214 触れられたら終わり
極太の光線が、地面をえぐりながら発射される。
月の光を集めて放つあの攻撃、上空から打ち下ろすだけじゃないみたいだ。
まずは高く飛び上がって攻撃を回避。
この程度の攻撃、ほかのみんなもよけられると信じて、ソーマを殺すことに集中だ。
「勇者殿、上に飛んでもよかったのですかな?」
「……あ?」
どういう意味だよ、と問い詰める間もなく、大量の光の玉がソーマの周囲に現れた。
ざっと二十個くらい。
「いえね。空中でこれをよけられるのか、少し心配になりましてな」
それらがいっせいに輝きを放って、私にめがけて大量の光線が発射される。
「……いらない心配ご苦労さん」
そんな攻撃、簡単に食らうか。
「出ろ、『水龍』!」
【水神】の魔力を全開にして、瞬時に大量の水を生み出す。
いつものことながら龍の形をしてるのは、私の中の強そうなイメージと、空を飛ぶ時のイメージしやすさのせい。
魔法ってイメージが大事だし。
龍の頭が私の体をすっぽり飲み込んで、空中を自在に動きながらソーマへ突撃をかける。
一直線に発射された光線は私にかすりもしないまま、遠く夜空に消えていく。
「ほう、空中の移動も自由自在と。【水神】の力、つくづく厄介だ」
とか言いつつ、余裕の表情は一切崩さない。
だからコイツ、ムカつくんだよ。
大きく口を開けた水龍の中、私は腰の剣を抜き放って、突進しながら切っ先をむける。
並の敵ならこの一撃で、心臓つらぬかれて一巻の終わり。
だけどコイツには——。
「では、少し距離を取らせていただきましょうか」
瞬間移動があるんだよ。
攻撃が届く前にソーマは姿を消して、私も水龍を解除。
水しぶきが舞い散る中で着地し、地面をクツの底ですべってブレーキをかける。
「アイツは……っ」
すぐにソーマを探すけど、キョロキョロ見回してもヤツの姿がどこにも見当たらない。
隠れる場所なんてどこにもない平原なのに、いったいどこ行ったんだ……?
代わりに、リーダーとトーカがディバイさんの側にいるのが確認できた。
あの人の氷の盾で、光線から守ってもらってたみたいだ。
「キリエちゃん、助太刀は必要か? ……つってもそんな戦いじゃ、割って入るのはキツそうだけどよ」
「……正々堂々と戦うべき相手でも状況でもないからね。スキがあったらお願い」
「おう、任せとけ。……それと、ムチャだけはすんじゃねぇぞ」
ムチャならいつもしてるよ。
ムチャしないと勝てない相手ばっかりなんだもん。
リーダーと話しながら敵を探して、上をむいた時、私は若干うんざりした。
だってさあ、また上空に大量の光の玉が浮かんでるんだよ。
「ワンパターンかよ!」
その場から走り出した瞬間、始まる怒涛の爆撃。
まるで雨のように降りそそぐ極太の光の柱から逃げ回る。
たしかに当たれば即死だろうけど、こんな風に乱発しても当たらないだろ。
下手な魔法は数撃ちゃ当たるというけれど、それは戦いの素人同士の話。
(……考えろ。ソーマの性格上、意味のない攻撃はしないはず)
ここまで腹が立つほど狡猾だったソーマ。
この攻撃も、狙いは他にあるのか……?
(目くらまし……? 爆撃の轟音と光、それからずっと上をむいてる私……)
その時、私はピンときた。
上をむくのをやめて、背後をふりかえりながら剣を振るう。
その瞬間、私の真後ろにいたソーマが驚きの表情を浮かべた。
「おや……?」
すぐさまソーマは瞬間移動で姿を消す。
ブオンっ!
