225 思い出せないよ
「あの痛み……。顔を焼かれたあの痛み、全身で味合わせてやる……」
ブツブツとつぶやきながら、レヴィアが両手を広げる。
その体が炎につつまれて、室内の空気が一気に上がった。
「この部屋もろとも、焼き尽くして……!」
なるほどね。
このせまい部屋、まるごと炎でつつみこむ気だ。
「あ、アレス様……?」
「我々もいるのですが、まさかそんなこと……」
研究員たち、必死に命乞いしてるけどさ。
こいつ狂ってるから、残念だけどあんたら助からないと思うよ。
……私も他人の心配してる場合じゃないか。
「炎王熱波……! 焼き尽くせ……!」
「焼かれてたまるかっ!」
炎が体にとどく前に、前後左右に水の防壁、水護陣を展開。
直後、レヴィアの周囲に炎が渦を巻き、この部屋全体が熱風につつまれた。
「ひぎゃああぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」
「アレスさ、ま゛ああ゛っぁぁ゛ぁぁぁ!!!」
研究員たちが断末魔の絶叫を上げて、黒コゲ死体に変わっていく。
練氣と水護陣で守りを固めてる私なら多少は耐えられるけど、もちろん長くはもたない。
「貴様も燃え尽きろ、勇者ァァッ!!!」
「死んでもゴメンだ!」
黒コゲの仲間入りをする前に、床に手をついて【沸騰】を発動。
溶かしてあけた穴から、下の階へと飛び降りた。
部屋の真下は、どうやら廊下と廊下をつなぐ広間みたいだ。
休憩室として使われてるのかな、長イスがいくつも置いてある。
とうぜん、研究員は誰もいない。
スタっ、と着地して、天井の穴を見上げた瞬間。
渦巻く炎の中から、私にむかって赤い閃光が一直線に突っこんできた。
ズバァァッ!!
「っあ゛……!!」
斬られた、回避が間に合わなかった。
激痛が走って、私の体にナナメに大きな傷が刻まれる。
天井の穴から飛び出してきたレヴィアの、【神速】の一撃だ。
私を斬りつけたレヴィアが、目の前に着地する。
「っこの!」
痛みに歯を食いしばって、なんとか耐える。
反撃したいところだけど、もちろん相手の方が早い。
続けざまに繰り出された斬り上げを、剣で受け止めようとして、
ペキィ……ッ!!
とうとうへし折れた。
中ほどから真っ二つになった刀身が、くるくると宙を舞う。
ヒビが入った時、嫌な予感はしたんだけど……。
剣を折られたせいで衝撃を殺しきれず、私の体はふっ飛ばされて、
「っあぅ!!」
カベに背中から叩きつけられ、思いっきり血へドを吐き散らす。
そのまま床に倒れ込み、少し遅れて折れた刀身が落下。
カランとかわいた音を立てた。
「……っあ! ぐっ……、うぅぅっ……!」
ダメだ、視界がぼやけて今にも意識が飛びそう……。
「ぐ……、うぐぅ……!」
全身ズタボロ、武器も失った。
敵はまだまだいるのに、コイツ一人だけじゃないってのに。
「もうすぐだ……、もうすぐでお前を殺せる……。お前を殺せば、きっと思い出せる……」
一方、レヴィアは無傷。
壁際に倒れてる私に、一歩ずつ近づいてくる。
なんかわけわかんないことをブツブツつぶやきながら。
「忘れてしまった、奪われたなにかを、きっと思い出せる……」
「……思い、出せないよ……!」
剣が折れても、心だけは折れてたまるか。
力をふり絞って、限界ギリギリの体をむりやり立ち上がらせ、イカレ女の目をまっすぐににらみつける。
「私を殺しても……っ、お前はなにも思い出せない……!」
「……なに?」
「おかしな薬のせいだかなんだか知らないけどさぁ……」
『三夜越え』を食らっても、リーダーは忘れなかった。
ギリウスさんやストラのことは忘れても、『自分』だけは忘れなかった。
記憶を失っても、リーダーは私の知ってるリーダーのままだった。
「お前は自分を見失ってる……。絶対に忘れちゃいけないものを……、忘れてる……」
前のレヴィアとは似ても似つかない。
コイツ誰だよ、ってもう何度思ったことか。
アレスなんて名乗ってるし、自分の名前も忘れてやがる。
「そんなお前が……、自分すら忘れてるのに、思い出せるわけないだろうが……!」
自分の中に通った、大切な一本の芯。
それを失ったコイツは、もうレヴィアでもなんでもない。
ただのレヴィアの残骸、動く死体だ。
そんなヤツに負けてたまるかよ。
「思い出せない……? もう二度と……?」
近づいてきてたレヴィアが、ピタリと足を止めた。
なにをするかと思ったら、目を見開いて頭を両手で抱えながら、
「二度と……、わからないまま……? ウソだ……。ウソだウソだウソだウソだ」
ブツブツブツブツ、何度も頭をふりながらくりかえす。
いい加減にしろよ、こいつ。
「っぐ……っ! 練氣・月影脚!!」
動かない体を練氣で無理やり動かして、へし折れた切っ先を拾い上げる。
刃の部分をつかんでギュッとにぎりしめ、【沸騰】の魔力を全開で流しこんだ。
刃が手に食い込んで、ポタポタと血がしたたる。
知ったことか、ベアトの苦しみに比べたらこの程度。
「ウソだ、ウソだああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
「いい加減うんざりなんだよ……、イカレ女……っ! そのうるさい口、永遠にふさいでろ……っ!!
もう限界ギリギリだ。
もしもまた【神速】を使われたら、なにも打つ手がない。
ヤツが錯乱している今、この一撃で決めなきゃ、確実に殺される。
全てをかけて、一か八かの突きを心臓めがけて突き出した。
ヒュバっ!!
……だけど、案の定。
体が炎化してヤツはノーダメージ。
折れた剣の先っぽが、心臓のあたりで炎にあぶられるだけ。
「……ジャマだぁぁぁアアア!!」
やけっぱちの絶叫を上げながら、レヴィアが私の顔面を殴り飛ばした。
炎をまとった拳で、横っ面を思いっきり。
「あがっ!!」
ほっぺたを大やけどしたっぽいな、これ。
歯は折れなかったみたいだけど。
ラマンさんの薬で治るだろうか。
ベアトに見られたら心配かけちゃうかも。
ふっ飛ばされて倒れこみつつ、そんなことを考える。
戦いが終わったあとのことを。
「もういい……、わからなくてもいい……。お前を殺す、それがボクの使命……。それだけは変わらない……!」
「……ぺっ!」
口にたまった血を吐き出して、レヴィアをにらむ。
視界はぐらぐら、フチの方なんてぼやけてるし。
まずいなこれ、薬飲む余裕ないかも……。
「死ね、勇——」
「死ぬのはお前だけだよ」
ジュッ……!
「しゃ……?」
炎化を解いたヤツの胸のあたり。
そこから肉が焼けるような音がした。
「あ……? あぁ……?」
「なにが起きたかわからないって顔してるね」
どうやら気づかなかったみたいだね。
私のにぎってる折れた剣の先っぽが、無くなってることにさ。