228 五十一人目の刺客
キリエちゃんたちと別れてから、どのくらい時間が経ったっけか?
正確にはわからねぇが、倒してきた敵の数は数えてる。
目の前のコイツを倒せば、ちょうど五十人だ。
あの二人と別れたあと、俺とディバイは下り階段から施設へと侵入した。
待っていたのは敵さんたちの大歓迎。
中には勇贈玉を持ってるヤツもいやがった。
キリエちゃんにぶつけてもムダに強くしちまうだけだからって、俺ら二人に全戦力をぶつけてきやがったんだ。
乱戦の中、ディバイとも離れ離れになっちまった。
今戦っているのが、魔術師と拳闘士の相方と組んで襲ってきた、速度がジマンらしい短剣を持った細身の男。
なんだかデジャブを感じるが、まあ気のせいだろ。
すでに相方二人は俺に倒されて、冷や汗ダラダラで逃げ腰になってやがる。
「こ、コイツ……! 三人がかりでも……っ!」
「どうした? 逃げてぇんなら逃げてもいいんだぜ?」
ソードブレイカーの切っ先をちょいちょい、と揺すって挑発。
怖気づいてくれんなら、こっちとしても楽なんだがな。
「じょ、冗談じゃねぇ……。敵前逃亡なんてしたら、どのみち殺されちまう……。お前より大司教様の方が何倍も、俺には恐ろしいんだよぉ!!」
おいおい、やけっぱちかよ……。
半泣きで叫びながら斬りかかってきやがったぞ。
この野郎、速度をジマンしてやがったが、俺から見るとあくびが出るほど遅せぇんだよな。
短剣での横振りをひょいとジャンプして回避。
頭の上を飛び越えつつ、練氣をこめた長剣で額から後頭部までをたたっ斬る。
「いぎゃっ……!」
脳天から真っ赤な血が噴き出す。
短い断末魔を残して、男は前のめりに倒れた。
「……っと」
一丁上がり。
長剣を軽く振るって血を飛ばす。
「これで五十人。どいつも大したヤツぁいなかったが……」
『三夜越え』のパワーアップを経験していない、並の強さの敵ばっかりだ。
ま、当然か。
アレの生存率、かなり低いからな。
元々の強さがかなりのモノじゃねぇと、そもそも体が耐えられねぇらしい。
「に、しても。さっきのヤツ、大司教がどうとか言ってやがったが……」
大司教がクロだってのは、すでにケルファから聞いている。
襲ってくる敵の大半も、大司教の手勢みてぇだな。
やはり主犯は聖女じゃなく——。
「見事な腕だ、バルジ・リターナー」
「……へっ。ちったぁ骨のありそうなヤツが来たじゃねぇか」
死体が積み上がったホール、その真ん中に立つ俺に、木製の大剣をかついだ男がゆっくりと近づいてくる。
「よぉ、何日かぶりだな。お前に名乗った覚えはねぇんだが」
「調べさせてもらった。『三夜越え』を受けた被験体として大神殿に運びこまれ、脱走した男。その後も大神殿に忍び込んでは、他の被験体を連れ出していたそうだな」
「よーくご存じでいやがる。……いや、俺の名前が売れてんのかな?」
「……軽口を叩く男だ」
男は立ち止まり、背中に背負った大剣を引き抜いて両手でかまえた。
ブオン、と風を切る音が、重々しく耳に届く。
「我が名はユピテル。勇贈玉は【大樹】。そして三夜を越えた者だ」
「へぇ、ごていねいにどうも。俺もあらためて、自己紹介が必要か?」
「不要だ。記憶が無いのだろう?」
「その通り……行くぜっ!」
練氣・月影脚を発動。
速度を大幅にアップさせ、一瞬で敵のふところへ。
右の長剣で、胴をねらってなぎ払う。
が、この初撃は大剣の柄であっさりと止められた。
「……へぇ。今までのザコならコイツで死んでたぜ?」
「ずいぶんと退屈をさせたらしい。非礼を詫びねばならんな」
すぐに剣を押し返され、ユピテルは一歩だけ俺の間合いの外側へ下がった。
長剣の間合いの外、そいつぁつまり、大剣の間合いだ。
「むんっ!」
ブオンっ!
腕に練氣をこめた、渾身の横なぎが放たれる。
大剣だってのに、残像が見えるほどの速度だ。
「退屈? 冗談じゃねぇ」
深くかがんでコイツを回避。
頭の上スレスレをドデカい得物が通り過ぎるスリル、できれば味わいたくねぇけどな。
「俺は武人なんてガラじゃねぇんだ。敵さんが弱いに越したこたぁねぇよ」
デカい武器ほど威力は高い、だが攻撃後のスキもデカい。
振り切った直後のスキを狙うため、体を起こして一気に斬りかかろうとしたその瞬間。
「なっ……!?」
床から生えた木の根が右の足首に絡みついて、俺の体勢が前のめりに崩れる。
「樹木を操る【大樹】のギフトだ。卑怯などとは言うまいな」
転びかけた体を、左足でふんばってなんとかこらえた。
しかし、敵はすでに大剣を思いっきり振りかぶってやがる。
この状況じゃ、回避は間に合わねぇ。
「御免」
ブオンッ!!
練氣と重さを乗せた、上段からの打ち下ろし。
まともに食らっちゃ頭から真っ二つだ。
だがな……。
ガギィィッ!!
「……ほう」
俺の左手にはコイツがある。
練氣・硬化刃を発動したソードブレイカーが、ユピテルの大剣を真正面から受け止めた。
「以前にも止められたな。改めて、見事なものだ」
「だろ? 俺のトレードマークだからよ、もっと褒めてくれ」
力をこめて左手首をひねり、クシでからめとった大剣を真っ二つにへし折った。
同時に月影脚の脚力で木の根を蹴散らし、長剣の斬り上げを繰り出す。
「ぬ……!」
ユピテルが回避しつつ後ろへ飛び離れ、攻防はふりだしへ。
折れた大剣も、【大樹】のギフトで作られたシロモノだ。
ヤツが魔力をこめりゃ、すぐ元通りになりやがった。
「ふふっ。やはりお前との勝負は心が躍る」
「俺は躍らねぇよ、武人じゃねぇんだから」
ここまでの攻防、前に戦った時とそっくりだったな。
こっから先は、あの時の続きってところか。
「安心したぞ、バルジ・リターナー」
「あん?」
「ここまでの戦いで消耗してはいないかと危惧していたが……。いらぬ心配だったようだ。さぁ、全力で死合おう」
「……なぁ、その前に一つ聞いてもいいか?」
どうにも腑に落ちねえ。
今まで襲ってきたヤツら、全員が金か恐怖で縛られている雰囲気だった。
だが、コイツはちがう。
強さだけじゃねぇ、雰囲気もまるでちがう。
「……気になって戦いに集中できない、とでも言われてはかなわんからな。いいだろう、答えてやる」
「ありがてぇ限りだ。……お前、どうして大司教に従ってるんだ?」
金や恐怖でもない。
おそらく忠義でも。
だとしたら、こんなヤツが私欲丸出しのヤツのために剣を振るう理由が、俺にはわからねぇんだ。
「……従う理由、か。そうだな、一言でいうならば、『記憶を人質に取られている』だろうか」