表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

225/373

225 思い出せないよ




「あの痛み……。顔を焼かれたあの痛み、全身で味合わせてやる……」


 ブツブツとつぶやきながら、レヴィアが両手を広げる。

 その体が炎につつまれて、室内の空気が一気に上がった。


「この部屋もろとも、焼き尽くして……!」


 なるほどね。

 このせまい部屋、まるごと炎でつつみこむ気だ。


「あ、アレス様……?」


「我々もいるのですが、まさかそんなこと……」


 研究員たち、必死に命乞いしてるけどさ。

 こいつ狂ってるから、残念だけどあんたら助からないと思うよ。

 ……私も他人の心配してる場合じゃないか。


「炎王熱波……! 焼き尽くせ……!」


「焼かれてたまるかっ!」


 炎が体にとどく前に、前後左右に水の防壁、水護陣を展開。

 直後、レヴィアの周囲に炎が渦を巻き、この部屋全体が熱風につつまれた。


「ひぎゃああぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」


「アレスさ、ま゛ああ゛っぁぁ゛ぁぁぁ!!!」


 研究員たちが断末魔の絶叫を上げて、黒コゲ死体に変わっていく。

 練氣レンキと水護陣で守りを固めてる私なら多少は耐えられるけど、もちろん長くはもたない。


「貴様も燃え尽きろ、勇者ァァッ!!!」


「死んでもゴメンだ!」


 黒コゲの仲間入りをする前に、床に手をついて【沸騰】を発動。

 溶かしてあけた穴から、下の階へと飛び降りた。


 部屋の真下は、どうやら廊下と廊下をつなぐ広間みたいだ。

 休憩室として使われてるのかな、長イスがいくつも置いてある。

 とうぜん、研究員は誰もいない。

 スタっ、と着地して、天井の穴を見上げた瞬間。


 渦巻く炎の中から、私にむかって赤い閃光が一直線に突っこんできた。


 ズバァァッ!!


「っあ゛……!!」


 斬られた、回避が間に合わなかった。

 激痛が走って、私の体にナナメに大きな傷が刻まれる。

 天井の穴から飛び出してきたレヴィアの、【神速】の一撃だ。

 私を斬りつけたレヴィアが、目の前に着地する。


「っこの!」


 痛みに歯を食いしばって、なんとか耐える。

 反撃したいところだけど、もちろん相手の方が早い。

 続けざまに繰り出された斬り上げを、剣で受け止めようとして、


 ペキィ……ッ!!


