215 見えないのに、そこにいる
リーダーがソーマの背後から攻撃をしかける。
私が冷静さを失ってないとわかって、チャンスに合わせてくれたみたいだ。
ヤツの首を落とすため、右手の長剣が振るわれて——。
ブオンっ!
ヤツが消えたあとの、何もない空間を斬り裂いた。
「チッ、気づいてやがったか……」
リーダーに首を斬り飛ばされる寸前、ソーマは瞬間移動で姿を消した。
ヤツの姿はまた、どこにも見当たらない。
いったいどこに消えたんだ……?
あたりには隠れられるような森も岩影も何もない、ただの平原なのに。
「……ん?」
待てよ。
どうしてヤツは、なにもない平原で襲ってきたんだ?
森の中なら隠れる場所もたくさんあるし、奇襲だってし放題。
私たちに隠れられるデメリットもあるけど、その方が有利なはずなのに。
(ヤツがそれを考えてないわけがない。なにか理由があるはず——)
「キリエちゃん! また上から来るぞ!」
「もう……、考える時間もくれないのかよ!」
リーダーが空を指さして、また始まった極太光線の雨あられ。
今度は背後も警戒しながら走り回る。
でも、ヤツはちっとも姿を現さない。
ソーマの目的はもちろん私たちを殺すことだけど、殺せない場合も考えて、できるだけ戦闘を引き延ばしてるんだ。
ベアトのためにもこれ以上、こいつに時間を食われるわけには……!
動き回って光の柱を回避、回避、回避。
一瞬前に私がいた場所の地面が、次々と光線でえぐられていく。
明らかに私たちのいる場所を狙い撃ちしてる。
つまりこれ、どっかでアイツが見てるんだ。
見えないけど、必ず目の届く場所にいる。
「リーダー、なんか手はない!?」
「手ぇつってもよ……! こうも狙い撃ちされちまったら……!」
「だよね……、休んでるヒマもない……!」
「……バルジ、苦労しているな」
私とリーダーが攻撃をよけて、背中合わせになったタイミング。
そこを狙って、ディバイさんが風魔法ですっ飛んできた。
首根っこをつかまれたトーカもいっしょに。
「ここは俺にまかせろ……」
両手に魔力を集中させて、ディバイさんは氷魔法のドームを作り出す。
半透明の分厚い氷が、私たち四人を包みこんだ。
どうやらこの氷、さっきまで作ってたカベと同じかそれ以上の強度みたい。
次々と撃ちだされる光線も、コイツを貫通できないようだ。
「これで少しは、考える時間がかせげたか……?」
「おう、ナイスだぜディバイ!」
氷は半透明、あたりの様子を観察しながら敵の攻略法を考えられる。
ただ、のんびりはしてらんないな。
光線が強力すぎて、少しずつ氷が溶けだしてるもん。
「ねえ、リーダー。この攻撃の正確さ、どっかから見てなきゃできないよね」
「間違いねえな。ところがだ、どこを見回しても、あの野郎はいやしねぇ」
「……それなんだけどさ」
発言者はトーカ。
ディバイさんに雑にあつかわれて少し機嫌が悪そう。
「キリエ、覚えてるか? 前にメロのヤツ、【機兵】の勇贈玉の存在を感知しただろ?」
「……あぁ、あの……なんていったっけ。そう、ブルム。アイツの黒コゲ死体から見つけたんだよね」
【機兵】の使い手を殺したあと、マグマに焼かれても無事だった勇贈玉の魔力反応を、メロちゃんが感じ取ったんだ。
「アレと同じこと、これだけの魔法を使えるディバイさんならできないのかな、って」
「……難しいな。これほどの魔力攻撃が連続して続いている状況では……。だが、やるだけやってみよう……」
氷のドームを維持しながら、ディバイさんが集中をはじめた。
これでヤツの居場所を感じ取れればいいんだけど……。
「……む」
「お、やったのか?」
「……むぅ。勇贈玉の魔力、かすかに感じ取ることができた」
「……どこから感じたの?」
きっとそこが、敵のひそんでいる場所だ。
「……そこだ」
そう言ってディバイさんが指さしたのは、ここからむかって右側、何もない草地の上。
うん、なんにもいない。
「お、おいおい……。どういうことだ、こいつぁ」
「ディバイさんの感知が間違ってるってことは……」
「可能性は低いだろうな。ディバイの魔力はバケモン並だ」
……だろうね。
氷のカベの強度を見ても、この人がものすごい魔術師だってことはわかるよ。
「つまりじっさいに、勇贈玉を持ったヤツがその場所にいるってこと……?」
見えないのに、いる……?
