21 キリエの武器
「スティージュ最強の、槍術士……?」
スティージュって、リーダーの故郷の国だよね。
うっそ、そんな人と戦ってんの、私。
もっとカインさんについて調べてくるんだった。
「……余計なことを話してしまったね。そろそろ終わりにしよう」
さて、どうしようか。
今はまだ冬だけど、最近は快晴続きで雪は全部溶けちゃった。
森の中でも全然残ってない。
お手軽に使える武器は、あとは竹水筒の中身くらい。
って、考えてるヒマもないよ。
次々と繰り出される突きの連打。
逃げることもできず、ただただ防ぎ続ける。
もう速過ぎて、槍が何本にも見えてるし。
「いたっ……、ぐぅぅっ……!」
急所だけをガードしてるから、腕とか足までは防御が回らない。
手数を重視した攻撃だからかな、威力も正確さもそこまでって感じだけど、それでも手足に小さな傷が増えていく。
「中々粘る……。だが……」
カインさんの鋭い目が、私の額に向けられた。
来る、次の一撃でトドメを刺すつもりだ。
「終わりだっ!」
一瞬体をひねって、一気に突き出す。
最初と同じ、溜めの乗った一撃。
このまま何もしなければ、私の頭を槍が貫通するだろうね。
でも。
「この瞬間なら……っ!」
軌道が、わかる。
どこを狙ってくるかわかっていれば、反応できないほどの速度でも対応できる。
時間の感覚がゆっくりになる中で、突き出される穂先にソードブレイカーのギザギザを、なんとか絡ませた。
攻撃を、止めた。
そして、柄と切っ先をつかんで、グルリと一回転。
パキィィィッ!!
「よし、折ったっ!!」
槍の穂先がへし折れた。
やったよ、私、カインさんに勝っ——。
ズドッ!
「え——」
お腹に、穂先とは反対側の方がおもいっきりめり込んだ。
内臓が押し上げられる感じがして、口から思いっきり血が飛び散る。
「ごぼっ……!」
「少々驚いた、とだけ言っておこうか。ふんッ!」
続けて、横殴りに頭をぶん殴られて、めっちゃ吹っ飛ぶ。
私がごろごろ転がってる間に、カインさんはスペアの穂先を取り出して付け替えた。
「げっほ、げほっ、うぉえっ……」
頭が痛い、お腹が痛い、クラクラする。
もうだめかな、私の武器が、ソードブレイカーが効かないんじゃ、もう……。
(……私の、武器)
違う、ソードブレイカーは武器じゃない、防具だ。
私の武器は、あの力。
カインさんに勝つには【沸騰】の力を使うしか。
(でも、どうやって。掴みかかる隙なんてないし、水筒のお湯なんかかけても、ちょっと熱いだけ。雪もないし、他に水なんて……)
そこまで考えて、閃いた。
ある、水はある。
あそこになら。
カインさんが来る前に、辺りを見回して、探す。
(……あった、あれだ!)
葉っぱを落とした茶色い森の中に見つけた緑色。
それを目指して、一直線に駆け出した。
正直なところ、頭はガンガンするし吐き気もするけど、そんな場合じゃない。
レジスタンスの計画のためとか、そんなのもどうだっていい。
ただ、私が生きるために。
生きて、ブルトーギュの顔面をシチューにしてやるまでは、死ぬわけにいかないんだ。
「敵わないと悟って、逃げようとしてるのかい? 無駄だ、逃がさないよ」
よし、追ってきた。
あとは捕まる前に、あの木まで辿りつけば……。
「ぬんっ!!」
追い付かれた!
