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210 まだ終わりじゃない




「おい、こっちから声が聞こえたぞ!」


「ケガ人がいるのかも……」


 野次馬の声がどんどん近づいてくる。

 私の叫び声、かなり大きかったからな……。

 ひとまず民家の屋根から飛び降りて、みんなのところへ戻る。


「……あ、あの、キリエお姉さん……?」


 おびえながら、恐るおそる声をかけてくるメロちゃん。

 大丈夫、私は冷静だよ。

 自分でもビックリするくらい。

 怒りも限度を超えると、かえって冷静になるんだね。


「……メロちゃん、ありがとう」


「お姉さん……。無理、しないでくださいです……」


 ……気まで使わせちゃったか。

 ちゃんとわかってるよ。

 殺意をむけるべき相手はここにいるみんなじゃないって、ちゃんとわかってる。


「……お前ら、とりあえず野次馬に見られると厄介だ。いったん身を隠すぜ」


「お、おうさ……」


 ラマンさんの返事にいつもの元気はない。

 リフちゃんは泣きじゃくって、クレールさんは悔し気に顔をゆがめて。

 負けた、ってムードがただよっていた。


「……俺はグリナをかつぐ。キリエちゃん、わりぃがドワーフの嬢ちゃんを頼む」


「うん……」


 でも、違う。

 まだ負けてない。

 ベアトを救う道筋は、ベルナさんがハッキリと示してくれた。

 まだ、ベアトを奪い返すチャンスはあるんだ。



 〇〇〇



 路地裏の奥の奥、クレールさんが使っている商品を貯蔵する蔵がある。

 家とは別に建てられた、離れみたいな小さな蔵だ。

 私たちはひとまずここに移動して、野次馬から姿を隠した。

 ちょっと狭いしうす暗くてへんなニオイもするけど、ぜいたくは言ってらんない。


「ベアトちゃん、さらわれちまったな……」


 沈んだ表情で、リーダーがつぶやいた。

 グリナさんとトーカはまだ気絶してて、ラマンさんが薬を飲ませてる。


 全部終わった、みたいな雰囲気だけど、まだなにも終わってない。

 みんなに伝えなきゃ、ベルナさんに教えてもらったヤツらのアジトの情報を。


「あの——」


「ごめんなさいっ!!」


 私が口を開いた瞬間、他の誰かの声が重なった。

 あまりにも大きな声での切実な謝罪だったから、いったい誰かと思ったら。


「……ケルファ?」


 どうしたんだ、この子。

 泣き出しそうな顔で、いきなりあやまるだなんて。


「全部、全部ボクのせいなんだ。こうなったのは全部……。だからボクが、みんなの助けにならなくちゃいけなかったのに……」


「お、おいおいケルファ、どういうことだ? おいらにもわかるように説明してくれよ」


 ラマンさんの言う通り、これじゃあさっぱり意味が——。

 ……待てよ、ケルファはあの時ソーマと何かを話してた。

 つまり、この子が言ってる意味は……。


「ボクは……、ボクは全部知ってたんだよ。今日、ソーマがベアトさんをさらいに来ることも、敵の目的がなんなのかも、全部……」


 あぁ、やっぱり。


「全部、知ってて黙ってたんだ……。ボクの秘密を知られたくないからって、身勝手な理由で……」


 ……大丈夫、私は間違えない。

 殺意をむける相手は間違えない。

 ただ、今は時間がないから。


「……あのさぁ、謝るならあとで思う存分してよ」


 そう、時間がないんだ。

 一刻も早くベアトを助けに行かないと。


「お、おいおいキリエちゃん。気持ちはわかるけどよ……」


「……ベルナさんから聞いたんだ。ノスピスの森ってトコに人造エンピレオを造ってる施設がある。ベアトたちはソーマの【月光】の力で、そこに連れていかれた」


 ごめん、リーダー。

 ベアトのことと関係ない会話に応じてるヒマは無いんだ。


「人造エンピレオって……、おいらたちがつかんでたあの計画か!」


「敵の目的は、ベアトをパーツとして組み込んで人造エンピレオを完成させること。でも、ベアトが吸収されるまでには時間がかかる。タイムリミットはだいたい夜明けくらいだって、ベルナさんが言ってた」


