219 たった一つの誤算
「クソッタレ、クソッタレ……! ソーマの野郎、この俺にこんな役まかせやがって……!」
ブースターをふかせて飛行する魔導機竜の背で、男は恐怖の形相を浮かべながらつぶやいた。
ひたいからあふれ出る汗が風に散り、目をおおう暗視ゴーグルのすきまから涙すらあふれ出る。
彼はゴルグ、一介の研究員だ。
戦闘に関しては素人だが、夜目が効く。
夜でも昼間と変わらない見通しがきき、加えて遠くを見る力も人一倍強い。
だからこそ、ソーマは彼に自らの戦いの監視役をまかせた。
『星の記憶』の技術で生み出した、最新型の暗視ゴーグルと、【機兵】の勇贈玉をたくして。
自らの戦いを数キロ先の安全な場所から見届けさせ、万が一勇者に敗北した時は、魔導機竜の機動力で研究施設にすみやかに伝える。
戦わなくてもいい、命の危険はない。
しかも大司教直々に褒美が出る、ボロい任務だったはずだ。
「なのに……っ、なのにっ……!」
恐怖で声を裏返しながら、彼は背後をふりかえった。
その目にうつるのは、いっぱいに口を開けて迫る溶岩の龍。
すぐれた視力が暗視ゴーグルでさらに強化され、マグマの泡がはじける一つ一つまでが鮮明に見えた。
「なんでこんな……! 俺がなにしたってんだよぉ……!!」
どうしてこうなってしまったのか。
奥歯をガチガチと鳴らしながら思い出す。
溶岩のドームが作られてしばらくたった時、勇者が天井の穴から飛び出した。
光の柱もピタリとやみ、勇者と仲間たちがあつまって何やら会話をはじめる。
この時点で、彼はソーマの死を確信。
研究所に引き返すため、魔導機竜のブースターを展開、魔力をこめて加速した瞬間。
勇者がマグマの龍を生み出し、ソイツが猛スピードで追跡を開始した。
たった十数秒前のこと。
しかし、ゴルグにとってははるか昔のことのように感じられた。
「クソ! クソ、クソっ! 振り切れねぇ!」
全速力を出しても、溶岩龍は振り切れない。
ジワジワとその距離をつめていく。
トーカが操った場合、ガーゴイルの最高速は溶岩龍を軽く振り切ることが可能だった。
しかし、ゴルグはただの研究員だ。
その魔力量は決して高いわけではない。
つまり——。
ボンッ!!
「なっ、なんで……!」
作り出される機械兵器の強度も、トーカのものよりはるかに落ちてしまう。
全速力の稼働にたえきれず、ブースターが煙をふいて機能停止したことも、彼の魔力の低さゆえだった。
推進力を失って、ガーゴイルは減速しながら墜落していく。
「くそっ、動け! 動けよ!」
いくら叫んでも、減速は止まらない。
恐怖のあまり、首から下げた【機兵】の首飾りを無意識ににぎりしめる。
溶岩龍が巨大な口を開け、その煮えたぎる熱をゴルグは肌で感じた。
「来るな、来るなぁぁっ!!」
マグマに飲み込まれる瞬間、彼の頭の中に駆けめぐったのは脈絡のない記憶。
失敗作とののしり、聖女のクローンを靴底で踏みつけた時。
ヒステリックに叫び、仲間の研究員の頬をはたく聖女を見て見ぬふりをした時。
泣き叫ぶ人々に、機械的にギフトの力を注入して肉塊に変えていった時。
全身を地獄のような熱に焼かれ、回想は突然ブツリと途切れた。
〇〇〇
「……よし、仕留めた」
マグマに飲まれ、大爆発を起こすガーゴイル。
溶岩龍が離れると、炎に包まれながら平原へと墜落していった。
ソーマの野郎が【機兵】を持ってたのは、自分がやられた時に知らせるためだったみたい。
ヤツの手ゴマが魔力を解放した瞬間にディバイさんが感知してくれて、私はとっさに溶岩龍を自動追尾で飛ばした。
ソーマの敗因、たった一つの誤算だったのが、ディバイさんの感知能力の高さ。
【機兵】の敵に私たちが気づくことは、ソーマの計算外だったわけだ。
