22 膨れ上がる憎しみ
裏切り者を消して、リーダーにも存在を悟られないまま。
目的は果たしたんだけど、全然スッキリしないし達成感もない。
ただ怒りとむなしさだけが、胸の中でぐるぐると回る。
(この人も、結局は被害者なんだ。ブルトーギュに人生をメチャクチャにされた被害者。私やリーダーたちと、一緒なんだ)
絶対に、ブルトーギュだけはこの手で殺さなきゃ。
ヤツへの憎しみが、また膨れ上がっていく。
(……ここに放っては、行けないよね)
放っておいたら、遺体を魔物や動物に食い荒らされちゃう。
半開きの目を閉じさせて、どこかに埋葬するために木の下から引っ張りだそうとした時。
ザっ、ザっ、と、こっちに近づいてくる足音が聞こえた。
敵かと思って驚いたけど、誰だかわかると、それとは違う驚きに変わる。
「リーダー……」
「よぉ、大したもんだな。俺の師匠に勝っちまうなんて」
「見て、たの?」
ここはアジトから、かなり離れた森の中。
あそこから戦闘の音が聞こえたり、何か異常に気付くなんてこと考えられない。
きっとリーダー、最初からカインさんのこと怪しんでたんだ。
「あぁ、最後の方だけ、な」
それだけ、ぽつりと口にして、カインさんの遺体の前でしゃがむ。
「奥さんと、娘さんの話は……?」
「ちょうどその辺からだ、見てたのは」
「……ごめん、リーダー」
「謝るのは俺の方だ。俺がカタをつけなきゃいけなかったのに、お前に押し付けた。すまねぇな、余計な重荷を背負わせちまって」
「カインさんのこと、いつから気付いてたの?」
「ついさっき、だな。昨日のお前の言葉が引っ掛かって、カインさんを目で追ってたらさ、どうにも様子がおかしくて、お前があとをつけてったとこで確信した。レイドとも話して、迷ってたらアイツに殴られて、さっさとケリつけに行けって怒鳴られて。覚悟決めて来たら、もう終わってたんだけどよ」
リーダーの声、震えてる。
こんな時、なんて言ったらいいのかわかんないよ。
「情けねえよな、ホント。こんなんがリーダーとか、笑っちまう……」
「…………私、先に戻ってるから」
「……すまねえ」
たぶん、今リーダーの頭の中はぐちゃぐちゃだ、一人にしてあげたい。
それに、カインさんを殺したのは私。
色んな意味で、この場にはいられないよ。
戦ってる時に落とした、穴の空いた帽子をかぶって、王都の方へと歩き出す。
傷だらけの体が、木や草にこすれて痛い。
けど、かすかに聞こえてきたリーダーの叫びの方が、もっとずっと、心に痛かった。
体も心も痛すぎて、茂みがガサガサっと揺れたのに、その時は気付けなかった。
○○○
「……ただいま」
「おかえりーって、ちょっとどうしたのそのケガ!」
武具屋に帰ったら、ストラにびっくりされた。
そりゃそうだ、血まみれのボロボロだし。
「……っ!!」
ベアトがすごい勢いで走ってきて、心配そうな目を向けられる。
「大丈夫、そんな大きいケガはしてないから」
「……!」
そんなの知るか、って感じで、私の腕をぐいぐい引っ張る。
ちょ、それこそ痛いってば。
「いいから大人しく、奥に引っ込んでろ!」
パシンっ!