剣がからぶって、同時に天からの爆撃も終了。
「まったく、いやまったく! あなたには驚かされるっ!」
クソ野郎は私の目の前にワープ出現。
またパチパチと耳ざわりな拍手をしてくれてるけど、お前にほめられても嬉しくもなんともないからな。
「……残念だったね。私に触れなくってさ」
そう、今ソーマが狙っていたのは私に触れること。
触れさえすれば、コイツは月が出ている範囲どこにでも瞬間移動ができるんだ。
夜明けまでに研究施設へたどり着けないほど遠くにも、一瞬で。
光と音で自分の気配をくらませて、私の真後ろまで瞬間移動。
私に触れて遠くまでワープしたら、私だけを置いて戻ってくる。
たったそれだけで、もうこいつの勝ち。
私が触れれば勝てるように、アイツも触れれば終わりなんだ。
「私の狙いまで見透かされていたとはっ! さすがに歴戦の猛者、見事としか言えませんなぁ!」
「……なあ、今この瞬間にも、私の大事なベアトが助けをもとめてるんだ。クソ野郎の臭い口から放たれる人間未満の鳴き声なんざ、聞いてるヒマはないんだよ」
「ははっ、これは口が悪いですなぁ。親御さんが聞いたら泣きますぞ? ……おっと、もう死んでいましたか。これは失敬、失敬っ!」
……安い挑発には乗らないか、お互いに。
「時間稼ぎがしたいなら、ムダ話よりも良い手があると思うけど? もう時間のムダ、殺しにいくね」
「おっと、お待ちなさい。愛しいベアト様の近況報告、聞きたくはないですか?」
距離をつめようと一歩、踏み出した足が止まる。
ベアトの名前を出されただけで、勝手に止まったんだ。
「ベアトの……?」
「ベアト様は今、機械仕掛けの神の花弁に取り込まれている真っ最中でしてな」
花弁……?
そのなんちゃらマキナがどんなものかは想像つかないけど……、
「ゆっくり、じっくりと液体金属に体の表面がコーティングされていくのです。想像を絶する恐怖でしょうなぁ」
だけど、今ベアトがどれだけ怖い思いをしているかは、簡単に想像できるよ。
「体の表面をおおった金属は、次に体の中へと浸食を開始します。完全なる生体パーツへと作りかえるためにね。この段階に至ったらば、もはや手遅れっ! ベアト様を救い出す手段はございません」
きっとベアトは、今も私が助けにくるのを待っている。
小さな体で、想像を絶するような恐怖に耐えながら。
「いやはや、恐怖にゆがみ助けを求めて叫ぶベアト様のご尊顔っ! ぜひとも、ぜひともあなた様にお見せしたかったっ!」
きっとリーチェにも会ったんだろうな。
血のつながったお姉さんが黒幕だったなんて、優しいベアトはどれだけ傷ついただろう。
「……おっと失礼。ベアト様はいくら叫ぼうとも声無き叫びしか出せませんでしたな。くくっ、くはははははっ!」
そんなベアトを、今コイツはあざ笑った。
許さない。
百回殺しても殺し足りない。
殺意が臨界点をこえて、視界が真っ赤にそまった気がした。
一歩、また一歩と、ソーマにむけて歩き出す。
「お、おい、キリエちゃん! ただの挑発だ、冷静さを失うな!」
「くははははははっ!! これはいい、勇者殿は大変お怒りのご様子だぁ。ではそろそろ——」
耳ざわりな笑い声を上げたあと、ヤツの姿が消える。
「ご退場とゴバァ!!!」
現れたのは私の真後ろ。
タイミングを合わせて後ろに蹴りを突き出してやったら、見事に腹へクリーンヒットしたみたい。
つぶれたカエルみたいな声を上げて、クソ野郎がすっ飛んでいく。
「がっ、ぐっ、ごはぁぁっ!!」
パンチや剣じゃ攻撃モーションが大きすぎて避けられる。
そう思って後ろ蹴りにしたの、正解だったみたいだね。
靴ごしだから【沸騰】の魔力は流せなかったけど。
ソーマは地面を何度かバウンドしたあと、体勢をととのえて着地。
口の端から流れる血をぬぐいつつ、驚きの表情をむける。
「あなた、挑発に乗ったのでは……。怒りに我を失ったのではなかったのですか……!」
「怒り? そんなのとっくに、お前がベアトをさらった時から爆発してんだよ」
お前の安い挑発で、煮えたぎったのは殺意だけ。
私はさっきからずっと冷静だし、ずっと怒ってるんだよ。
「くくっ、これはこれは、少々読み違えましたかな?」
腹に一発ぶち込んでやったのに、あの野郎倒れない。
やっぱり素の戦闘能力も上がってるっぽいな。
アレも【月光】のおかげなんだろうか。
「ですがこの程度では——」
ニヤニヤしてるソーマの背後、音もなく距離をつめたリーダーが、無言で剣をふりかぶった。