217 使えないギフト
殴り飛ばされたクソ野郎が、顔面から血を流して悶絶する。
いつもの私ならたっぷり時間をかけていたぶって、生きてることを後悔させてやるとこだけど、運がよかったね。
今の私は急いでるんだ。
「さっさと殺すから、もうしゃべんなくていいよ」
「ぶ……っ、ぶふふっ……、ふばはははははっ!!」
なんだ?
鼻血をまき散らしながら大笑いしだしたぞ、コイツ。
絶望のあまり狂ったの?
「あまりっ、あまりやりたくはなかったのですがねぇ! こうなっては仕方ありません!」
ソーマの野郎、なにを思ったか右手を真上にかかげた。
その手のひらの先に光の玉が生み出されて、
ズガァァァァッ!!
光線が発射される。
白い光が冷えかたまった溶岩のカベをブチ抜いて、満月の光がスポットライトみたいにソーマを照らした。
「ふっ、ふふふっ、ふはははははっ、ゴパァッ!!」
また笑いだして、今度はハデに吐血。
「い、今のは……っ、体内に取り込んでパワーに変換した月の光の力を……っ、元の光にもどしたものです……!」
……ふーん。
「体への反動が大きいので、ゴパッ!! できればやりたくなかったのですが、ゴボォッ!!」
「……苦しそうだね。でも」
「しかし、しかしっ! これで私は満月の光を取り戻したっ! まだ勝ちの目は——」
「そろそろ楽になるから」
こぽっ。
こぽこぽっ。
「あがっ?」
どうやらアイツ、内心では相当テンパってたみたいだね。
私に触られるってどういう意味なのか、すっかり忘れてたみたいだ。
「さっきぶん殴った時に、【沸騰】の魔力を送りこんどいた。練氣と魔力、同時に使うのは難しいから、ちょびっとしかくれてやれなかったけどさ」
ほんの少ししか魔力を送りこめなくって、沸騰しだすまでに時間がかかっちゃったけど。
ようやく煮立ってきたみたい。
「そうっ、でしたね……! 触れれば終わりなのは、あなたも同じ……っ!!」
鼻のあたりからグツグツ煮えはじめて、皮膚が血の泡を弾けさせる。
【沸騰】の魔力は、鼻から顔全体へ、そして頭の内側へと、どんどん浸食していくんだ。
「……ねえ、遺言はある? あってもなくても今すぐ殺すけど」
「……ふっ、ふふふ……っ! 私を殺しても、あなたの強さは毛ほども変わりませんよ?」
「だろうね。素のアンタなんて、ラマンさんに突き飛ばされるくらいだもん」
「私が敗北しようとも……っ、こちらがわの痛手には゜っ……!」
口の中も沸騰しだして、しゃべるのも辛そう。
このクソに敗北感を与えられないの、ものすごく腹が立つけど、今の私の最優先はベアトを助けること。
「言いたいことは終わり? じゃ、カミサマのエサになって来い」
頭をつかんで、【沸騰】の魔力を手加減ナシに大量注入。
「ふ゜はっ! ふ゜ははは゜はっはは゜はは゜ぴげぁぁあぁっ!!!!!」
つるつる頭を真っ赤な血で弾けさせて、脳みそや目玉をまき散らして、神官ソーマは死んだ。
「……」
頭を失った体から、噴水みたいに真っ赤な血が噴き出す。
あおむけに倒れて、ビクビクと痙攣する死体を見下ろしながら、体に宿った力を確認。
(……うん、なんにも変わってない)
自分が敗北した時のリスクの低さまで計算して、コイツは最初に襲ってきたんだろうか。
もちろん、勝つつもりだったんだろうけどさ。
ま、とりあえずは勇贈玉の回収だ。
首から下げてた、目の部分に【月光】の玉がはめ込まれた『至高天の獅子』。
まずはコイツを回収。
「たしかトーカ、コイツが【機兵】を持ってたって言ってたよね」
次にローブの外ポケットをまさぐってみる。
たしかに何かが入ってるみたい。
トーカの手に【機兵】がもどれば、機動力が大きくアップするけど……。
中に入ってた首飾りを取り出してみると、
「……これ、【機兵】じゃない?」
首飾りには、たしかに勇贈玉がはめ込まれてる。
でも、色が【機兵】の黒じゃなくて紫色。
首飾りのデザインも、トーカが作ったものとぜんぜんちがう。
「【劇毒】……だよね、たぶん」
ベルナさんが持ってて、そのままだったヤツだ。
きっとソーマが回収したんだろう。
これ以外、何か持ってる様子はナシ。
残念だけど【機兵】は取り戻せなかったみたいだ。
「……戻ろう。リーダーたちも心配だ」
持ってないなら仕方ない。
それよりもリーダーたち、ぶっとい光線から無事に逃げ切れたんだろうか。
ひとまず私は、ソーマがあけた天井の穴から外に飛び出した。
〇〇〇
結論から言うと、トーカもリーダーも無事だった。
二人とも軽いケガをしてたけど、ラマンさんからもらった市販素材製のぬり薬でなんとかなる程度。
「バルジ……、安心したぞ……」
リーダーの無事を喜ぶディバイさん。
思えばこの人、私にとってはナゾだらけだ。
「おう、この通りピンピンしてるぜ? だが、どうするキリエちゃん。疲れてるんなら休息も必要だが……」
確かに、多少は疲れたよ。
あっちこっちに傷があるし、溶岩ドームを作るために魔力も半分近く使っちゃった。
ソーマのヤツに、まんまと力を削られたわけだ。
「平気。走ってれば回復する」
「お、おう……。そうか……」
もちろんそんなわけないけどね。
かすり傷程度のダメージに、貴重な回復薬を使うのももったいないし。
「で、リーダー。これ」
ソーマからはぎとった、【月光】がはめ込まれた『至高天の獅子』をリーダーに投げ渡す。
「おっと! こいつは戦利品か」
「それを使えば、一気に敵のアジトまで行けるんじゃないかな」
うまくいけばいいんだけど、あのソーマのことだ。
【月光】が私たちの手に渡ることまで計算済みのはずだよね……。
「なるほどな、試してみる価値はありそうだ」
リーダーが首飾りをにぎって、【月光】をコントロール下に置いた。
これで感覚的に【ギフト】の使い方はわかるはず。
目を閉じてしばらく念じたあと、リーダーはため息まじりに首を横にふった。
「ダメだこりゃ。どうやらこのギフト、一度行ったことのある場所にしか行けないみたいだぜ」
「……やっぱり」
そんなことだろうとは思ってた。
時間稼ぎが一番の目的なのに、移動手段を敵に渡すわけないよね。
「ベアトの捕まってるトコまでは、走っていくしかないわけか……」
「そういうことだな。つーわけでキリエちゃん、コイツは使い物にならねぇ。返しておくぜ」
投げ返された『至高天の獅子』をキャッチして、雑にポケットにつっこむ。
この先、コイツに使い道はないもんね。
建物の中は月の光が入らないし、建物ごとビームで攻撃したらベアトたちまで巻き込んじゃう。
本当に、心底使えないギフトだ。