ストラに丸めた羊皮紙の束で、思いっきり頭叩かれた。
いや、私ケガしてるんだってば。
「そんな血まみれで入り口に突っ立ってたら営業妨害! お客さんもびっくりしてるでしょ、さっさと治してもらってきなさい!」
……確かに。
今、店中のお客さんの注目浴びちゃってる。
半分は、ストラの怒鳴り声のせいじゃないかな、とは言えないね、うん。
でも、ストラの言う通り。
「ごめん、奥下がるね」
「ベアト、治療おねがいね。その間、私一人で店見とくから」
「……っ!!」
大きくうなずいて、めっちゃ張り切ってるベアト。
私は背中を押されて、彼女といっしょに店の奥、居住スペースへと引っ込んだ。
さすがにお客さんの前で、地下への扉開けるわけにはいかないからね。
「……っ」
リビングの椅子に座らされて、治癒魔法による治療がはじまった。
ベアトのヒール、かなり上手な方だと思う。
あったかくて気持ちいいし、傷がすぐにふさがってくし、傷あとも残らない。
あちこちの傷口ひとつひとつにヒールをかけて、傷口が閉じたら濡れタオルで血をぬぐってくれる。
こんなやり方、魔力も根気もかなり必要なのに。
「ねえ、強力なやつを全体にかければ、一回の魔法で済むんじゃない? 一個一個やってたら疲れるし、魔力もいっぱい使っちゃうでしょ」
「……っ」
ふるふる、首を横にふって、紙に文字を書きだした。
『ざつなやりかただと、はだにあとがのこっちゃいます』
「別にいいよ、傷あとくらい残ったって」
『ダメです。わたしのことよりじぶんのことをきにしてください』
「はぁい……」
ベアトにまで怒られちゃった。
大人しく、丁寧な治療を受けるとするか。
……ん?
私、ベアトのこと気にかけてたの?
(……ま、いっか)
なんだか体がぽかぽかして、眠たくなってきた。
ベアトにだっこされてる時、みたいな感じ。
頭がぼんやりして、まぶたが勝手に落ちて……。
目をあけたら、もう夕方だった。
治療はとっくに終わってて、ベアトは私のとなりの椅子で私にもたれて寝息を立ててる。
「寝ちゃってたか……。ベアト。起きな」
ほっぺをつんつんしてやると、目が覚めたみたい。
私の顔をじっと見て、にこっと笑いかけてきた。
「お疲れ、おかげで全快だよ。ありがとね」
「……っ」
ちょっとお礼を言われただけで、すっごい嬉しそうに笑うんだ。
ホント、調子狂っちゃうよ。
「……ねえ、何があったかは聞かないの?」
ベアトは少し考えたあと、サラサラっと筆を走らせて。
『きかないほうがいいと、おもいました。ちがいましたか?』
「……聞いて、欲しくない、かな」
『わかりました、ききません』
あぁ、ダメだ。
私、この子の優しさに甘えてる。
こんなんじゃダメだ、特別なんて作らないって誓ったのに。
このままじゃ、この子もいつか特別になってしまう。
「……ねえ、ベアト。今日からさ、私、一人で寝るから。いいかな?」
「……っ!?」
そんな悲しそうな、不安そうな顔しないでよ。
嫌いになったんじゃない、好きになりたくないだけなんだ。
「お願い。ベアトのこと、嫌いになったわけじゃないの。だから、お願い」
「…………っ」
納得できない、そんな表情で、私にぎゅっと抱きついてくる。
……勘弁してよ。
もうこれ以上強く言えないじゃん。
「……ごめん、今のは忘れて」
意志、弱いなぁ。
こんな簡単に折れちゃうなんて。
これ以上、私の心に入ってきてほしくないのに。
店の方に顔を出すと、もう閉店後の後片付けの真っ最中。
ストラが商品をはたきでぱたぱたしながら、私たちをにらみつけてきた。
やっぱ怖い。
「あんたら、ずいぶんとゆっくりしてたね……。兄貴も帰ってきてないし、その間、あたしが一人でどれだけ忙しかったか……!」
ヤバい、めちゃくちゃ怒ってる。
あと、すごく気になる部分があった。
「あれ? リーダーまだ戻ってきてないの?」
カインさんを埋葬して、戻ってくるだけにしては遅すぎる。
まさか、無茶なことしてるんじゃ……。
「そんなことより、まず手伝って——」
ガラリ。
店の戸が開いて、リーダーが戻ってきた。
良かった、余計な心配だったみたい。
それと、ジョアナも一緒だ。
「お前ら、地下に行くぞ。次の作戦の説明だ」
戻ってきたリーダーの顔つきは、いつもより鋭くて、影が濃かった。
全員で地下室に下りて、会議室へ。
リーダーが大陸の地図を広げて、王国領の西の果てを指さした。
「フレジェンタの街。第一王子タリオ・タルタロット・デルティラードがここにいる。最前線のこの街に、遠征軍一万五千の総大将として、十二人の妻たちと一緒にな」
リーダーは私をじっと見て、口にする。
「キリエちゃん、ジョアナと一緒にここへ向かってくれ。頼まれてくれるな?」