213 【月光】
ピレアポリスを出た私たちは、北へと続く街道をまっすぐに走る。
聖地の街明かりはとっくに見えなくなって、辺りは一面の草原。
空には憎たらしいほどにキレイな満月が輝いていた。
「トーカ、ついてこられる? 今ならまだ引き返せるよ」
「平気だって。お姉さんを甘く見ないでくれよ!」
今の私はリーダーに合わせて走ってる。
つっても、リーダーの全速力って私とあんまし変わらない。
つまりほとんど全力に近いわけで、ケガから復活したばかりのトーカにはキツイんじゃないか、とか思ってたけど、意外としっかりついてこられてる。
トーカの言う通り、ちょっと甘くみてたかもね。
「倒れられたら困るからな。無茶だけはすんじゃねぇぞ、嬢ちゃん!」
「嬢ちゃん呼ぶな! あんたと歳違わないし!」
「冗談だ、それだけ元気がありゃ平気だな」
「ぬぅ……」
それよりもおどろいたのが、ディバイさん。
いまだにこの人のことはよくわからないんだけど、なんと風魔法で空を飛んで私たちの速度についてきてる。
氷魔法だけじゃなくて、風魔法も使えるんだね。
いったい何者なんだろうか。
……さて、ノスピスの森の詳しい場所は、クレールさんから教えてもらった。
ピレアポリスの北、馬車で数時間の距離。
私たちが全力で走っていけば、きっと一時間もかからない。
(問題は、間違いなく素通りさせてもらえないこと)
ソーマをはじめとして、敵の戦力はたっぷり残ってる。
施設で待ち受けてるのか、それとも迎え撃ちにくるのか、どっちにせよ戦闘はさけられないよね。
今はとにかく一秒が惜しい。
時間をかければかけるほど、ベアトを助けられる確率が下がるんだから。
(ベアトを、一刻も早くベアトを助けなきゃ……)
ベアト。
あの子の存在が、今の私の全て。
ベアトがいたから、ベアトが私を必要としてくれたから、どれだけ辛くてもがんばれた。
ベアトのおかげで、復讐を終えた後のことまで考えられるようになれた。
ベアトと出会ってなかったら、私は今、ここにいないって断言できる。
ベアトがいなくなったら私は私じゃなくなるって、それも断言できる。
(あの子は私の全てなんだ……。奪おうとする奴ら、一人残らず皆殺しにしてやる……!)
そうだ、絶対に許せない。
時間がないから、拷問みたいな殺し方ができないのが惜しい。
いっそ勇贈玉だけ奪い取って生かしといて、ベアトを助けたあとにゆっくりと——。
「おい、キリエちゃん」
「……なに?」
「すげぇ顔してたぜ? ガキどもが見たら泣き出しそうな顔をよ」
……そんな顔してたか。
ベアトがいたら袖を引っ張られてただろうな。
怖い顔をしてたら袖をひっぱって、って頼んでたの、最近は引っ張られなくなってきたのに。
「あんま気負うなよ。あせればスキが生まれる。敵は必ずそこを突いてくるぜ」
「……わかってる。冷静にアイツらをブチ殺すよ」
「お、おう……。冷静、なんだよな……?」
冷静だよ。
なんで軽く引いてるのさ。
そこから三十分くらい、私たちは黙々と走り続けた。
景色はずっと変わらず、なにもない平原が続く。
(このまま何も起きない、とは思わない。敵はきっと、最も効果的なタイミングで襲ってくるはず)
ソーマは狡猾なヤツだ。
なにもないと思わせて油断させておいて、施設が見えたタイミングで襲ってくるとか——。
ゾクリ。
その瞬間、体中の毛が逆立った。
このままじゃ死ぬ。
理由はわからないけど、これまでの戦いできたえたカンがそう警告を発してる。
とっさに上をむくと、一面に広がる満天の星空。
やけにキレイで、はっきりと大きく見える星がたくさん。
……でも、今日は満月だ。
月明かりがもっとも強く輝いて、星空が見えにくくなるはずなのに、なんであんなに大きな星がたくさん——。
「……ちがう」
「あん? どうした、キリエちゃん」
星空に似せてあるけど、アレは星じゃない!
「みんな、逃げて!!」
叫びながら、その場から飛びのく。
タイミング的に、間に合うかは微妙だけど。
「に、逃げるって……? うおわっ!?」
「上だと……? 何っ!?」
ワンテンポ遅れて、みんなも上空の異変に気づいたみたいだ。
回避のため、みんなで一斉に散らばる。
大きな星に見えたものが、大きく光を放って破裂しそうなほどふくらんだ、次の瞬間。
ズガァァァァァァン!!!
辺り一面に降りそそぐ、極太の光の柱。
天から打ち下ろされたハンマーのように、地面を砕いてたたき割り、衝撃波が吹き荒れた。
「うあぁぁあぁぁっ!! な、なんだこれっ!!」
「まさかこいつぁ、あの時の……!」
トーカとリーダー、なんとか直撃はさけられたみたい。
ディバイさんは回避が間に合わなかったみたいだけど、分厚い氷のシールドで身を守っている。
アレを真正面から受け止められるなんて、どんな強度してるんだ。
……と、ディバイさんの分析してる場合じゃないや。
「みんな、無事!?」
光の柱がようやく消えて、みんなの無事を確認。
平坦だった平原は一面クレーターみたいな穴ぼこだらけ。
こんなの直撃もらったら、ただじゃすまないよね。
「あ、あぁ、なんとかな。助かったぜ、キリエちゃん」
「アタシもなんとか……。クソ、これってどう考えてもアイツの攻撃だよな……!」
うん、その通り。
ベルナさんから教えてもらったからね。
満月の夜のアイツは、今みたいに月の光を集めて固めて、高密度の光線にして打ち出せるんだ。
パチパチパチ。
ほら、耳障りな拍手とともにおでましだ。
どこに隠れていたのやら、瞬間移動で私たちの前に現れた、白いローブを着た坊主頭のクソ野郎。
「なんと、あの奇襲を生き延びるとはねぇ。いやはや、見事、見事っ!」
神官ソーマ。
これまで散々私たちの前に立ちはだかってきた、ベアトをさらいやがった張本人。
「……なに? 今回はアンタ一人? 臆病者の卑怯者が、ずいぶん堂々としてるじゃん」
コイツ以外、敵の姿はない。
一人で私たち全員を相手にするつもり?
これまで人任せだったくせに、【月光】がフルパワーになったとたんにこれか。
「おやおや、私の心配をしてくださっているのですかな?」
「は? さわってないのにもう頭沸いてるの?」
「ですが心配ご無用!」
聞いてないな、コイツ。
「今宵の私は、単独行動がベストなのですよ。なにせあまりにも攻撃の規模が大きすぎて——」
ソーマが右手を高くかかげる。
ヤツの頭上に月の光が集まって、生み出される大きな光の玉。
ソイツがひときわ激しく輝いた直後、
「味方がいると、巻き込んでしまいますので」
極太の光線が放たれる。
私たちを全員まとめて消し飛ばすために。