表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

227/373

227 人工勇者の最期




「か……、は……っ」


 もうダメ、もう本当に指一本も動かせない。

 レヴィア一人を倒すために、全部の全部を出し切っちゃった。

 出し切らないと、勝てない相手だった。

 回復薬を取り出して飲むなんてことすら出来そうにない。

 視界がかすんできて、今にも意識を失いそう……。


(……ん? 今、誰か……)


 この広間に来る時に開けた天井の穴から、人の顔がのぞいた気がする。

 すぐに引っ込んだけど。

 幻覚でも見えたのかな……。


「キリエっ!」


 ……ちがう、幻覚じゃない。

 そのあとすぐに、ちっちゃいお姉さんが飛び降りてきた。


「トー……カ……」


「おい、死ぬなよ! 今行くから死ぬんじゃないぞ!」


 広間に着地したトーカは、わき目もふらずに私の方へ走ってくる。

 今の私、そんなに死にそうに見えるのかな。

 ……実際、かなり危ないとは思う。


 私のそばにしゃがみこんで、


「薬は……カバンの中か!」


 ホットパンツにつけたカバンをゴソゴソしはじめた。

 すぐに小袋を取り出してヒモを解き、二粒の薬を手のひらに取り出す。


「傷の治療薬と、体力回復薬……。キリエ、自分で飲めるか?」


「う……」


 ムリそうだから飲ませて、って言いたいんだけど、返事がのどから出てこない。

 ベアト、いつもこんな風にもどかしいしてるんだね。


「……わかった、そのまま口開けてろよ」


 でも、トーカには言いたいことが伝わったみたいだ。

 丸薬をつまんで、口の中に押し込んでくれた。


 ソイツをガリっとかみ砕いて飲み込むと、とたんに体中の痛みがウソみたいに消えていく。

 それだけじゃない。

 まるでベアトに治療されてる時みたいに、体のキズがゆっくりとふさがっていった。


「すごいな、これ。まるで治癒魔法だぞ……」


 トーカが思わずつぶやくくらいの、魔法みたいな効きの良さ。

 これを技術で作るってんだから、魚人の製薬技術はどうなってるんだか。


「トー……、あり……っ」


 お礼を言いつつ、突っ伏してた床から起き上がろうとする。

 だけど、手足に力がぜんぜん入らないし、まだ声が出せない。

 腕が体を支えきれずに、また床の上に突っ伏した。


「ムチャするな、まだキズが治っただけだ。体力は戻ってないんだから。ほら、これ」


 続いてもう一つの粒を押し込まれ、これもかみ砕く。

 トーカの指をかまないように気をつけつつ。


「ん……っ、こく……っ」


 こっちの効果もてきめん。

 飲み込んですぐ、体中に力がもどってきた。

 練氣レンキと魔力、どっちも全快の半分くらい回復したんじゃないかな。

 さっきまでの鉄より重かった体がウソみたいに、ひょいっと身軽に立ち上がる。


「トーカ、助かったよ。ありがと」


 それと、この場にはいないけどラマンさんにも。

 あの人の薬のおかげで、ベアト救出リタイアせずに済んだんだ。

 ただ、持ってる薬は今ので最後。

 ここから先はこれまで以上に気を付けなきゃ。


「あのあと、あちこちの戦闘痕をたどって追いかけてきたんだけどさ。生きてて何よりだぞ。ったく、一人にするとすぐムチャして死にかけるんだから……」


「返す言葉もないね」


 年上がブレーキかけないと危なっかしいってトーカに言われたの、つくづく身にしみる。

 結局、トーカに助けられちゃったし。


「……それだけ強かったんだよ、アイツ」


 壁際でうつぶせに倒れたレヴィアを見つめる。

 アイツ、最期に自分を取り戻してたよね……。


「……どうした? そんな顔して」


「アイツ、最期に正気を取り戻してた。『三夜越え』で失われたはずの正気を、さ」


 レヴィアの記憶は、薬でかき消されたもの。

 何かの拍子に戻ってもおかしくないと思う。

 でも『三夜越え』はワケがちがうよね。


「アレのせいで失われた正気が元に戻るなら……」


 だとしたら、きっとリーダーの記憶も……。

 ……いや、考えるのは後でいいよね。

 とりあえず、今は光明こうみょうが見えただけで十分だ。


「……ごめん、なんでもない。早く【神速】回収して、ベアトを探そう」


「だな。放置して敵に使われると厄介だ」


 二人でレヴィアの死体に駆け寄って、勇贈玉ギフトスフィア回収のため、あおむけにひっくり返す。