「墜落現場に急ごう。【機兵】の勇贈玉が転がってるだろうし」
「う、うん……。勇贈玉はともかく、アタシの首飾りはアレで無事なのか……?」
「……無事だといいね」
さっと走って、すぐに魔導機竜の墜落した場所に到着。
翼がもげて、部品が散らばって、機体のあちこちが燃えている。
「ひっでぇな、こりゃ。ディバイがいなきゃ勇贈玉探すのも一苦労だぜ」
「迷惑かけるね、ディバイさん」
「バルジの役に立てるなら、この程度……」
勇贈玉の魔力を感じ取れるディバイさんがいれば、どっかに吹っ飛んだ小さな玉でも簡単に見つけられる。
ホント、この人がいっしょに来てくれてよかった。
そもそもディバイさんがいなかったら、ソーマに勝ててたかどうか。
勝てたとしても、もっともっと時間がかかってただろうな。
ディバイさんが目を閉じて、魔力の波動を感じ取る。
私には、それが簡単なのか難しいのかはわからないけど、三秒くらいたったあと。
「……そこ、だな」
スッと指をさしたのは、墜落場所から二十メートルくらい離れた場所。
さっそくむかって確認してみると……。
「これ、かな……?」
黒コゲになった、人間の腕らしきものが転がってた。
乗ってたヤツはたぶん消し炭になって、墜落の衝撃でバラバラに吹っ飛んだんだろうな。
にぎり拳の部分を足先でつっつくと、パラパラと粉になって崩れ落ちる。
そして、中から現れたのは。
「あった。見つけたよ、トーカ」
トーカの作った、【機兵】の首飾り。
飾りの部分が少し溶けてるけど、パッと見た限りの損傷はそのくらい。
問題なく首から下げて使えそうだ。
拾い上げて、こっちに走ってきたトーカに手渡す。
「思ったより無事だったな。直さないといけないのには変わりないけど……」
少しだけホッとした、でも少し残念そうな複雑な表情で、トーカは首飾りを受け取って。
「ありがとあっっつ!!!」
すぐに放り投げた。
私が沸騰で生み出した熱って、自分じゃあんまり熱さを感じないんだよね。
メチャクチャ熱くなってたことに気づかなかったよ。
【水神】の力で冷やして、改めてトーカに手渡す。
首にチェーンをかけて、手の中にギュッとにぎって【機兵】をコントロール下に。
「……よし。出ろ、魔導機竜!」
高らかに叫ぶと、地面から黒い粉が浮かび上がって固まって、巨大な鉄の飛竜を形作った。
「んー、やっぱこれだな! なんかもう懐かしい感じがするぞ!」
地中の砂鉄を操って機械兵器を生み出すギフト、【機兵】。
トーカとはいろいろと因縁が深くて、付き合いも長い勇贈玉だ。
なんとなく、トーカも嬉しそうに見える。
ただ、感慨にふけってるヒマも余裕も今の私には無いんだ。
「トーカ、早く飛ばして。リーダーたちも早く乗って」
いち早く機竜の背に飛び乗って、みんなを急かす。
ソーマと機兵のヤツを殺すのに、それなりの時間をかけちゃったもん。
まだまだ敵は残ってるんだし、時間は一秒でも惜しいんだ。
……特にレヴィア。
アイツとの戦いは、タダですむ気が少しもしない。
「……だな。助けを求めてる女の子を待たせるマネしちゃいけねぇや」
リーダーが背中に飛び乗って、ディバイさんも無言で続く。
「おっし、全速力でぶっ飛ばすからな!」
最後にトーカが首の部分にまたがって、ガーゴイルが大きな翼をはばたかせた。
機体が少しずつ浮かび上がり、五十メートルくらいまで上昇。
翼からブースターがせり出して、火をふいた。
「ふり落とされるんじゃないぞ!」
心配しなくても、ふり落とされるようなヤワなヤツはここにはいないよ。
トーカのかけ声とともに、ガーゴイルは急発進。
翼で夜風を切って、猛スピードで飛んでいく。
ノスピスの森があるという北にむけて、まっすぐに。