそ、私は無上の喜びを感じるのだ」
「俺には理解できねぇな……。なんでそんなに闘いが好きなのかね……」
「……私にも、わからない」
わからない、ときたか。
口下手とかじゃなく、本当にわからねぇみたいだな。
「だからこそ、知りたいのだ。この胸の高鳴りがいかなる理由のものなのか、記憶を取り戻せばきっと理解る」
「……人格か記憶、どっちかを持ってかれる猛毒『三夜越え』。お前も記憶をやられたわけだ」
「あぁ。何も覚えていない。最も古い記憶が、研究施設で目覚めた瞬間だ」
……俺と同じだな。
もっとも俺の一番古い記憶は研究所じゃなく、聖地へむかう馬車に揺られてる時だけどよ。
「研究施設で実験台となり、魔物や達人たちと戦わされ……。ギリギリの命のやり取りの中で、私は初めてこの高揚感に気がついた」
「大したバトルジャンキーっぷりだな。俺はそいつが嫌で脱走したってのによ」
「……闘いののち、命を奪うことを強制されるのは、どす黒い気分にさせられたがな」
……そいつぁますます解せねぇな。
「なんでそんなヤツが、大司教の手ゴマなんざやってんだ? 汚れ仕事なんざ、山ほどやらされるだろ」
俺の口にした疑問に、ユピテルの表情がちっとばかしこわばった。
やはり、思うところがあるみてぇだな。
だが、この問いにユピテルは答えなかった。
何も答えず、話の続きを語りだす。
「……私は推測した。おそらくこれは記憶ではなく、体に染みついた何かなのだろう、と。私は記憶を失う前、日常的に命のやり取りをする場所にいたのだろう」
頭ん中以外にも記憶は宿る、か。
魂か、あるいは体を作ってるパーツの一つ一つか。
いずれにせよ、なんか納得できる話だ。
キリエちゃんも、俺のこと変わってねぇってよく言うしな。
「私は知りたい。この高鳴りの正体を。私のルーツを、なんとしても知りたいのだ」
「……大司教ならソイツを知ってる、と。なるほど、お前の言いたいことがわかったぜ」
『三夜越え』で失われたものが絶対に取り戻せねぇなら、過去を知る方法は知ってるヤツに聞くのが一番手っとり早い。
俺の場合、スティージュって国の元貴族。
レジスタンスのリーダーをやってて、アニキと妹がいる。
国王を倒した直後に、敵との闘いで三夜越えを食らった。
ここまでを、キリエちゃんたちから聞かせてもらって『知識として』知っている。
……実感ゼロの他人事みてぇな感覚だけどな。
だが、コイツには俺みてぇなラッキーはおとずれなかった。
「自分のルーツの手がかりゼロ、誰が知人かもわかりゃしねぇ。そうなりゃ知る方法は一つ、さらってきた張本人に聞くだけだ」
「その通り。だから私は大司教に従っている。功を立て、自分の過去を知るために」
知りたきゃ従えって、言うこと聞かせられてるわけだ。
大司教に本当に教えるつもりがあるかはともかく、コイツには他にすがれるモノがねぇ。
……そこまでして知りたいモンなのかね。
バトルジャンキーなのはもちろん、過去にこだわるトコも俺にはよく理解できねぇな。
理解はできねぇが否定はしねぇ。
それと、一つだけよーくわかった。
「……なるほどな。闘いへのその気持ちが、お前の中に通った芯ってわけか」
記憶を失っても揺るがない、自分の中心に通る一本の芯。
ソイツのルーツがわからねぇのは、なるほどモヤモヤしそうだ。
「だがな、そのために汚れ仕事まで引き受けちまったらよ。大事な芯まで揺らいじまうんじゃねぇか?」
「……説教か? 言いたいことがあるのなら、剣で語ってみせるがいい」
「……おっと、そうだったな。お前の舌が、思った以上に回るもんでよ。つい忘れちまった」
理解したぜ。
お前は本音じゃ、今の状況を望んでねぇ。
だってよ、初めて会った時のアイツと同じ目をしてんだ。
(……ディバイのヤツと、初めて会った時のアイツと同じ目をよ)
俺を殺しにきた時のディバイと同じ、不満で不満で仕方ねぇのを無理やり押さえ込んでる目。
斬り結んでる時以外、コイツはずっとそんな目をしてやがる。
それに、コイツは俺や仲間たちと同じだ。
無理やり連れてこられて、理不尽を押しつけられた被害者。
だったらよ、俺としちゃほっとけねぇだろ。
「……そろそろ本気で行かせてもらうぜ?」
「本気、か……。この時間が終わるのは名残惜しいが、いいだろう」
「すまねぇな、あんま時間をかけてられねぇんだ」
相棒や勝利の女神サマが、今もどっかで戦ってるんでな。
リーダーの俺がさっさと行ってやらねぇと。
それにチマチマ出し惜しみしてたんじゃ、きっとコイツは倒せねぇ。
「……はぁっ!」
体中の練氣を、魂の奥底からもかき集めて、全身にみなぎらせる。
使うのは、ディバイとやり合った時以来だな。
あの時、自分がコイツを使えることに気がついた。
身を削るような、ちっとばかし危険な技だが、『三夜越え』のおかげか十分に耐えられる。
長時間続けたら、どうなるかわかんねぇけどよ。
「ほう……。その技は……」
「知ってるみてぇだな」
全身からあふれ出る練氣が、圧縮されて炎のような赤色にゆらめく。
練氣の使い手はそれぞれに、自分の使える最強の技、あるいは最高の技を奥義に定める。
こいつがディバイとの戦いのあと、俺が奥義に定めた技。
「奥義・魂豪炎身。こうなった俺は強えぇぜ?」
「……ふふっ。いいぞ、今までにない高鳴りだ。お前の奥義に敬意を表し、私も最大最強の技で応えよう……!」