 【神速】は簡単に見つかった。

 手首につけてる、タルトゥス軍が使ってた腕輪にはめ込まれてる。

 さっそくはぎ取ってカバンの中へ。


「これでよし、と。さ、トーカ。早くベアトのとこに——」


「……ちょっと待て。この首から下げてる『至高天の獅子』……」


 鎧の中に入り込んでた首飾りを、トーカがひっぱり出してながめてる。

 のぞきこんで見てみると、獅子のレリーフの瞳の部分に、くすんだ色の赤い玉がハマっていた。


勇贈玉ギフトスフィア……だよな? 力を感じないぞ?」


「これ……、【炎王】の勇贈玉ギフトスフィアだ」


 この中にあるのは勇者の魂だけ。

 ギフトの力は取り出されて、レヴィアの体に取り込まれた。

 だからギフトの力を感じない。


「持って行っても余計な荷物が増えるだけだと思うけど……」


「だからって捨てていくのもな……。うおっ!?」


 とつぜん、トーカがおかしな声を上げる。

 私もちょっとびっくりした。

 手の上にある【炎王】の勇贈玉ギフトスフィアが、いきなり赤い光を放ちはじめたんだもん。


 しばらく光続けたあと、発光がおさまって、【炎王】の勇贈玉ギフトスフィアは鮮やかな赤い輝きを取り戻した。


「な、なにが起きたんだ、今……」


「……力がもどってる?」


 感じる。

 この勇贈玉ギフトスフィアから、全てを焼き尽くす炎の力を。


「【炎王】の力が、勇贈玉ギフトスフィアにもどったんだ」


「どういうことだ? レヴィアが死んだからか?」


「だと、思う。……たぶん」


 うん、たぶんだ。

 なんせ人工勇者は歴史上、レヴィアが三人目。

 ジョアナは死んでないし、二人目には会ったこともない。

 人工勇者が死んだらなにが起きるかなんて、研究してるヤツらだって知らないんじゃないか?


「とにかく、捨ててく理由はなくなったね。私が持ってくよ」


 もし敵に【炎王】を使われたらシャレにならないもんね。

 【神速】と同じく、カバンの中に『至高天の獅子』ごと突っこもうとして。


「おいおい、それ以上入るのか? パンパンになってきてるぞ……」


 トーカにツッコまれた。

 ……たしかにね。

 【月光】のはめ込まれた『至高天の獅子』に【劇毒】の首飾り、そして今入れた【神速】。

 これまでの戦いでうばった勇贈玉ギフトスフィアとその装飾品、全部入ってるんだもん。

 小さなカバンはもうパンパンにふくらんでる。


「アタシのカバン、まだ余裕あるから。よければアタシが持っとくぞ」


「……ん、じゃあお願い」


 ここはトーカに預けとこう。

 大きめサイズのカバンの中には、クイナさんを助けた場所で手に入れた大きな赤い石。

 他には工具とか、あとは薬や包帯。

 まだまだ余裕たっぷりなカバンに、【炎王】のはまった『至高天の獅子』をしまった。


「よし、今度こそベアトのとこに急ぐよ」


「おう! ……つっても、アテはあるのか?」


「ないけど……。ひとまず昇降機のところにもどって、最下層を目指そうよ」


「予定通り、だな。じゃ、急ぐか」


 うなずき合って走り出す私たち。

 天井の穴から研究室に飛び上がる時、ふと思った。

 人工勇者の力は、勇者と同じく勇贈玉ギフトスフィアに封じ込められる。

 でも、魂は?


(アイツの魂は、きっとエンピレオに喰われた)


 実感として、今の私は戦う前よりもかなり強くなってる。

 極上の魂を喰ったバケモノが、私にごほうびをくれやがったんだ。

 あの世で姉と再会すらできずに、レヴィアは魂ごと喰われた。


 ……同情はしない。

 本当にしつこかったし、あんなヤツ死んでせいせいする。


「…………」


「キリエ、どうした?」


「……なんでもない」


 研究室を飛び出して、昇降機の方へと走りながら、トーカが聞いてきた。

 本当になんでもないよ。

 自分を重ねたりもしていない。

 アイツと私は進んできた道も何もかも、全然ちがうんだから。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 割とガチで聖都決戦編(仮称)の現状MVPはラマンさんなのでは!?これで一族ではひよっこだと言うんですから、魚人さん達の医療レベルはケニーじいさんと並ぶチート級ですね! …レヴィアは「姉の死…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