突き出された槍を横っ飛びでよけて、また走る。
また突きが来た。
手近な木の影に隠れて、木の幹を盾に。
そのまま茂みの中へ駆けこんだ。
「追いかけっこの次はかくれんぼか、だが逃がさないと言ったろう?」
逃げてると勘違いしてくれてるの、とっても好都合だよ。
あそこまでおっかけてきてくれなきゃ、困るもん。
茂みと木の影を伝って、なんとか目的の木に到着。
裏側に背中をあずけて、隠れてるように見せかける。
「それで隠れてるつもりかい? お粗末にもほどがある。バルジのヤツも何を教えていたのやら」
「……ねえ、リーダーとはどんな関係? どうして裏切ったの? 最期にそれだけは教えてよ」
「……。いいだろう、聞かせてあげよう。知らないままでは、気になってあの世に行けないみたいだから」
最期って、私の最期じゃないんだけどね。
こっちにゆっくりと近づいて来ながら、カインさんは語り始めた。
「私はね、スティージュの貴族、リターナー家に仕える騎士だった」
「リターナー家……、リーダーたちって、貴族だったんだ……」
「そうさ。ギリウスと一緒に、毎日バルジに武術を教えてやっていたよ。……この国が攻めてくるまでは、ね」
そうして、カインさんが話してくれた過去。
戦争に負けて、祖国を滅ぼされて、カインさんの奥さんと娘さんは連れて行かれた。
で、最近になって、二人の行方がわかったんだ。
奥さんはブルトーギュの、娘さんは第一王子の、たくさんいる側室——妻にさせられてたんだって、無理やりに。
そのことを知って、返してくれるよう頼んだら、
「逆に利用されたってわけさ。王国の役に立てって」
「……流した情報って、どの程度のもの?」
「私に知らされる範囲の計画、それだけだ。メンバーの名前は、さすがに売れなかったよ。それだけは、出来なかった」
「……そっか。でもさ、今回のギリウスさんの反乱計画。これは話すよね」
「あぁ、話す。反乱なんて起こせば、妻と娘がどんな目に遭うことやら」
「わかった、じゃあやっぱり殺さなきゃ、なんだね」
「あぁそうだ。終わりにしよう、勇者殿」
長いお話が終わって、カインさんは木の裏側、私の反対に立った。
そうだよね、槍だもん。
私の直線上に立って、木ごと突き刺しにくるよね。
「うん、終わり。破砕」
木に触れた手から、魔力を注ぎこんだ。
内部の水分が一気に沸騰、爆発を起こし、そして。
ズドドドドドドドドッ!
「がっ……!? なんっ……!」
破裂した木の破片が、鋭く尖った木片がカインさんの体中に突き刺さり、ズタズタに斬り裂いた。
怯んだところに、さらに追い打ち。
根元近くが大きく抉れたから、木のバランスが崩れて。
メキメキメキメキ、ズゥゥゥゥ……ン!
カインさんの方に倒れ込み、下敷きにする。
さすがに体全体を、ってわけにはいかなかったけど、下半身まるごと潰すのに成功。
これでもう動けない。
「まさか、これも、【沸騰】の力……」
「そうだよ。この木、冬なのに、枯れた森の中で緑のはっぱ付けてるでしょ?」
常緑樹、だったっけ。
ケニーじいさんが教えてくれた。
一年中葉っぱを落とさない、一年中水を吸い上げ続ける木。
葉っぱを落とす木と違って、冬でも幹の中に水分をたっぷり含んでるって思ったんだ。
「水がたっぷりの木を爆発させたんだよ。ここまでカインさんを誘いこんで」
カランっ……。
槍がカインさんの手からこぼれた。
全身に大ケガを負って、もう長くないはず。
……これ以上、苦しませたくないな。
「見事、だね……。もしかしたら、キミなら、キミがいれば、本当に……」
「最期に、言い残すこと、ない?」
心臓の上に手を乗せて、問いかける。
「あぁ……、妻と、娘を……」
「絶対助ける。だから、安心して逝って」
絶対なんて言えない、ただの気休めだけど。
心臓に魔力を送り込んで、沸騰、破裂させた。
ビクン、と一度跳ねて、カインさんは動かなくなる。
その死に顔は、今まで殺してきた奴らとは違って、なんだか少し安らかに見えた。