「そうか、ベルナが……。あの子はあんたに託したんだね……」


 クレールさん、娘と孫を目の前でさらわれたんだよね。

 それなのに冷静さをたもっていられるの、すごいと思う。


「ベアトが吸収される前にヤツらのアジトまで行って、そこにいるヤツ全員ぶち殺して、ベアトを助けだす。時間がないから今すぐ出発するよ。ついてきたい人は名乗り出て」


「い、今すぐかぁ……。てかキリエちゃん、なんだか目がわってないか? 表情も凍り付いてるし……」


「ラマンさん。お姉さん、あれでも冷静なんですよ……? 正直、もっと荒れるかと思ってたです……」


 うん、冷静だよ。

 はらわた煮えくりかえって今にも爆発しそうだけど、頭の中は冷静だ。


「俺ぁついてくぜ、キリエちゃん」


 まず名乗りを上げたのはリーダー。

 この人なら当然ついてくると思ってた。

 自分を巻き込んだ理不尽には、自分の手で決着をつける。

 そう思って戦ってきた人だから。


「やられっぱなしは性に合わねぇし、それに……」


 目尻に涙をためたケルファの頭を、リーダーが軽くポン、と叩く。


「きょうだいが責任感じてヘコんでるんだ。アニキとして、やれることはしねぇとな」


「兄さん……」


 ケルファの表情が、少しだけゆるんだ。

 きょうだい、ね……。

 本当のお兄さんや妹もいるんだから、そっちも思い出してほしいんだけどな。


「バルジが行くのなら、俺も行く……」


 次の同行者はディバイさん。

 スッと立ち上がって、誰の返事も聞かずに荷物をチェックし始めた。

 正直、この人は何考えてるかわかんないけど。

 ま、いっか。


「おう、お前が来てくれるなら頼もしいぜ。んじゃ、この三人で——」


「アタシも連れてってくれ!」


 これでメンバー決定かと思いきや。

 ソーマにやられて意識を失っていたはずのトーカが、体を起こしながら名乗りでる。

 ダメージの方は、ラマンさんの薬のおかげで全快してるみたい。


「……トーカ。危険だよ?」


「わかってる。だけどさ、あの野郎持ってたんだよ。アタシの作った、【機兵】が入った首飾りを持ってやがった。ぶん殴られた瞬間、ポケットに入ってるのが見えたんだ」


 そうだったんだ。

 アイツ、誰かに与えたりせずに【機兵】を持ったままなんだ。

 人工勇者でもないくせに、いったいどんな理由で……?


「アレを取り返せれば、機動力でも戦力でも役に立てるだろ? 【機兵】の扱いなら、リーダーさん達よりもアタシの方が馴れてる」


「……うん、わかった。この四人で行こう」


 ともかく、これでメンバー決定だ。

 手早く荷物をまとめて、戦いに必要そうなモノを確認。

 長旅じゃないからね、できるだけ荷物は軽くしないと。


「ラマンさん、回復用の薬はある?」


「あー……と。応急用の薬はあるっちゃあるぜ。ただ、市販の素材で作ったヤツだから、体力がほんの少し回復する程度だけどな」


 トーカやグリナさんに飲ませてたやつか。

 つまり、大ケガを治せるような薬は最初にもらった小袋の中身だけ。

 残り四つの秘薬だけで、全員をブチ殺さなきゃいけないわけだ。


「……ねえ、勇者のお姉さん」


「……なに?」


 なんか、ケルファに声をかけられた。

 謝罪とか求めてないし、いそがしいから戻ってからにしてほしいんだけど。


「お姉さん、ボクのこと嫌いだろうけど。許してもらえないだろうし、信じてももらえないだろうけど、これだけは改めて忠告させて」


 忠告……?


「いっしょにさらわれたクイナってお姉さんのこと」


 ……あぁ、たしか初めて会ったときも、クイナさんに気をつけろって言われたな。

 そもそもあの子、どうしてソーマにさらわれたんだ……?


「ボクが研究所にいたとき、あの人を見たことがある。遠目からだし、メガネをかけていなかったけど間違いないよ」


「研究所って……、大神殿の地下の?」


「そう。……そこであの人は、神託者ジュダスといっしょにいたんだ。二人で親しげに、言葉を交わしてた」




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― 新着の感想 ―
[良い点] まあ負けたムードも仕方ないですが、ぶっちゃけベルナさんが生きて情報を伝えてくれた時点で「舞台は整って」るんですよね。相手は逃げ出す訳にも、ベアトを移動させることも叶わない訳で、ある意味では…
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