207 光の柱
バルジさんのおかげで、部屋にあふれてた怪物は全滅です。
少しおくれて、ケルファさんも駆けこんできました。
「兄さん……!」
「ケルファ、お前はベアトちゃんたちを連れて大通りまで逃げろ! 一般人が大勢いる場所じゃ、敵もそうそう襲えねぇ!」
「……わかった!」
バルジさんと言葉を交わしたあと、ケルファさんも私たちのところへ。
なんだかこの子、さっきまでと雰囲気が変わった気がします。
ただ、クイナさんに対しては……。
「あ、あの……、ジブンなんかしたッスか?」
「……別に」
なぜだか、よく思ってはいないようです。
ジロリとにらんだあと、すぐに目をそらしてしまいました。
「グリナ、ラマン、お前ら二人もベアトちゃんたちについていけ。俺とディバイでここに残って、敵を食い止める」
床下からしみ出してくる新手の肉塊たちをにらみつけながら、バルジさんが指示を出します。
ソーマはたくさんのバケモノを連れてきているみたいです。
「どうして——なんて問答してる時間はないね。わかった、わたしに任せな!」
「おう、話が早くて助かるぜ」
「あ、姐さん、頼りにしてるぜ!」
「アンタのことは守んないからね!」
バルジさんたちのやり取りが終わったころには、たくさんの怪物が私たちの周りを取り囲んで、さっきまでと同じ状況にまってしまいました。
裏口の方も、もちろんふさがれています。
「おらっ、どきな!」
大きな斧で斬り飛ばしながら、グリナさんが裏口への道を切り開いていきます。
「あたいだって、たまには役に立つですよ!」
「【機兵】が無くても、この程度っ!」
トーカさんもガントレットで敵を殴り飛ばし、メロさんの石の弾丸が怪物を穴だらけに。
「……兄さん」
「そんなカオすんじゃねぇ。俺はぜってぇ、お前を置いて死なねぇからよ」
「うん、わかってる。信じてるから」
ケルファさんを横目で見て力強くうなずいたあと、またバルジさんの姿が目で追えなくなります。
次々にわいてくる肉塊が、次々に斬り刻まれていきました。
「なあ婆さん、あんたも逃げるべきだと思うんだがな……!」
「これでも昔は神官騎士だったんだ、まだまだ腕は錆びついちゃいないよ!」
「そいつぁ頼もしいな! ……だが無理はすんなよ」
おばあちゃんも残るつもりみたいです。
ディバイさんは黙々と、氷魔法で怪物を砕いています。
「よし、道は開けた! さっさと逃げるぞ!」
「……うん、行こう」
裏口をふさいでた敵も全滅したみたいです。
トーカさんの合図で、子供たちやクイナさんといっしょに、裏口をめざして走ります。
グリナさんが先頭に立って、私たちは汚れた路地裏に飛び出しました。
そのまま立ち止まらずに、全速力で走りだします。
「こっちだ、大通りまで走るぞ!」
少しずつ離れていくおばあちゃんのお店。
残ったおばあちゃんたち、きっと無事ですよね。
今は信じて、もう振り返りません。
「でも、そのあとはどうするです? 人ごみを盾にしても時間稼ぎにしかならないんじゃ……」
「大通りは大神殿につながってる。なんとかしてキリエに連絡を取れれば——」
ドガアァァァァァァァァァアァァン!!!!
「……っ!!?」
その時、夜の闇を切り裂いた、目がくらむような光。
耳がおかしくなりそうな爆音と、体を吹き飛ばすほどの風圧。
私の体はすっ飛ばされて、ゴロゴロと地面を転がります。
ほかの皆さんも、同じくです。
「な、なにが起こったッスか!?」
「ウソだろ、まさか……!」
立ち上がりながら振り返った私たちが目にしたのは、ガレキの山と化したおばあちゃんのお店。
そんな……、いったい何が起きたんですか……?
おばあちゃんは、バルジさんとディバイさんは……?
「やあやあ、ケルファ。まったくお前は使えないですねぇ」
その時、ガレキの影から男が姿を現しました。
坊主頭のシルエット。
月の光を浴びてにこやかに笑う、私を狙う敵。
「まあ、なんとなく察していましたので、こうして実力行使に出させていただいたのですが」
神官ソーマ。
私の方をむいて、彼はうやうやしく頭を下げます。
「ベアト様、お迎えにあがりました。今宵は満月、実に、実に月がキレイですなぁ……」
〇〇〇
大神殿のテラスから、私とベルナさんが目にしたもの。
それは、空から打ち下ろされた巨大な光の柱。
まるで月の光が収束して、巨大な光線に変わったかのようだった。
そして何より問題なのが、光の柱が落ちた場所。
「あの辺り、クレールさんのお店がある場所じゃ……」
奴らの目的はベアトのはず。
あんな、ベアトごと殺しかねない大規模な攻撃をしかけてくるなんて。
いったいあっちで何が起こってるんだ……!?
「と、とにかく私、行かなきゃ……! 急がなきゃ、ベアトが……!」
「……キリエさん、少し待ってください」
「な、なにっ!?」
時間がないんだ!
はやく行かないと……っ!
「私も連れていってください、お願いです……。あなたに伝えなければならないことが、まだ残っています……。それに何より、ベアトと母の無事をたしかめたいんです……」
……あ、そっか。
頭に血がのぼってたけど、この人にとってもベアトは大事な存在。
加えてクレールさんもお母さんなんだ。
「……怒鳴っちゃってごめんなさい」
謝罪しながら、ベルナさんを背中におぶる。
ベアトのことになると周りが見えなくなる悪いクセ、これから治せるのかな……。
「いえ、こちらこそ引き止めてしまって……」
ベルナさんが私の肩に手を回したのを確認して、しっかりと足をホールド。
「飛ばすから、舌噛まないように気をつけてください」
忠告したあと、バルコニーからジャンプ。
一気に下まで落下して、小高い崖を蹴り降りて、街の屋根を飛びわたって。
地形を無視して、一直線にクレールさんの家を目指す。
「ベルナさん、平気?」
「え、ええ、なんとか……」
全速力に近い状態で走ってるから、背中に乗ってるベルナさんへの負担も大きいと思う。
風圧とか、着地の衝撃とか。
とっても申し訳ないんだけど、少しだけガマンしてください!
「さっきの攻撃、アレに心当たりはない?」
まるで極太の光の柱。
アレが人間一人による攻撃だったとしたら、敵はとんでもない隠し玉を持ってたことになる。
「……おそらくアレは、ソーマの持つ【月光】の力」
「ソーマ……? あの攻撃が、アイツのしわざだっていうの?」
あの野郎があんな攻撃できるなら、クイナさんの村で襲ってきたときにどうして使わなかったんだ?
メルクの自爆で動けなくなった私に使えば、簡単に殺せたはずなのに。
「……【月光】を持っていた勇者は、あなたと似たような境遇でした。最弱の勇者と呼ばれ、最弱の烙印を押されていたと伝わっています」
「うわ……、他人事とは思えませんね、それ」
「ですが、同時に最強の勇者とも呼ばれていたのです」
最弱なのに最強……?
どういうことかさっぱりわかんないんだけど……。
「……えっと、つまりどういうこと?」
「そう呼ばれた理由は、異常なまでの使い勝手の悪さ。【月光】は他に類を見ない、特定の条件下でのみ最強の力を発揮するギフトなのです」