透明化のギフト……なワケないよね。
アイツの勇贈玉は【月光】ただひとつ。
人工勇者じゃないんだから。
「……あー、お話中悪いんだけどさ」
またまたトーカが口を開く。
上の方を指さしながら、冷や汗をたらして。
「この氷のドーム、もうすぐ溶かされるかも」
トーカの指さす先を目で追うと、なんとドームの真上にとんでもなく巨大な光の玉が。
だいたい大きさは百メートルくらい。
「ここまで、だな……」
「すぐにカベを解け! さっさと逃げるぜ!」
いくら硬くても、あんなん浴びたらおしまいだよね。
極太の光が打ち下ろされる直前、ディバイさんが氷のカベを解除。
全速力で範囲の外に逃げる。
(こんなん出したら、この辺り丸ごと吹き飛ぶって!)
ディバイさんは私といっしょの方向へ、風魔法で低空飛行。
リーダーはトーカの首根っこをつかんで、練氣・月影脚を発動。
私とは逆の方向へ、全力で突っ走っていく。
でも、そのあと二人がどうなったかはわからない。
だって、ぶっとい光の柱が地面に打ち下ろされて……。
ドガアアアアァァアァァァァァァァァッ!!!
耳がおかしくなりそうなほどの大爆発。
爆風で体が飛ばされて、私とディバイさんはゴロゴロと地面を転がる。
なるほど、一人で襲ってくるわけだ。
こんな攻撃、味方がいたんじゃ使えないもんね。
(……こんな相手、どうやって攻略すればいいんだよ。どこにいるのか見えないし……)
考えろ、コイツの力は月の光をあやつる能力だ。
光をあやつる、か。
なんか漠然としてて、なんでもできそうな気がしてくるな。
(……光。そういえば昔、ケニーじいさんから教わったことがあったっけ)
さっき見た、ぶ厚い氷のカベごしにぼやけた景色で思い出した。
ガラスのコップに棒切れを入れると、棒が曲がって見えるんだ。
この不思議な現象、光が曲がるせいなんだって。
物が見えるのは、光が物に当たって反射するから。
だから光が曲がると、見えるものが見えなくなったり違う場所にいるように見えたりする。
……ホント、なんでも知ってるケニーじいさんって何者だったんだろう。
(光、光か……。まさか、そういうこと?)
ピンときた。
どうしてヤツがなにもない平原で襲ってきたのか。
森の中じゃ、密集した木に月の光がさえぎられて能力を使えないんだ。
それがヤツを殺す方法につながってる。
「ねえ、ディバイさん。感じた反応、まだ動いてない?」
「あぁ……」
多分、その反応がソーマ。
アイツは光を曲げて、自分の姿を隠してる。
……私の推理が正しければ、だけど。
だから、アイツを殺すためには光をさえぎってやればいい。
問題は、半端な方法じゃ逃げられるってこと。
少しでも光があればワープされるし、ヤツ自身のスピードも半端じゃない。
ソーマと月の光を、ヤツに気づかれない方法で完全に分断しなきゃダメなんだ。
そのためには、この人の助けが必要だ。
「……ねえ、ディバイさん。手伝ってほしいことがあるんだ。アイツを殺すために」
「……いいだろう、言ってみろ」