 とうとうへし折れた。

 中ほどから真っ二つになった刀身が、くるくると宙を舞う。

 ヒビが入った時、嫌な予感はしたんだけど……。

 剣を折られたせいで衝撃を殺しきれず、私の体はふっ飛ばされて、


「っあぅ!!」


 カベに背中から叩きつけられ、思いっきり血へドを吐き散らす。

 そのまま床に倒れ込み、少し遅れて折れた刀身が落下。

 カランとかわいた音を立てた。


「……っあ! ぐっ……、うぅぅっ……!」


 ダメだ、視界がぼやけて今にも意識が飛びそう……。


「ぐ……、うぐぅ……!」


 全身ズタボロ、武器も失った。

 敵はまだまだいるのに、コイツ一人だけじゃないってのに。


「もうすぐだ……、もうすぐでお前を殺せる……。お前を殺せば、きっと思い出せる……」


 一方、レヴィアは無傷。

 壁際に倒れてる私に、一歩ずつ近づいてくる。

 なんかわけわかんないことをブツブツつぶやきながら。


「忘れてしまった、奪われたなにかを、きっと思い出せる……」


「……思い、出せないよ……!」


 剣が折れても、心だけは折れてたまるか。

 力をふり絞って、限界ギリギリの体をむりやり立ち上がらせ、イカレ女の目をまっすぐににらみつける。


「私を殺しても……っ、お前はなにも思い出せない……!」


「……なに?」


「おかしな薬のせいだかなんだか知らないけどさぁ……」


 『三夜越え』を食らっても、リーダーは忘れなかった。

 ギリウスさんやストラのことは忘れても、『自分』だけは忘れなかった。

 記憶を失っても、リーダーは私の知ってるリーダーのままだった。


「お前は自分を見失ってる……。絶対に忘れちゃいけないものを……、忘れてる……」


 前のレヴィアとは似ても似つかない。

 コイツ誰だよ、ってもう何度思ったことか。

 アレスなんて名乗ってるし、自分の名前も忘れてやがる。


「そんなお前が……、自分すら忘れてるのに、思い出せるわけないだろうが……!」


 自分の中に通った、大切な一本の芯。

 それを失ったコイツは、もうレヴィアでもなんでもない。

 ただのレヴィアの残骸(・・)、動く死体だ。

 そんなヤツに負けてたまるかよ。


「思い出せない……? もう二度と……?」


 近づいてきてたレヴィアが、ピタリと足を止めた。

 なにをするかと思ったら、目を見開いて頭を両手で抱えながら、


「二度と……、わからないまま……? ウソだ……。ウソだウソだウソだウソだ」


 ブツブツブツブツ、何度も頭をふりながらくりかえす。

 いい加減にしろよ、こいつ。


「っぐ……っ! 練氣レンキ月影脚ゲツエイキャク!!」


 動かない体を練氣レンキで無理やり動かして、へし折れた切っ先を拾い上げる。

 刃の部分をつかんでギュッとにぎりしめ、【沸騰】の魔力を全開で流しこんだ(・・・・・)

 刃が手に食い込んで、ポタポタと血がしたたる。

 知ったことか、ベアトの苦しみに比べたらこの程度。


「ウソだ、ウソだああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


「いい加減うんざりなんだよ……、イカレ女……っ! そのうるさい口、永遠にふさいでろ……っ!!


 もう限界ギリギリだ。

 もしもまた【神速】を使われたら、なにも打つ手がない。

 ヤツが錯乱さくらんしている今、この一撃で決めなきゃ、確実に殺される。

 全てをかけて、一か八かの突きを心臓めがけて突き出した。


 ヒュバっ!!


 ……だけど、案の定。

 体が炎化してヤツはノーダメージ。

 折れた剣の先っぽが、心臓のあたりで炎にあぶられるだけ。


「……ジャマだぁぁぁアアア!!」


 やけっぱちの絶叫を上げながら、レヴィアが私の顔面を殴り飛ばした。

 炎をまとった拳で、横っ面を思いっきり。


「あがっ!!」


 ほっぺたを大やけどしたっぽいな、これ。

 歯は折れなかったみたいだけど。

 ラマンさんの薬で治るだろうか。

 ベアトに見られたら心配かけちゃうかも。


 ふっ飛ばされて倒れこみつつ、そんなことを考える。

 戦いが終わったあとのことを。


「もういい……、わからなくてもいい……。お前を殺す、それがボクの使命……。それだけは変わらない……!」


「……ぺっ!」


 口にたまった血を吐き出して、レヴィアをにらむ。

 視界はぐらぐら、フチの方なんてぼやけてるし。

 まずいなこれ、薬飲む余裕ないかも……。


「死ね、勇——」


「死ぬのはお前だけだよ」


 ジュッ……!


「しゃ……?」


 炎化を解いたヤツの胸のあたり。

 そこから肉が焼けるような音がした。


「あ……? あぁ……?」


「なにが起きたかわからないって顔してるね」


 どうやら気づかなかったみたいだね。

 私のにぎってる折れた剣の先っぽが、無くなってることにさ。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] レヴィア、大切なものを思い出せなくなってしまったのは同情に値しますが、それを「もういい」と言うまで堕ちましたか…復讐ですらない殺戮機械、いや殺人ゾンビと化してしまいましたね。 そんなレヴィ…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